第45話
「ハァ〜〜〜〜アッ……」
テーブルの上に置いた携帯電話が震えないことに溜め息。
恋かな?
ううん、仕事だよ。
自宅にて、パソコンと携帯電話を眺めている。
仕事の依頼紙とやらをプリントアウトして貰い、黒猫と共に家に帰って来てから半日。
仮面とスーツからジャージの上下へと変態したおじさんがここに。
「溜め息は幸せが逃げるのニャ〜」
「これ以上?!」
マジかよ。
そんなんだから不幸には底が無いなんて言われるんだよ。不幸の気持ちも考えてやれよ。不幸だって好きで不幸している訳じゃないんだよ? でもおじさんのところには来ないで。
コタツで丸まっている黒猫が吐くテキトーなツッコミに、信じられないという想いが口を衝く。
なにせバケモノ。
もしかしたら呪的要因から見た観点みたいなものを根拠にしている可能性も……?
「ニャハハ、俗説だニャ〜」
おいバケモノ。
世俗に塗れてんじゃねえよ! ビックリしたわ!
八つ当たりでコタツの中にあった尻尾を引っ張ると、スルスルと伸びる手応え。
ゴムなんちゃらの実でも食べたのかな?
そういえばそういう体質だったな、こいつ。
「しっかし……なんも分からないんだなぁ」
喋る毛玉のことなんて忘れて、再びパソコンの画面を睨む。
プリントアウトして貰った仕事内容をパソコンで調べてみたのだが……。
見事なまでにヒットしない。
日付、時間、場所、そのどれもが的外れな検索結果を表すばかり。
……もしかして、仕事の下調べを行うというのは無理なのかな?
そういえばプリントアウトをお願いした霊安局の職員さんも、変な奴を見る目をしていた。
てっきり、仮面でスーツなことを異に捉えるまともな感性の持ち主なだけかと思っていたのだが……。
仕事内容のプリントアウトに対するものだったのやもしれん。
でもさ? わからなくない? じゃあどうやって仕事するんだよ、とバイト初日みたいな想いにも包まれる。
なにせ手探り、前列もお手本も無いというのだから。
少しは大目に見て欲しい。
行き詰まって『会社から連絡来ないかなぁ〜?』とスマホを見ながら項垂れていたのもしょうがないこと。
仕事から仕事へと逃げるのがおじさんだから。
無けりゃ探せと言われていた世代だから。
だからと言って受けた仕事を空けていいわけがないのだが。
「そうなんだよなぁ、もう受けちゃったんだよなぁー……ああ?! どうすればいいんだ!」
仕事、すればいいと思うよ。
「気にせず行けばいいニャ」
と、この畜生が。
行けばわかるさってか?
それじゃ時既に遅しってやつなんだよ。仕事でやっちゃダメなんだよ。
あと、なんだ?
怖い。
内容の安易さと報酬額のデカさに違いが有り過ぎて恐ろしい。
何かあるんじゃないかと理由を求めてしまう。
毎日ワンクリックで何十万も稼げちゃう?! 的な広告の様。
「……もうこうなったら仕方ない、か……」
最終手段だ。
「やめるのニャ?」
「バカ、なんでだよ。猫には分からんだろうが、信用っていうのは積み重ねなんだぞ? 最初から悪印象与えてどうする? やめる訳ないだろ。今の状態は仕事前の憂鬱ってだけさ。始まってしまえば意外となんてことないもんなんだよ、こういうのは。つまり――」
「つまりニャ?」
「もう仕事だと思って始めちゃえばいいんだ」
逆転の発想。
五分前が美徳とされる日本での労働だが、ぶっちゃけ社会に出ると三十分前すら余裕で『当たり前てしょ?』みたいな面をされる。
つまり早い分には
大人は汚いと例えられることが多いけど、あれって正しいよな。
もうすっかり
「……仕事っていつからニャ?」
「三日後」
どうも日当というか週払いというか、日数が掛かりそうなお仕事。
前日入りはデフォだろうが、前前前日入りが悪いわけではあるまい。仕事探し求めたよ、って。
そしたら意気込みを買われちゃったりするかもしれない。
そこから繋がるコネへの道。開け、転職ライフ。なんてことにも?
……あるな?
それに現地に行けば流石に仕事の中身も見えてくるだろうし、情報収集も出来て一石三鳥ぐらいあるのではないだろうか?
「よし! そうと決まれば準備をしよう! えーと、仮面とスーツと数日分の着替え……」
先程までのテンションから一転、コタツを出てウキウキと泊まり仕事の準備を始めるおじさんに、黒猫がボソリと呟く。
「宿主は……よく損してるって言われないかニャ?」
だから得していると言うに……。
人の事情を理解出来ないとは……愚かな猫だな。
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