Ⅻ 逃げる馬車

 ペティが馬車の窓から外をのぞくと、何人もの衛兵の姿が見えました。腰に剣を携えて、馬車の周りを取り囲んでいます。

 御者が丸められた紙をひも解いて衛兵に見せると、衛兵は口ひげを触りながら言いました。


「ローゼンバッハ伯爵の関係者にしては、ずいぶんと粗末な馬車に乗っているではないか? 本当に伯爵の娘が乗っているのか?」

「へ、へい。たしかに伯爵様のお嬢様がお乗りです。ど、どうかここを早く通してください! お、お願いします……」


 衛兵にじろりと睨み付けられた御者は、青ざめた顔で声を震わせながら言いました。


「怪しいな……。おいお前ら、中を確かめろ!」


 口ひげの衛兵の命令で、若い衛兵たちが一斉に馬車に手をかけようとしたその時です。


「止めろ! あんたらのその曇った眼でペティお嬢様を見るな!」


 御者が叫びました。


「お、お嬢様は王国から招待されてここに来ているんです! そ、それなのにあんた達の間違った判断のせいで、お、お嬢様が舞踏会に間に合わなかったとしたら、だ、誰が責任をとってくれるのですか?」


 御者の心臓は破裂しそうなぐらいに鼓動を打ち、背中からはどっと汗が出てきました。でも、たとえ首がはねられようとも、ペティを無事に送り届けることが自分の使命だと考えているのです。

 けれど、頭の中がぽっかりと空いたように次の言葉が出てきません。


 口ひげの衛兵の手が剣にかかります。


 その時、白馬がヒヒーンと威勢良く鳴きました。

 それを聞いた御者の手綱を持つ手に力が戻り、それを合図に馬車は勢いよく走り出しました。

 幸いなことに、衛兵は追ってくることはありませんでした。


 馬車の中で、ペティは両手で口を押さえて固まっていました。

 国中の貴族が呼ばれて開催されるお城の舞踏会に出るということは、12歳で馬小屋暮らしを始めたペティが思っていたよりも、ずっと大がかりで大変なものだったのです。

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