21 愛の告白

 ペティは50フィートもある切り立った崖の中腹から転げ落ち、最後に地面へ強く叩き付けられてしまいました。

 気付いたときにはもう指先の感覚すらありませんでした。


(私、もう死ぬのかしら? もし天国へ召されるのでしたら、お母様とお会いして、たくさん話したいことがあるの)


 ペティは覚悟を決め、そっと目を閉じたのです。


(…………)


 でも、いくら経っても天国へ召される気配はありませんでした。それどころか、ペティの耳にはパッパカ……パッパカ……と馬の足音のような幻聴が聞こえてくるではありませんか。


(……もしかして、神様は、王子様の首筋をペロペロ舐めてしまうような女を、天国へ招いても良いかどうか迷われていらっしゃるのでは? ああ、ちがうのです。あれは決して変なことを考えていたわけではないのです!)


 ペティは頭の中で、神様にあれこれと言い訳をしていました。そんなこと、神様はすべてお見通しなのに。

 でも、そんな純真な彼女の声が神様に届いたのでしょうか。そのときペティは自分の身体がフワッと浮かび上がるような感覚に包まれました。

 ――続いて唇に暖かな何かが触れました。


「…………!?」


 ハッとして目を開けると、眼前にブロンドの髪と深い二重まぶたが見えました。ペティは王子様に抱えられて、口づけをされていたのです。

 すると何ということでしょう。ペティの身体はみるみるうちに力が戻ってきたのです。

 ゆっくりと唇を離した王子様は、優しく微笑みました。


「間に合って良かった。きみが倒れているのを見たとき、心の声が聞こえてきたんだ。こうすればきみを助けられるとね。……あの声は何だったんだろうか?」


 王子様はペティをそっと地面に立たせました。

 しばらく呆然としていたペティでしたが、ハッと我に返るなり、顔を真っ赤に染めて両手で顔を覆いました。

 そして指の間から王子様の顔を見て――


「……えっ? アザが消えてる?」

「うん! 僕はすっかり元気になったんだ! ほら、この通りどんなに激しく動いても息切れがしないし、苦しくなったりもしないよ!」


 王子様はその場でピョンピョン跳ねたり、腕をぐるぐる回したりしました。

 その様子を見たペティは胸の前で手を組んで、天国にいるお母様への感謝の言葉を何度も繰り返し言い始めました。

 王子様はふうと息を整え、片手を自分の胸に、もう一方の手をペティの手にそっと乗せて言いました。


「ペティ、僕と結婚してくれ!」

「えっ……」


 ペティは聞き返しました。王子様の言葉はペティにとって不意打ちでしかありません。


「ちょ、ちょっと待ってください。私は罪人として追われている立場の女なんですよ?」

「うーん、やはりきみも勘違いをしていたのか。確かにあの御布令おふれには勘違いを誘うような文面になっていたかもしれないけれど、それは偽物を排除するための策だったんだ。本当は王位継承者である僕の花嫁候補として、国王はきみを探していたんだ」  

「まあ……」

「とは言っても、僕は不治の病に冒されていた関係で、王位継承順位は弟よりも低い六位なんだけどね。……それでは不服かい?」

「いいえ王子様。私は自分の地位などを望んではいないのです。私はただ、あなたに幸せになって欲しいのです」


 ペティの言葉を聞いて、王子様は目を丸くしました。

 そして軽く首を振り、こう言ったのです。


「それは簡単なことだよ、ペティ。きみがそばにいてくれることが、僕の幸せなんだから」


 王子様はペティの手を引き寄せ、自分の胸に押し当てます。

 王子様の心臓の少し早い鼓動が、手を通してペティに伝わってきます。

 ペティの鼓動もそれに合わせるように早くなっていきます。


「あの夜の続きをしよう」

「えっ? 私にまたあなたの首筋を舐めろとおっしゃるのですか?」

「ん?」

「あ!」


 ペティはまた自分がとんでもない勘違いをしてしまったことに気付いて、耳まで真っ赤になってしまいました。


「ちがうよ。ほら、目をつぶって耳を澄ましてごらん。あの夜の音楽が流れてこないかい?」

「は、はあ……」


 動揺を隠しきれないペティでしたが、王子様に言われた通りに耳を澄ませました。

 ペティの腰に手を回し、王子様はゆっくりと足を動かし始めます。それに合わせてペティもステップを踏み始めます。


 森のせせらぎや風の音。

 鳥たちのさえずり。


 深い森の中で、二人だけの舞踏会が始まりました。



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