第6話 ちょっと左曲がり

 ~ヴォイドSIDE~


 うう、ウチは本当に何をさせられてるんやろう?

 ジーネにしてみれば、こんなの魔女が箒で空を飛ぶのと同じだと言うかもしれない。でも、ウチに言わせればそれは違うねんて。箒で飛ぶ魔女は上級魔導士であるのと同時に、だいたいが純血を誓った聖女か、あるいは既に嫁入りした人妻やねん。

 そもそも、女の子の股座に棒状の何かをあてがうまでは100歩譲っていいとして、


「もうちょっとマシな廃材を選ばんかい!」


 もっと太いのとか幅広いのとかあったのに、なんでこんな細くて尖ったの持ってきてんねん。そんで角を真上に向けて施工するとか、どんなセンスや!


「……しゃーない。適当な廃材で太めに補強して、馬具でも付けたらまだ乗れるやろ」


 ジーネがこんなに頑張ったの、きっと初めてやろ。そう考えたら、ウチも協力したくなるわ。内容がどうあれ、友達やからな。




 さて、ジーネが寝ている3日間――いや、さすがに3日は寝かせられへんな。せめて明日の朝までの間に、一応テストしとこか。

 ウチは補強した中央部に馬用の鞍を乗せて、その上に跨る。うん。椅子としての座り心地はさほど悪くないな。

 問題は走るかどうかなんやけど、このまま地面を蹴って、脚を地面から離すんよね。


「ええい、ままよ!」


 ――トン!


 地面を蹴ったとき、自分の身体が一瞬だけ、空を飛んだように思えた。


「あ……」


 ウチら魔法使いなら、一度くらいは憧れる『魔法の箒』の気分。――いや、ウチはそれに乗って空を飛んだことは無いけど、きっと自分で飛べたなら、こんな気分なんやろう。


「わっ。わっ。……とととととぉ!?」


 すぐに、車体が右側に倒れそうになる。そのたびに、ウチは右足を使って地面を蹴った。すると車体は再び安定して、前に進んでいく。

 思ったよりもずっと速い。いつまでも乗っていたい気分になる。

 ガタガタと石畳の細かい振動はするけど、馬車や人力車のように足で歩く大きな振動はない。不思議な気分や。どんな生き物に乗っている時とも違う。例えようがない。

 景色は、後ろへとぐいぐい吸い込まれていった。少し視点を下げると、地面が近くなる。より速さを体感できる。


「ははっ! おもろい。面白いわ。ジーネ」


 せやけど……一個だけ問題が。


「えっ、ほい」


 自転車が左に寄りすぎちゃった。これじゃ建物にぶつかっちゃう。ウチは自転車を降りると、片方の車輪を持ち上げて向きを変える。

 それからもう一回走り出したけど、どうもやっぱり左に寄っていく。ウチが車体をまっすぐ向けられていないせいかと思ったけど、そうじゃない。この車体が勝手に左に曲がるんや。


「あー、これ、もしかして歪んでるせいかな」


 一見するとまっすぐ揃えられているように見えるけど、よく見たら車輪の向きがほんのわずかに違う。前輪が左側に傾いているから、そのせいで左に寄るんやね。

 これ、まっすぐ揃えるのは至難の業やな。馬車や牛車みたいに左右2輪ならともかく、前後2輪やと、わずかなズレでまっすぐ進まなくなる。

 それに……


「仮にまっすぐ進んでも、なぁ……」


 そもそも、道が必ずまっすぐと決められているわけでもない。曲がりくねった道の方が多いんやわ。

 いちいち道の端に寄るたびに、こうして片輪を持ち上げて方向転換。そのたびに足を上げて降りたり跨ったりを繰り返すのは、どう考えても疲れるで。


「発想自体は、思ったより良い線いってるけどなぁ」


 なんにしても、そろそろ日も高くなってくる。街が商人たちでごった返す時間や。

 ウチもさっさと帰ろう。こんな姿を見られたら、恥ずかしくて街に顔出せなくなるってな。

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