第13話 山賊の少年

 那由他が常磐に介抱されていた頃、アデリシア王国は急変を遂げていた。

 野棘のいばらは一夜かからずに血を拭い去った王城の謁見の間にて、大臣や主要貴族を集めた。そしてその場で、国王の急死と自らが政務を取ることを宣言したのである。

 第二将軍であったはずの野棘の宣言に、謁見の間は大いに騒がしくなった。その半数以上は野棘の事実上の即位に肯定的な言葉であり、野棘の事前工作が実を結んでいた。

 しかし一部は、突然の王の崩御に疑問を投げかけた。

「待て。どうして昨日まで息災であった王が亡くなられるのだ?」

「そうだ。昨日、私は王城でお会いしたぞ」

「まさか……」

 疑いの目は、自然と野棘へと向かう。それをわかっていての宣言だっただけに、野棘陣営に動揺はない。疑いの声を受け、継道つぐみちが前に出た。

「皆様の中には、国王の突然の崩御を不審に思う方もおられるようですね。しかし、これは国王自らが望まれたことなのです」

「望まれた、だと?」

 貴族でもない文官の言葉に、貴族が問い返す。充分な身分もないのに何故この場にいる、と言外に表す男に向け、継道はにこりと微笑んだ。

「ええ。国王は、五年ほど前から病を患っておられたと担当医から聞いております。それは徐々に悪化していたようですが、ご自身の意思で公表しなかったとか。まさか、亡くなるなどとは考えておられなかったでしょうが……」

 そこで、継道の泣きの演技が入る。流石に国王を思って涙を流す臣下にこれ以上追及することは憚られたのか、貴族は口を噤んだ。

(うまくやるな……)

 ざわざわというざわめきが収まらない謁見の間にいて、いさみは一人壁に背を預けていた。

 自分の部下であったはずの野棘が、何故国王の代理を務めようとしているのかは皆目見当がつかない。しかし、これがこの国の終焉を速めていることだけは明らかのように思えた。

「勇第一将軍、あなたはどう思われますか?」

 比較的近くにいた武官の男が、勇を見付けて尋ねて来る。ちらりと彼を一瞥した勇だったが、その問いには答えない。代わりに、身を翻した。

「何処へ……」

「少なくとも、この国ではない何処かだ」

 それだけを呟くと、勇は謁見の間を出て行った。


 それから幾度かの夜を越え、弦義と白慈はロッサリオ王国の王都・フォーリドへ足を踏み入れようとしていた。

「ストップ、白慈」

「何で止めるんだよ?」

 王都へと入ろうとした白慈の肩を掴み、弦義は首を横に振る。

「白慈は兎も角、僕はお尋ね者だ。これまで訪れた所は何処も田舎の村で、王都の情報は入っていなかったかもしれない。だけど、僕らがアデリシアを出て何日も経っている。既に王都には野棘からの知らせが入っている可能性が高い。もし、そうだとして僕が王都に入ったらどうなる?」

「……兵士に捕まる?」

「まず、こちらの言い分など聞いてはもらえないだろうね。おそらくだけど、強制送還かな」

「そうなったら、確実に殺されるじゃんお前!」

 白慈にビシッと指を差され、弦義は「だから」と苦笑いを浮かべる。

「白慈に買い物を頼みたいんだ。一般的な男物の服を上下、買って来てもらえないかな」

 ここ数日の間に訪れた村で、宿を貸してくれるところがあった。そこで風呂と服の洗濯を済ませられたのはよかったが、如何せん弦義の服は目立つ。王子とわからなくとも、高位の貴族の子弟であるとは思われてしまうだろう。

 現に、汚れを落として乾かした服を着た弦義は、村人に「お貴族様だ」と驚かれてしまった。

 貴族の子弟が供もつけずに市中を歩き回ることは、まずない。要らぬ詮索を避けるためにも、白慈に行ってもらう必要がある。

「わかった。この辺りで待っててくれよ」

「ありがとう」

 幸い、白慈の服装は一般的な庶民の少年のものだ。弦義からお金を受け取ると、白慈は元気に王都の中へと走って行った。

 白慈の帰りを待つ間、弦義はここ数日の白慈との会話を思い出す。弦義が魚釣りをすることに目を丸くした少年は、それを綺麗に捌いてみせた。

「頭が狩りも釣りも教えてくれたんだ」

 そう言って笑った白慈は、本当の家族と別れてからのことを話してくれた。

 野棘のせいで家族を失った白慈は、しばらく町の路地で過ごしたという。その時出会った浮浪者の男からは、掏摸すりと盗みを教わった。

 町を出て山に入り、山賊に助けられてからの日々は驚きの連続だったという。山賊は商団などを積極的に襲って金品を巻き上げていると思っていたが、実際は自分たちで作物を作っていた。釣りもすれば狩りもして、自力で暮らしているというのが実のところだ。

 それでも縄張りに入ってきた別の山賊との小競り合いはあるし、舐めてかかってきた金持ちの商団などは襲う。その代わり人命を奪うことはない、と白慈を仲間に引き入れた山賊の頭は笑った。

「だけど、これはオレの知る山賊がそうだったってだけの話だ」

 白慈を育てた山賊一味を散らせた山賊がいたように、全てがそうだというわけではない。それだけは覚えておいてくれよ、と白慈は切なそうに笑った。

 どんなに笑っていても、白慈は家族を二度失った。その悲しみは計り知れないし、全てを理解することは不可能だろう。それでも、と弦義は思う。

(それでも、白慈に笑顔でいて欲しい。そう思うのは、僕の傲慢だろうか)

 幼い同行者を思い、弦義は青空を見上げていた。

「お待たせ、弦義。……何してんだ?」

「何でもないよ。ありがとう、白慈。……そうだ、白慈に提案というかお願いがあるんだけど」

「お願い?」

 弦義にパーカーとズボンを手渡しながら、白慈は首を捻った。

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