模造品のリナリア

茜屋 猫水

序章

「......悠姫、新しい花を買ってきたぞ」


 黄昏時という言葉が似合いそうな時間帯、俺は窓から容赦なく刺し込む橙色の日の光をもろに浴びながら、誰に言うともなく、そうつぶやいた。

 そしてそれと同時に、両手で持っていた室内用の白い植木鉢を、今いる情報処理室の窓辺にある棚の上にそっと置いた。結構な重量があったので本当はもう少し雑に置きたかったが、これは人に向けて飾るものだからそういうわけにもいかない。


「リナリアと言うそうだ」


 桃色と言うべきか薄い紫色というべきか、実に形容し難い色をした花弁と、季節外れの雪のように白い色をした花弁が、夕日に照らされきらきらと輝く。

 花屋についた途端に後輩が早々と選んでしまっていたのでよく見ていなかったが、近くで見るととてもきれいなものだった。......きっと、悠姫も喜んでいてくれているころだろう。

 俺は、ふと綺麗な橙色に染まる窓の外を見て、小さく息を吐く。

 もうそろそ九月も中旬に差し掛かる。そうなると残暑も去り、早朝や夕方には冷たい空気が辺りを漂い始める頃だ。今吐いた息も目を凝らすと仄かに白い煙が四散する様子が目視できていたくらいには、もう既に寒気が蔓延り始めていた。

 俺は開けっ放しだった教室の窓を全て閉め、その足で教壇に置いてある鍵を手に取った。

 そして、俺は鍵をチャラチャラと手の中で遊び、風を受けて冷えた手を少しだけ温めながら、ドアの方へと向かう。俺はそのままゆっくりとドアをくぐると、振り返って施錠をする。が、ドアを閉めてしまう前に、誰に言うともなくつぶやく。


「......彼岸になったら、紫水とお参り行くからな」


 そう言い終わると、今度こそドアを閉めた。

 ガチャガチャと少々乱暴に鍵を回す。

 そして、ちゃんと鍵がかかっているかを確認するために、引手に手をかけて、その手を左へと動かし開けようとした。

 でも、鍵の部分が突っかかっていて開かない。

 その事実を確認すると、俺は情報処理室の鍵を制服のポケットにしまい込んで、誰の姿も見えない、橙色一色に包まれた廊下を歩き出した。

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