第25話 同行者たち

 その夜、弦義たちは雑魚寝をした。それぞれが持っていた簡易的な寝具を分け合って、床に寝転がったのだ。

「そうだ。ぼくにきみたちが何故、殿下と旅をしているのか教えてくれないか?」

 何となく話すこともなく睡魔を待っていた弦義たちに、アレシスが尋ねた。彼が話を聞きたがったのは、白慈と和世である。

 困惑した和世が、アレシスに問う。

「何故、私たちに?」

「だって、那由他については殿下から簡単に聞いたけれど、きみたち二人は聞いていないからね。成人前の少年と、ロッサリオ王国の騎士。興味をそそるよ」

 枕代わりのリュックに組んだ腕を乗せ、うつ伏せ状態になったアレシスが顔を上げた。

 ちらっと和世が白慈を見ると、先程まで眠そうにしていたのが嘘のように目を覚ましていた。

「良いよ。ただ、あんまり面白くはないけどね」

「構わないよ。人の人生の一部だから」

 月明かりに照らされた白慈の表情は、少しいつもよりも真剣だった。


「申し上げます!」

 ここは、アデリシア王国の王城。

 弦義を追放して数か月経ち、野棘の政権は少しずつ安定に向かっているように思われた。国内は一時的にごたついたものの、先代支持者を一掃してからは静かなものだ。

 そんな血みどろな仕事は部下に任せ、野棘はただ淡々と日々の政務に精を出していた。元からこの国の主であったかのように、堂々と。

 しかし、野棘の心を乱すものが飛び込む。

「何があった?」

 執務室にいた野棘は、大汗をかいて駆け込んで来た役人をじろっと睨みつけた。すると、役人は青い顔をして九十度以上の角度で頭を下げる。

 この国で国のために働いている者たちは知っている。公表していないものの国王として君臨している野棘を怒らせれば、命はないことを。

 だから役人は、本題だけを告げた。

「て、手配書の者は現在ロッサリオ王国内にいるようです。そこへ襲撃した者たちは、返り討ちにされたと」

「……そうか。わかった、出ろ」

「はっ」

 役人は再び頭を下げると、逃げるようにして執務室を出た。

「……」

 知らせを持って来た役人が廊下へ出て十分後、執務室から何かを殴りつける音が聞こえた。野棘が拳を机に叩きつけたのである。

「―――また、失したか! 悪運の強い奴め」

 野棘は、これまで二度ほど刺客を送った。しかしそのどちらも、弦義に返り討ちにされているのだ。一度目は山賊を、二度目の今回は本職の暗殺者を送り出したにもかかわらず。

 山賊は最終的には詫びを入れてきたが、その場で頭の首を落としてやった。おそらく今回も報告にやって来るはずだが、生きて帰すつもりはない。

 生かしていれば、先代王の王子が生きていて現王に追われていることが露呈する可能性が残るからだ。それだけは、防がなければならない。

 何にせよ、野棘がこのアデリシア王国を完全に掌握するためには弦義は邪魔でしかない。処刑人を伴っているようだが、たった二人の子どもが抵抗したところで痛くもかゆくもない。

 数週間前まではそう思っていた。

 野棘が奥歯を噛み締めた時、執務室の戸が叩かれた。

「野棘様、継道です」

「入れ」

 殴った拍子に散らばった書類を整え、野棘は継道の入室を許す。継道は、資料を抱えていて、それを野棘の机に置いた。

「頼まれていた、奴の同行者の資料です」

「助かった」

 野棘は早速二冊あるそれに手を伸ばし、一冊目をパラパラとめくった。

 継道が持ち込んだのは、弦義に同行しているという者たちの資料だ。前回の暗殺失敗の後、時間をかけて目撃情報を集めた。そして、処刑人以外の同行者の存在を掴んだのだ。

 継道を立たせたまま、野棘は文字を追って行く。

「……白慈。元山賊の子ども、か。しかし家具屋の息子で、私を怨んでいる?」

「覚えはありませんか?」

 継道の問いに、野棘は鼻で笑った。

「ふん。恨みなど幾らでも買って来た。今更思い出すこともない」

「左様ですか」

 野棘は継道の返事を右から左に聞き流すと、もう一冊と交換した。一冊目よりも分厚い。

「次は、こちらか。……何、ロッサリオ王国の騎士だと?」

 処刑人を含めれば、三人目の同行者。その正体がロッサリオ王国の騎士だと知り、少なからず野棘は動揺する。

「もう、ロッサリオ王国と繋がりを持ったのか」

 驚きが何よりも勝る。あの大国と、アデリシアと同等の国力を持つ国と繋がりを持った。あの、全てを失った廃王子が。

 無意識に、野棘の手に力がこもる。紙にしわを作り、それは折れ目となった。

「……継道」

「はい」

「これ以上の失敗は許されない。次で必ず、仕留めろ」

「―――はっ」

 音もなく出て行った継道を見送ると、野棘は乱暴に椅子へと体を沈めた。継道に渡された資料は、既にゴミ箱の中に放り込まれている。

「私は必ず、この国を取り戻す。連なる人々の願いと共に」

 執務用のペンを握り締め、野棘は人知れず呟いた。

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