狂り

長谷河 沙夜歌

第1話

『………』

 遠退いていた意識が、自分の体に戻ってきた。

「…っく…」

 体が反射的に動いた。

 どうやらまだ動けるらしい…。

 ?

動ける?何の話だ?

…とりあえず、体を起そうと手を地面につけた。…が、脆かったのか、手の下の地面は崩れた。

反動的に手の方に目を向けた。

じわじわと戻ってくる視力、目の前のモザイクは消えていき、周りが見えた。

「…ここは…?」

 目の前に移った情景は、壊れかけた廃墟がいくつかあり、道には何年前の物かも分からないガラクタが散乱していた。…人の気配は無い。

 そして改めて自分がいる場所を見た、よく見るとさび切ったいくつかの車の上に自分はいたらしい。

 手にはそのさびがついていた。

 …しかし、ここは一体どこなのだろうか…。そもそも、自分は何でここに居るのだろうか?

 ?

何で?

そもそも…、自分は誰だ?

…ああ、あれか…。「記憶喪失」って奴か…。

「まずいな…」

 自分に関しての記憶だけが綺麗に消えている…。

 とりあえず、近くにあった川の水面に自分の顔を映した。

「…男か」

 …喉の渇きに気付き、次いで川の水を飲んだ。荒れた土地環境なのに、水の味は美味しかった。

『ザッザッ』

 遠くから、足音が聞こえた。

「え…?」

 草むらから出てきた人間が俺を見て、止まった。

「誰…?」

 人間はそう質問した、女だった。

「…知らない。記憶が無くなっているらしい」

 俺はそう答えた。

「そう…」

 彼女の表情は少し引き攣っている。どうやら警戒しているようだ。

「…どうした?体が震えているぞ?」

「…!?」

 彼女は今更気付いたように、体の構えを解いた。

「すみません…。初めて見る顔だったので、…つい…」

「…そうなのか。…ということは、俺はここの住人じゃないってことか」

 また一つ、自分についての情報を収集することが出来た。

「ところで、ここは何処だ?」

 一番知りたかった質問。一体、ここは何処なのか?

「……」

 彼女は口を開くのを躊躇った。

 …どうやら、普通の場所では無いみたいだ。

「…嫌なら無理に言わなくていい。恐らく、直ぐにここが何処なのか、…嫌でも知ることになることになるだろうし」

「…この集落を歩いていけば分かるわ…」

 そう言って、彼女はそそくさと去って行った。

「あ…」

 せめて、名前ぐらい教えてくれてもよかったが…。とりあえず、彼女に言われた通り、この集落を歩くか…。

『…………』

 しばらく歩くと、住宅地らしき場所に入った。

 住宅地と言っても、立派な建物は一切なく、発展途上なスラム街のような感じだ。

「………」

 人の気配はする。しかし、道には誰もいない。

「あっ…」

 道の端から、少女が現れた。

「ん?」

 俺は少女の視線に合わせるためにしゃがんだ。

「ひっ…!?」

 少女は怯えていた。ただの人見しりだからという理由ではなく、何かのトラウマを見ているような感じだった。

「あ、ごめん…」

 俺は少女から少し、離れた。

 道の端に少女の親らしき人が来て、少女は親の元へ走り出した。

「すみません…」そう親らしき人が謝った。

「いえ…」

 俺がそう言ったあと、親らしき人と少女は俺にお辞儀をして、その場を去った。

「………」

 また「あの目」だ。

 さっきの川の彼女も、少女も、その親も…。みんな同じ目をしていた。何かに怯えているのかは知らないが、精神的にやられている人間がする目。

「何があったって、話だよな…」

 この土地環境が問題なのか。

 それとも…。

「あの馬鹿でかい豪邸が問題なのか…」

 このスラム街の奥の境目に少し見える、明らかにこの場所にそぐわない豪邸。

 …あそこに行けば何かが分かるかもしれない。

 俺は、豪邸に足を運ばせた。

 …庭の警備が無かったおかげで、容易に潜入が出来た。

 しかし、何だろう…?豪邸に近づくにつれ、異臭が鼻につき始めてきた。

「………」

 俺は庭を見渡した。…異臭を放つようなものは一つも無かった。

「…かし、ここは最高ですね!」

「…!?」

 豪邸の一室から、声が聞こえた。どうやら、家主がいたらしい。

 いい機会だ、何かこの街のことが聞けるかもしれない。

「ええ、日本国で、唯一、地図に地名が掲載されていない島国ですもんね」

「国の制圧も無く、自由な島です!」

 どうやら家主と執事らしい。この人達の目は、他のこの村の住民とは違い、明るかった。

「そうですね、お陰で…」

 執事の言葉に察したのか、家主は、何かを取り出そうと漁っていた。

「…あった。ふふふ…そのおかげで…私「人食人種」が合法的に生きてられるのですから…」

「…!?」

 家主の手には、血がへばりついた大きな出刃包丁があった。

「ほら…、出てきてください…。今日の『夜ご飯』…♪」

 家主の声と同時に、奥の扉から縄に縛られた男が出てきた。

「ッ…!!…ッ…!!」

 男は、ガムテープで口を塞がれていて、悲鳴すら上げられない…。

「…今日は、『肺のソテー』が良いな…」

 家主はそう言って、男の首を断ち切った。

 …しかし、それだけでは終わらず、胴体を切り開き、内臓を掻きだす作業に入った。

 最後は、見るのも無残な肉塊がそこに横たわっていた…。

「マジかよ…」

 今、俺の目の前で、いともたやすく殺人が行われた…。

「動くな…」

「!?」

 瞬間だった、俺の口が塞がれ、体を固定された。

 ヤバイ…!仲間か?

 俺は少しもがいた。…が、体が自由に動かない。

「大丈夫だ。俺はあいつらの仲間じゃない。立場的には、お前側の人間だ!」

 男は小声で俺にそう言った。

 それと同時に手で塞がれた俺の口が解放された。

「…こっち側の人間?…なら何でこんなことする?」

 俺は問う。

「…すまない。しかし、この時間は家主が家から出るから…」

「助けた…と」男の言葉に、俺が続く。

 しばらくすると、家から家主が出てきた。

「…出て行ったか?」男が問う。

「…出て行った…」俺が答えた。

 お互い、アイコンタクトを合わせ、立ち上がった。

「…で、俺に何の用だ?」

 俺は男に催促をした。いきなりの手助け。彼は何か知っているのか?

「…まあ、さっき見たとおり。…この豪邸の家主は『人食人種』だ。…でだ。お前も見ただろう?この島の住人の目を…」

 男の言葉で、俺の脳裏にフラッシュバックでこの島の住人の目が映し出された。

「ああ…」

「この島は…、彼『人食人種』の“食糧庫”なんだ…」

「…!」

 …薄々気づいてはいたが、やっぱり…。

「この島の住人は、日々食われることを恐れている…。…そのプレッシャーに押しつぶされて、瞳に生気が無くなってしまったのか…」

 彼の言葉を聞いて、ああ、そうかと納得してしまった。

 …それと同時に、一つの疑問が、俺の脳裏を過った。

「…この島からの逃亡は不可能なのか?」

「無理だ」

 …即答だった。しかし大部分、この島のことが理解出来た。

「要するに、あいつらの独裁で、この島は成り立っていると…」

俺は、要約して、今理解したことを述べた。

「…間違ってはいないな」男はそう言った。

「聞いた話によると、お前は記憶が無いらしいな」

 男はいきなり、俺のそう言った。

「!?…何故、知っている…?」

 記憶が無いことを知っている人間…。俺は、川の少女にしか教えた記憶が無い。…彼女の知り合いか?

「ああ…、ちょっとここに来る前に、少女から聞いて、な…」

 俺の想定は当たっていたみたいだ。

「そうか…」

「だから、君にこの島がどういう場所なのか、教えるために来た…」

 男はそう言った。

「…そうか、それはお疲れ様です」

 俺は、男に一礼をした。

 …しかし、疑念がいくつも脳内を巡る。

 今まで、幾人の住人にあった…それらは、この島について何も話さなかった。…なのに、彼は話した。…今までの住人の目は深く濁っていたのに、彼は濁っていなかった。もとより、彼は全く知らない俺に対して、親切過ぎはしないかと思わなくも無い…。

「じゃあ、俺はこれで…。気をつけるんだぞ」

「…はい」

 男は手を振り、この場を去った。

「………」

 風が吹く…、セットされていない無造作な髪が目に刺さる。

 …空き家を探そう。そう俺は思った。

 これから、この島を生きていく上で、拠点が無いといかんせんやりづらい…。

 俺も、この敷地内を後にすることにした…。

「………」

 歩みを進めた早々、見るにも無残な、人骨の山があった。

「…狂ってやがる」

 俺は拳を握り、怒りを制御した。

「…ん?」

 ポケットの中に、パスケースが入っていた。

「免許証…か…」

 パスケースの中には、免許証が入っていた。よく見ると、証明写真のところには、自分の顔が写っていた。

「…ああ、こんな名前だったな…」

 免許証の名前の欄には、「明星ヶ原 史那(みょうじょうがはら ふみな)」と書かれていた。

「ふっ…、偉そうな名前だ…」

 そして、免許証をポケットに直して、町に戻った。

『………』

 空き家はすぐに見つかった。

 …しかし、部屋には誰かが狩られたのであろう、大きな血痕があった。

 電気は裸電球一つ、食糧は前の住民の残していったものが冷蔵庫に入っていた。寝具もあり、最低限の生活は出来そうだ。

「ふぅぅぅぅ…」

 史那は寝具に倒れた。

 …今日は、いろいろありすぎた…。しかしこれから、生と死の狭間で生きて行かないといけない。…大丈夫なのだろうか?

 史那はそう思いながら、眠りについた。


 …しばらくの時間が経った。

『ブ――――――!!』

 大きなアラーム音が鳴った。

「…何だ!?」

 史那は周りを見渡した、周りにはアラームが鳴るようなものは無い。

『パアン…!!』

 銃声とともに、アラームは止まった。

「……」

 史那は恐る恐る、窓の外を見た。

 …何も見えない。何が起きたんだ…?

「ハッ…!」

 反射的に、窓の下に隠れた。…しばらくして、また窓の外を見る。

「あいつは…」

 そこには、この町の住人が、足と腕を縛られ、豪邸のあの家主に引っ張られていた…。

 その状態を見て、瞬時に理解した。

「『狩り』…か…」

 …助けなきゃ。

 史那は立ちあがろうとした。

 …助ける?そんな事をして、俺にメリットはあるのか?

 史那の体は止まる。

「………」

 回転する思考。動かない体。

 気付くと、もう外には誰も居なかった。

「…くそっ!」

 史那は壁を殴った。

「…結局、自分が可愛いんだろうな…所詮…」

 最後にぼやき、寝具に伏せった。

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