俺の配布武器が爪楊枝な件について

那須儒一

第1話 マイナスからのスタート

 色鮮やかなステンドグラスを通して目映い光が神殿内を照らしている。


 松の月の初めの日。陽が最も高く昇る頃、神殿内には長蛇の列が出来ていた。


 この世界…ワーテルでは15を迎える歳に戦士の証として専用武器が配布される。

 …俺、ダニエル・バートリーも父さんのような立派な戦士になるべく“戦礼せんれいの儀”に参加していた。


 徐々に列は進んでいき…ようやく俺の番だ。

「…次」

 神官の促しに応じ、俺は目前に建てつけられている戦礼せんれいの扉を開いた。


 部屋の中は思いのほか薄暗く足下もよく見えない。

 俺は恐る恐る歩みを進めると突然目の前に2つの光が輝いた。


「まぶしい…いったい、なんだ?」

 あまりの眩しさに視界がホワイトアウトする。

 徐々に光が弱まってくると、輝きを放っているものが水晶玉だとわかった。


 視界に唯一映る水晶玉を見ていると何やら文字がそれぞれ浮かび上がる。

『投』『槍』

 …なげやり?


 まさか、俺の配布武器は投槍ジャベリンか!

 本当は父さんと同じで剣が良かったんだけど…こればっかりはどうしようもない…。


 …いや、達人は獲物を選ばないとも言うし、俺は投槍ジャベリンで英雄になってやる!


 そう意気込んだのと同時に、2つの水晶玉がよりいっそう輝きを増した。部屋中が光で満たされると俺の両手に配布武器が顕現した……?


 あれ…?なんか軽いんだけど…。

 てか、軽いを通り越して何も感じないんだけど…。

 本来ならここで両手に配布武器が顕れるはず…。


 光が収まると同時に、俺は神殿の外へと転送される。気がつくと俺は町の広場に立っていた。


 俺は握りしめたままの自分の拳を見やる 。

 …確かに感触はある。


 しかし、それは感触と呼べるの程の実感はない。しっかり拳を締めていないとこぼれ落ちてしまいそうなてのひらに納まっている…。


 ゆっくりと拳を開くと…俺の手には細く、 短い木でできた針のような物が乗っかっていた。


「これが…槍?」

 自分の手に乗っている物が想像していた武器とあまりにかけはなれていた為、俺は数時間…放心状態のまま立ち尽くしていた。


 気が付けば夕陽が辺りを紅く染め上げていた。


 まてまてまて!…何だこれは?

 とにかく武器屋のオッサンに鑑定してもらおう。

 英雄の…父さんの血を継いでいる俺が、弱い武器を授かるはずがない。

 なにか凄い力を秘めてるに決まってる!


 俺は慌てて武器屋に駆け込んだ。

「オッサン!わりいけど…俺の武器を鑑定してくれ!」


 武器屋の中に入るやいなや、顎髭あごひげを蓄えたの中年男性が期待の眼差しを俺に向けてきた。

「おっ…英雄の息子じゃねぇか!もしや神器じんぎか?」


 配布武器の中でも稀に珍しい武器…神器じんぎが顕現される事がある。神器じんぎは文字通り神の武器として桁違いの力を秘めている。


 神器じんぎは通常の配布武器とは異なり、隠れた性能がある為、武器屋で鑑定に持ち込まれる事が多い。


 だが…それでも神器じんぎは10年に1つ出るか出ないかの代物で、戦礼せんれいの儀の後に武器屋を活用することはまず無い。配布武器の所持が当たり前と化しているこの世界では、見た目から判断がつかない武器などそうそうないのだ。


「おう!たぶん神器じんぎだろう…急ぎで鑑定してくれ」

 俺は自信満々に手に持っていた小枝のような細い木の針を手渡した。


 それを手に取りった武器屋のオッサンはまじまじとルーペのような物で鑑定を始めた。


「……………えっ?」

 武器屋のオッサンは長い沈黙の後に首を傾げる。


「なんだ、オッサンほどの男でも鑑定は難しいのか?」


「ぷっ…ガハハハ!」

 自信満々な俺の顔を見て、武器屋のオッサンは突然、大声で笑いだした。


「まったく兄さんも人が悪いんだから…こんな武器でもないものを渡してくるとは…」

 予想もしてなかった反応に俺の頭の中は疑問で溢れ返っていた。


 そんな俺の表情を見て、冷やかしではない事を悟ったのか、武器屋のオッサンが真顔で説明を始めた。

「…兄さん、これの名称は爪楊枝つまようじってんだ」


「つまようじ?…凄い神器じんぎなのか?」

 聞き慣れない言葉に俺の疑問は更に膨れ上がる。


「その反応を見るからに本当に配布されたんだな…」

「兄さん落ち着いて聞いてくれ…爪楊枝つまようじ東国ジパングで使われている歯を磨いたり、食べ物に刺したりする為のもんだ。…言いにくいんだが、神器じんぎどころか武器ですらない」


「………えっ!?」

 俺の脳内はここで思考が停止する。

 現実を受け止めきれず、何も言わずに武器屋から飛び出してしまった。


 そんな馬鹿な事があるか、これは神器じんぎなんだ!こんなへんてこな、ささくれなんかじゃない!


 自宅に帰った俺は、夕飯を食べるのも忘れ自室の椅子の上で呆けていた。

「そもそも、武器を配布される儀式なのに武器じゃない物を賜るはずがないだろ!」


 俺は誰もいない部屋で怒鳴りちらした。

 どこかで英雄の息子としてのプライドがあったのかもしれない…自分は父と同じで優秀なんだと…。


 小さい頃から英雄の子としてもてはやされてきた…。周囲の人間は何をしても誉めてくれた。


 …それで勘違いした俺は強くなる為の努力を怠るようになった。英雄の息子なのに大したことないと陰口を叩かれることもあった。…そして、比べられる事が嫌になりよりいっそう怠けるようになった。


 そんな俺も、英雄の息子ということだけを心の支えにして、凄い才能を秘めているんだと自分に言い聞かせ戦礼の儀を心待ちにしていたはずが…こんなことになるなんて…。


 結局、ただ現実を見たくなかっただけなんだ…。


 誰に言い訳するでもなく俺は1人悶々としながらベッドの上で眠りに就いた。

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