第25話



「さあ、行こうか」


「……いいニャ? ほんとにそれで行っていいニャ?」


 勿論だとも。


 残業を乗りきった翌日。土曜日。臨時出勤を回避した俺の心を表すかの如く天気は晴れ。時刻は午前九時を回ったところ。


 黒猫の案内でやってきた神社は、会社から少し行ったところにあった。自宅アパートと反対に位置する為、一度も来たことがない場所だ。


 神社は小山の天辺にあるらしく、そこへと続く階段が道路脇から延びている。


 毎日登り降りするだけで健康になってしまいそうな階段だ。


 周りの発展具合からして別に山の中といった感じはなく、恐らくは神社だけが開発地域から外された結果だろう。昨今の土地開発を考えると不思議に思えるのだろうけど、そこに裏の事情を加味すると、これが必然。


 なんせ鵺が居たというのだから。


 しかし当分現れることはないと思う。封印云々よりもボコボコにされたトラウマ的な理由で。


 お外恐い鵺である。


 道路脇に車を駐車して、いざ登らんと出てきた俺の今日のファッションはスーツである。最近は同期の結婚式以外で出番のなかった正装だ。


 手には菓子折りと封筒を持参。これが、娘さんをください! ならまだしも、不当搾取の謝罪だというのだから堪らない。


 しかも相手は俺を変質者だと誤解しているであろうから、話すら聞いて貰えない可能性もあるという。泣いていいかな?


 しかし、ここで俺の名案が炸裂。


「お面ニャ」


「仮面だ」


 顔を覆う奇術師の仮面をパーティーグッズの置いてある雑貨屋さんで購入。


 これを装着。


 血塗れの私服とおじさんの顔が記憶に新しい巫女さんを、これで誤魔化す事が出来るって寸法よ。どや。


 奇術師の仮面はボイスチェンジャー内臓なので声も変えられる仕様だ。今回は機械音声風味にしてみた。


 真っ白でのっぺりとした仮面には目の部分にしか穴が空いておらず、口に相当する場所には三日月に裂けたようなペインティング。その目の穴も偏光グラスが取り付けてあるそうで、向こうから見る分には装着者の瞳が赤と茶色のヘテロクロミアのように見えるとかなんとか。説明書より抜粋。


「……宿主ニャ? 初代様ニャ?」


「おっと黒猫くん。この状態で身バレとか死ぬるからな。というかその間違いは想像以上に傷付くから止めたまえ」


 いいアイデアだと思うんだ。


 こっちの業界の人って変人が多いし(偏見)。初代と俺が別のおじさんであると印象付けれるし(重要)。身バレすることもない(大事)。


 流石に仮面をつけて運転は出来なかったので、外に出てから付けた。人目に付かないように結界も張った。


 目的地についたら姿を現して、目的を終えたらまた結界で消えるとかどうだろう?


 ……いいんじゃない? 足長おじさんならぬ魔法おじさん的で。


「じゃあ、なんて呼べばいいニャ?」


 ……もっともな意見だ。


 色々と面倒なので魔法おじさんでいいのだが、役所でその呼び名を使っているからなぁ。


 まあ、いいか。


 役所の受付さんが言うには古い呪いらしいし、忘れ去られた紙媒体に一文載っているだけと言うのだから。


「魔法おじさんで。長いから普段はおじさん呼びでいいけどな。但し、おっさんと呼ぶ事は許さん」


「わかったニャ。魔法おじさん」


「うむ。後の問題は不在、留守だった場合だなぁ」


 その時は日を改めてと思っていたのだが、現在登っている階段がやや長い。疲れる。


 これを二度三度は嫌だなぁ。


 どうか居ますようにと祈りつつ階段を踏破する。


 山の上の神社は…………やや新しさを感じる造りだった。しかし鳥居だけは古く、年月を感じさせた。


「結構広いな……」


 手水場に社務所と新しくされた所の多い綺麗な神社だ。石畳だって割れてない。意外と盆正月は賑わいを見せるのかもしれないと儲けを感じさせる。


 不自然にデカい注連縄を張った岩があったがスルーした。きっとこの神社の売りなんだよ。うん。周りとの調和とかなく、唐突に置いてあるけど。うん。


 本殿の裏に逃げ込んだ……もとい駆けていったという話から、そっちの方が巫女さんの自宅なのだろうと予想。ついでに人気が無かったことから結界を切った。


 いよいよ対面だ。なーに、平気平気。クレーム処理みたいなもんでしょ?


 頭の下げ方を教えてやるぜ。


 裏には平屋建ての一軒家があった。玄関はガラス製の引き戸だ。


「ここか?」


「ここニャ」


 確認を取ったのでインターホンを押してみる。


「はーい!」


 家の中から甲高い元気な声が響いてきた。話にあった巫女さんにしては若過ぎるような? てっきり成人女性のように思っていたのだが。初代が小さい子が好きなアウトな奴だったらまだしも…………いやあるな。十分アウトな奴だったわ。


「はーい! まってぇー! いまあけるぅー!」


 トタトタと誰かが駆け寄ってくるのが音で分かった。いやに軽いその音から、声の主の体重も知れよう。


 いや、子供でしょ? 女の子。


「はーい…………」


 ガラガラと引き戸を開けたのは、五歳ぐらいの女の子だった。短めのツインテールのようで、しかし髪の長さが足りずピョンと跳ねているところをゴムで止めているようにも見える髪型。着ているのは洋服で、胸元が汚れた部屋着ジャージ


 大きな瞳でジッとこちらを見つめている。


 将来は美人になりそうな顔の造りをした幼女。


 これに笑顔で頭を下げる。まあ仮面が笑顔だし伝わるよね?


「初めまして。私は先日……」


 バシッ! と鼻先で閉められた扉に、続くガチャリという音は鍵を掛けられた音だろうか?


「おねぇちゃああああん! なんか変なのきたあああああ?! ぅあああああん!」


 あれ、なんか泣いてない?


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