異世界偉人変人列伝「蠱術師ビッツィー＿令嬢醸造事件」

第一章

第1話 どくろ、ひらく

　米噛（こめかみ）の骨が白々していた、と云（い）う。御鉢（おはち）が開いて、柔らかいものが露（あら）わになっていた、そうだ。

　こんな描写で始めてしまって本当に申し訳ない。私も大変恥ずかしい。

　そもそも、私の頭を割ったその男は、初め性行為に及ぼうと私を引き摺（ず）り倒した様なのだが、何故（なぜ）だろう、私には皆目（かいもく）見当もつかないけれど、結果的に、それを失敗したらしい。まるで歯が立たない、と云（い）った感じ。

　男は何故（なぜ）か怒り出した。

　まるで、あらゆる不幸の元凶が私の髑髏（どくろ）の中にある、とでも云（い）う様に、私へ石と、涙の雨を降らせた。馬乗りになって、彼はひたすら石を叩きつけてくる。

　これでは如何（どう）にも仕様（しよう）がない。手足が勝手に跳ねている。

　私はトロイメライを聞いていた。毎夕、十八時になると、町内会のスピーカが音楽を奏（かな）で、子供達へ帰宅を促（うなが）すのだった。

――蒙（モウ）、直（ス）グ。六時ニ、為（ナ）リ、済（マス）。好（ヨ）イ児（コ）ハ、隠（オ）フ地ニ、帰（カエ）リ、マショウ――

　打たれる度、私の髑髏（どくろ）は列車の連結部みたいな軋（きし）み音を立てた。

　ある瞬間、その軋（きし）みが、開放感に変わったから、きっとその時、御鉢（おはち）が開いたのだろう。

　脳で直接に聴くトロイメライは、貧相なスピーカから出た音とは思えない大音声で、私を包んだ。

　まるでオーケストラの熔（と）けた羊水（ようすい）に浸（つ）かって居るみたいだ。オーケストラの羊水（ようすい）って何だ。と云う様な事を、剥き出しの脳髄（のうずい）で考えていた。トロイメライの羊水（ようすい）の中で。

――蒙（モウ）、直（ス）グ。六時ニ、為（ナ）リ、済（マス）。好（ヨ）イ児（コ）ハ、隠（オ）フ地ニ、帰（カエ）リ、マショウ――

　ああ。帰りたくは、無いな。

　そう思ったのが、最後。

　※※※

　其処（そこ）から如何（どう）なったのか。気づいたら空間にいた。空間としか云いようが無い。まだ幽（かす）かにだが、トロイメライが聞こえた。という事は此所（ここ）はまだ前世（まえ）と地続きだったのかも知れない。

　星か、泡か、蛍の様な何か。微かに光る無数の明かりが尾を曳（ひ）いて流れ去って行く。

　あるいは後部座席から見たネオンみたいだ。

　私は得体（えたい）の知れない空間を、何かの流れに沿って運ばれて行くのだった。

　混乱は無かった。ドラえもんのタイムトンネルを思い浮かべて、哀しく笑ったりした。親がラーメン屋から盗んで来たドラえもんコミックス。そういえばあのラーメン屋はネオン街にあった。

　私が一粒だけ、不随意（ふずいい）な涙を零（こぼ）した時だった。

　何かが私の流れに合流してきた。それは全（まった）く予想外の代物で、一瞬、私は自分の状況を忘れてしまった程だった。

　その出会いを何と呼ぼう。

　ビッ＝ツィーに遭遇（であ）った。

　そうとしか云い様がない。