第5話

「………」

 …数日。俺は、家主を日中監視していた…が、全くアクションを起こさない…「狩り」もしない…。どうしたんだ?

 史那は家主の豪邸の中を草の茂みから見る。

「…どうしたものかね」

「…本当にな…」

 史那の隣には史那が初めてこの豪邸に来た時に会った男がいた。

「あ…あんたか…」

 史那は流すような対応をする。

「なんだ、驚かないんだな…」

 男は不思議そうに見る。

「こんな島だ。もう余程のことが無い限り驚かないよ…」

 苦笑染みた笑いを史那は浮かべる。

「…しかし、何が起きたんだ?家主、今まであんなに狩っていたのに。…まあ、俺が見たのは2回だけだが…」

 史那の言葉に男は違和感を覚えた。

 そうだ…、こいつが来てから家主のアクションが変わったんだよな…。

「…不躾な質問だとは思うが、君は家主と交流が会ったか?」

 男は史那に質問をする。

「…は?…いや、記憶無いから解らないけど…でも…いや、無いと思う…」

「ああ…まあそうだよな…」

 史那の答えに男もそれ以上詮索しなかった。

 そして、数時間が経った。

「もうそろそろ引き上げどきかな…」

 史那はそう呟いて、男と別れた。


 ―夜。

 いつものように、由雨のもとに車が来た。

「………」

 由雨は家主の方へ視線を頻りに向ける。

 …どう見ても様子がおかしい…。

 由雨がそう思う通り、家主はどこか上の空でずっと何処かを見ている。

「…家主さん、最近、島の住人を狩ってませんよね…?」

 由雨の質問でようやく家主は振り向く。

「…驚きですね。由雨さんから私に話しかけてくるなんて。…それは、貴女達には喜ばしいことじゃないんですか…?」

「…はあ…、まあそうなのですが…」

 …明らかに違う。家主はそんな生優しい人間じゃない。…何が起きたの…?

「………」

 一時の沈黙が車内に流れる…。

「由雨さん…。貴女は、この島に来て、幸せでしたか…?」

 家主の口から信じられない言葉が発せられた。

「え…!?」

 由雨は固まる。

「どうでしたか…?」

 家主は再び問う。

「…幸せな訳…無いです…」

 由雨は正直に答えた。

「そうですか…」

 言葉に間を空けて、家主は由雨の方に顔を向けた。

「…私と同じですね」

「……!?」

 由雨は驚愕した。…言葉には当然だが、家主の表情に驚いた。

 …彼の表情は何一つ歪みの無い笑顔だった…。

「………」

 その後、車内では誰も口を開く者は居なかった…。


 ―豪邸。

「…冷蔵庫のストックも残り僅かですか…」

 家主が開いた冷蔵庫の中には、腕が数本置かれているだけだった。

「…内臓の方が意外に珍味で美味しいんですけどね…仕方が無い…」

 家主は腕を直火で炙り、そのままほうばる。

「…………」

 …さあ、来てください…「狩人」さん…。私は逃げも隠れもしませんよ…。

 腕を食べ終わり、家主は骨をごみ箱に放り投げる…。

『ガコン』

「…私も貴方におもてなしをしなくてはいけませんから…」


 ―町。

 …何か、良からぬことがありそうだ。

 男は空を見上げる。

 深夜、この時間帯はほんの数日前までは毎日のように「狩り」が行われていた…。俺の知り合いはその「狩り」で何人も犠牲になった…。その時の憎しみは今も忘れない。

 …が、それ以上の疑念が自分の中で渦巻いている。

「…記憶喪失の男…」

 …何かがあると思った。彼の出現がこの島を少しずつ変化させている。…そういえば、ここ最近、新住人の人数が減った気がする…。

「…何が起きている?」


 ―史那の部屋。

「…っぐあ!?」

 少しうなされて、史那は飛び起きた。

「…!?」

 夢の内容は大してうなされるような内容では無かった。ただ昔の自分が知り合いと話している。…それだけの内容だった…。

「…っく。何かね?これは…?」

 そう言って、史那は外を見る。

「……あ?」

 史那は外で何かを見つけたのか、急いで外に出た…。


 ―翌日。町。

 …昼間にここを歩くのも、久しぶりだ…。

 町には家主が一人、歩いていた。

 数人、家主を見て驚いて逃げた者が居たが、家主は見向きもしなかった。

「…あ…」

 気付くと家主の前には、小さな少女が立っていた。

 少女の方は家主に気付いていないのか、何のアクションもしない。

 一歩、一歩と家主は少女に近づく…。

『ザッ』

 家主は少女の目の前に辿りついた。

「ひっ……!?」

 少女は一瞬驚いた…が、直ぐに家主の異変に気付いた。

「…うっ……っ…」

 家主の目から涙が流れていた…。

「……?」

 少女はおどおどしながらも家主の涙を手で拭う。

「…ごめんなぁ…!私のせいで…、君みたいな小さな子まで…!小さい命には何の罪も無いのに…っ!」

 …強い叫び…。

 家主はその場に伏せ泣く…。

「…ん」

「…え?」

 少女は家主に手を差し伸べていた。

「あ…ああ、ありがとう…」

 家主は少女の手を握り、立ちあがった。

「……!」

 少女は笑顔を見せる、家主もそれに答えるように笑顔を見せた。

「…じゃあ、私は散歩の途中だから、これで。…元気でね、お嬢さん…」

 そう言って、家主は少女と別れた。

 少女は手を振っていたようだが、私は振れなかった…振る資格が無かった。…どうせ、私はあの子も助けてやれない…。

 …そして、時は刻一刻と近づいてくる。

「…狩人は何処だ…!」


 ―史那の部屋。

「…っし。こんなもんかな…」

 史那はバッグに何やらいろいろなものを詰め込んでいた。

「…家主が来ないなら、俺から行くしかない…」

 …武装は完ぺきだ。自分が居たあのガラクタの山の中に、意外と武器になりそうなものがあった。

 …内心、怖さがあるが、それ以上に由雨との約束を果たしたいという気持ちが強かった。

「…あの男も来るのかね?」

 俺は脳裏に男の姿を写したが、直ぐにバッグを持ち、ドアの前に立った。

「……行くか」


 ―由雨の部屋。

『バタンッ』

 由雨は倒れた。

 …ああ、また薬摂り忘れていた…。

 由雨は急いで薬を取り出す。

「……っん」

 薬を飲み込むと、体が楽になった。

 窓の外を見ると、外は清々しい程晴れていた。

 …こういう時は気晴らしに散歩もいいな…。

 由雨はすぐに、散歩をする支度をして、外に出た。

「…眩しいなぁ…」


 ―町。

 …誰が、この島の「狩人」なのか…?誰が、この島を創ったのか…?今まで当然のように「狩人」=「家主」という公式で満足していた。…が、それは本当なのだろうか?

 「家主」もただの道具に過ぎないのではないか?…なら、本当の「狩人」は誰なのか?

「…もしかしたら…」

 男は、町の端に育つ木を背もたれにして立っていた。

 いつもと変わらない風景。いつもと変わらない自分。何の変哲も無い天気。何の変哲も無い人々。

 …只一つおかしいのは。

「…あれか」

 男の視界に家主が入った。それから順に、別方向から史那、由雨がそれぞれこちらへ歩み寄る。…皆、相手には気付いていないみたいだ。

「…これから、何かが始まる…いや、終わるのかな…」

 苦笑交じりに男は一人呟いた。

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