第25話

 翌日の部活練習終了後。

 キャプテンである脳筋ゴリラの声で部員が招集される。


「明日の新人戦激励会スピーチのネタを考えるぞ」

「「うぃーっす」」


 上級生らがだるそうに返事をした。


 うちの高校の激励会スピーチは、結構自由だ。

 コント風にしようと、漫才風にしようと、普通にクソ真面目な目標を語ってもいい。

 ただ、男子バスケ部は代々ちょっとした芸を見せるのが通例らしく、今回もそのネタ出しをするようだ。


 体育館のステージの上で俺達は円になる。


「なんかネタある奴いるか?」


 問いかけに対し、全員が肩をすくめた。

 代々やっているわけで、当然ネタも尽きているのだ。

 隣の佐原も小声を漏らす。


「……この風習もオレ達の代になったらなくそうぜ」

「……勿論だな」

「おいそこ佐原と涼太。何を話してるんだ?」

「「なんでもないっす」」


 ゴリラは聴覚も人並み以上らしい。

 と、そこで俺は笹山先輩に視線をよこす。

 彼女もまた俺の方を見ていた。

 当然、マネージャーである彼女もこの場に存在している。


 俺は意を決して挙手した。


「お、涼太。なにか案があるのか?」

「案って言えるかはわかんないんですけど……」

「勿体ぶらずに言えよ」

「ここじゃアレなんで、部室に行きませんか?」

「みんな、それでいいか?」

「「うぃーっす」」


 またもだるそうな返事が漏れる。

 みんなどんなネタになろうと、興味がないのだろう。

 まぁいい。



 ‐‐‐




「で、どんな案なんだ?」


 部室に全員が入ってすぐ、キャプテンが問いかけてくる。


 ちなみに部員全員それぞれ所有の席があるが、普段部室に入らないマネージャーの笹山先輩だけはそうではない。

 今はいつも俺が座っている席を譲っている。

 匂いとかが少し気になるが、大丈夫だろうか。

 いや、毎日汗まみれの練習着やタオルを触られているのに今更だな。

 という事で、今俺は全部員の前に一人起立している状況だ。


「えっとですね。とりあえず、今の俺が校内でどういう扱いを受けているかは知ってますよね?」

「勿論」

「甘えん坊将軍だな」

「全男子の敵だ」

「レンタル彼女だなんて言われてるな」

「もはやいじめみたいだもんな」

「うぇーい、ざまぁ見ろ」

「幸せに死ね」


 ……。

 後半、若干怨念が混じっている奴がいたがそれはさて置き。

 やはり全部員が、現状の全校生徒(男子)の俺に対する悪意に気づいている。


「そこでですね。俺はこの現状を打破したいわけです」

「ほぉ」


 脳筋ゴリラはそう言うと、『それで?』と促した。

 俺は続ける。


「今のいじめ紛いの雰囲気は、ほぼ確実に俺の借り物競争のお題をバラした奴の嫌がらせによるものです」

「そうだな」

「そしてその犯人は、川崎先輩だと調べは既についています」


 言うと部室全体が騒めきに包まれた。

 黙っているのは俺以外に三人だけ。

 腕を組み、黙って下を向く脳筋ゴリラ。

 すましたような顔で俺を見ている佐原。

 そして、可愛くちょこんと座っている我が彼女だ。

 彼女は黙って俺の方を見ている。


「黙れぃ!」


 ゴリラの一括で鎮まる。

 彼はそのままキリッとした顔でこちらを見ると、重苦しく口を開いた。


「じゃあ、川崎を絞めるか」

「……は?」

「捻り潰しに行くしかないだろう」


 何言ってんだこいつ。

 と思ったのは俺だけじゃなかったらしい。


「これだから脳筋ゴリラは!」

「馬鹿か! あいつ相手に正面から戦う奴がどこにいるんだ」

「ほんと脳みそまで筋肉でできてるんだな!」


 次々に部員(二年生)から悪口の嵐を受けるキャプテン。

 珍しく落ち込んだようにしゅんとしてしまった。

 少し可哀そうだ。

 後でバナナを買ってあげたい、そんな庇護欲にかられる。


「さっきのステージ上だと女バスに聞かれる可能性があるから、密室のここに場所を移したんだな」

「おう」


 佐原だけは冷静だった。


「じゃあ具体的にどうするかを聞かせてもらおうか。新人戦のスピーチ時間を使って、何をする気なんだお前は」


 試すように挑戦的な顔をしてくる佐原。

 奴の声で部員の視線が一気に俺に集中する。


「それはだな。えっと……」


 かくかくしかじか、昨日の下校道で笹山先輩にしたのと同じ話をした。

 すると、部室が沸いた。

 笹山先輩は今日も赤面して俯いている。


「それ、やべーじゃん」

「ガチでやるならマジで賛成」

「くっそ面白そーじゃん、漢だなお前」

「絶対面白いことになるぞ。少なくとも現状は打破できるだろうな、良い方に転ぶとは限らないけど」


 不吉なことを言われつつ、少し照れ臭い。

 ここまで賛同してもらえるとは思わなかった。

 脳筋ゴリラも唸り声をあげつつ頷く。


「正直宣誓スピーチとは程遠いが、ネタもないし、今の作戦ならとりあえずウケはするだろうな」


 キャプテンからの許可が下りた。

 本格的に実行できる事が現実性を帯びたという事だ。

 しかし、佐原は渋い顔をしていた。


「涼太、それだけでいいのか?」

「なにが?」

「もっと川崎先輩に、直接的制裁を加えた方がいいんじゃねーのか? 昼はあんな風にお前を止めたが、俺は正直あの人にはもっとやり返した方がいいと思うぞ。それこそ、昼間にお前が言ってたように全校生徒にいじめを始めた人間があの人だってバラすくらいはいいだろ」

「うーん」


 やはりそうなのだろうか。

 確かにやり返したい気持ちはある。

 俺だけならまだしも、笹山先輩に嫉妬という感情でここまで酷い仕打ちをしておいてなぁ、とは思う。


 だがしかし。

 正直もうこれ以上あの人と関わりたくない。

 本音はこれに尽きるのだ。


 黙り込む俺達に、脳筋ゴリラが口を挟む。


「やっぱ絞めるか?」

「「お前は口を開くな」」


 言ってすぐに黙らされた。

 哀れなり。


 と、佐原が笹山先輩に視線をよこす。


「いいんすか? 自分たちの仲をこれだけめちゃくちゃにされて、それで見逃すなんて」

「……別にいいよ」


 笹山先輩は真顔であっさりと答えた。

 これには佐原も面食らっていた。


「涼太があちこちで悪口言われてるのは知ってる。酷いなって思ったし、腹も立ったよ」

「じゃあどうして」

「だって――」


 答える先輩に、佐原は口をあんぐり開けた。

 そして徐々にその顔から笑みが漏れ始める。

 俺も同様に笑っていた。

 というか、部室全体が温かい雰囲気に包まれていた。


 流石、俺の好きなった人だ。

 彼女の語った理由は、なんだかとても笹山先輩らしかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る