第3話 少女は友達が少ない

 ~ヴォイドSIDE~


 この街で唯一の車輪工房。それがウチの店や。父ちゃんとウチの二人しか職人がいないけど、それでもウチは幼い頃から、この店の仕事を手伝っとる。


「ヴォイド。こないだの、車軸を直してほしいって言ってたお客さんがおったやろ。その人が今日の夕方にくるから、車輪準備しといてや」


 父ちゃんが店の中から大声で言う。まったく、ウチに用事があるなら、ちゃんとウチのいるところまで来て言えって、いつも言うとるのに……

 ま、確かにいちいち外の工房まで歩いてくるのは大変なのも分かるけどな。


「はいな。準備できてるえ。父ちゃん」


 ウチも父親譲りの大声で答える。すると、父ちゃんも張り合うように声をさらに大きくした。


「父ちゃんじゃないだろ。仕事の時は棟梁と呼べ!」


「はいはい棟梁。もうどっちでもええわ」


「ええことあるか!」


「大声出せばええってもんでもないで。お客はんビックリして逃げるやろ」


 実際、ウチらの事を怖がって近づかない人もおる。何でも元気が良ければええって時代でもないんやえ。


「まったく、これじゃウチまで嫁に行けんわ。もう17やってのに――」


 ただでさえ、こんな汚れる仕事をしている娘なんか相手にする男はんは少ない。だってのに、あの頑固親父がいるんやから余計に、や。

 まあ、父ちゃんはむしろ婿を取ってほしいんやろうけど、夢のまた夢やで。ウチの代でこの店も廃業やわ。




「あ、あのー。ヴォイド?」


 ん? なんか名前を呼ばれた気がする。

 ウチは作業をする手を止めて、周囲を見た。どこや? どこにも誰もおらんけど……


「下だ。下」


「下?」


 言われた通りに下を向くと、足元に見覚えのある女の子がいた。


「おお、珍しいちんちくりんやな。ウチのおっぱいで見えへんかったわ」


「やかましいわ。身体も胸も無駄にでかく育ちおって!」


 そのちんちくりんが、ウチの胸をひっ叩いてきた。させるかアホ。逆に手首掴んでひねったるわ!


「イタタタタ。離せ。こら、離さんか。ヴォイド!」


「嫌や。ウチの大事な胸に触ろうとしたアンタが悪いで。ジーネ」


 ウチの車輪を荷車に使ってくれている商人がおる。その商人の娘が、このドライジーネちゃんや。たまに訪問に行ったときに一緒に遊ぶ仲で、ウチは彼女を『ジーネ』って呼んどる。

 それにしても、


「ほんまに珍しいな。あんた、引きこもりやって言うてなかったっけ?」


 実際、ジーネが家の外にいるところなんて見たことが無い。そもそも、ウチはこの工房の場所を教えたことが無い。


「どうやってたどり着いたん? っていうか、一人で来たんか? あんたの両親は?」


「……追い出された」


「え? あー……」


 まあ、確かにご両親はシビレ切らしとったからな。ウチも訪問に行くたびに愚痴聞かされて、帰りにはいつも『娘を持って帰ってくれ』って頼まれてたわ。ウチも冗談のつもりで返してたけど、あれはマジの目やったなぁ。

 ま、どうせウチが引き取る言うても、ジーネは『面倒くさいから行かない』って言ったんやろけどな。


「で、ウチにたかりに来たん?」


 正直言えば、それは大歓迎や。ジーネ本人がそう望むなら、ウチに住まわせてもええ。

 せやから、


「……うん」


 本当にジーネが頷いたとき、ウチは嬉しかった。






 頭巾を脱いだジーネは、うちに勧められるままに椅子に座った。その綺麗な長い金髪は、まるで絹糸のようにキラキラと光を反射して輝いとる。麻色のワンピースの隙間から覗く首元や足首は、真珠と張り合うほどに白く、透き通るように美しい。

 少し骨ばっている身体は、服の上からでも分かるほどに細かった。背も低くて、鼻も小さくて、顎も細くて……ああ、ウチの好みやわ。

 ……あ、ちゃうで。あくまで同性として、やで。妹みたいなもんや。勘違いせんでな。


「それで、お願いがあるんだ」


「なんや? ごはんか? それともベッドか? 何でも言うてみい」


 うちが短い黒髪をさっと手で梳いて、腰を反らせて見せた。頼りになるお姉さんアピールや。どや? 尊敬してもええで?


「じゃ、ヴォイド」


「なんや?」


 おずおずとジーネが指さしたのは、ウチの後ろにある車輪。


「あれ。ちょうだい」


「え?」


 おかしいな? 予想とだいぶ違う要求や。ってか、何に使うん?

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