第24話 1ミリ足りとも愛してない



 無責任エスケープは不意打ちで誰にも気づかれない筈だった、そう、その筈だった。

 だが現実にはどうだろうか、自室の扉を開けた先には咲夜がニッコニコの満面の笑みで立っていて。


「おはよう、神明くん。ああ、お付き合いするんだから大ちゃん、の方が良いかしら? ――こんな時間にそんな荷物背負って何処へいくつもり?」


「――――うん、夢だな、僕はまだ夢を見てるんだ、恋人気取りの不審者が恥ずかし気もなく朝から家に上がり込んでるなんて、夢でしかありえない」


「はい扉を閉めない現実逃避しない、恥知らずにも全てから逃げようとしていた時間はもう終わりよダーリン?」


「ぬおおおおおんっ、止めろぉ入ってくるんじゃないっ!? なんでだっ!? なんでバレてんだよぉ!?」


 部屋に閉じこもりたい大五郎と、中に入ろうとする咲夜は同時に扉を掴んで。


(こうなったら力付くで――いやそれは悪手っ! 扉に腕を挟まれ怪我してウチの親に泣きつくまでのコンボルートが構築されている!!)


(私は――腹をくくったわ神明くんッ!! どんな手を使ってでも…………救ってみせる!!)


(考えろ考えろっ、家出はもう無理だけどこのまま彼女に乗せられる? ああもう情報が足りない先が読めないっ、徹底抗戦? それとも――)


(迷いが見えるッ、今!!)


 一瞬の攻防、大五郎の力が少し緩んだその時、咲夜は思いっきり扉を開けてガシっと彼の喉を掴む。

 そしてそのままベッドまで押し、座らせて。


「ふっ、…………君の勝ちだハニー」


「あら、恋人だって認めるのね」


「認めなかったら僕の社会的立場、引いては藍の評判が落ちかねないからね」


「あら、藍さんの評価は私の中で爆上がりよ。こんな面倒な奴をよくもどうして、まともにさせていたなんてね。愛の力かしら?」


「君と僕の間に、愛はあるのかい?」


 すると咲夜はギラギラした目を見開き、ごつんと額と額を合わせる。

 彼女は熱い吐息を吹きかけると。


「無い、無いわ、これっぽっちも無い、勘違いすると金玉を潰す」


「少しぐらい好意とかないの?」


「勿論あるわ。神明くんと屋上で過ごす中、何回もドキドキした」


「いやー、僕の魅力にメロメロって訳?」


「でも…………愛にまで届かなかった、好意は男の子に向けるそれまで成長しなかったの」


「じゃあ何で、恋人なんて言い出したの?」


 困惑しかない大五郎がまっすぐに見ると、咲夜は首を掴んでいた手を滑らせ頬へ添える。

 そして、己の額で彼の額ををごりごりとし。


「――――ムカつく、神明くんってすっごくムカつく、ね、心当たりあるでしょう?」


「…………ノーコメントは許される?」


「いっつもいっつも寂しそうに笑って、オマケに変なもの見えてるし」


「最新の論文に基づいた、人為的に視覚化した運命の赤い糸が見える能力と誉めてほしい」


「今にも死にそうだったから、初めて捧げれば好き放題、挙げ句の果てに死にたい? ――――ふざけてるの?」


「ぐぅの音しか出ない」


「だからね、……そんな可哀想で同情と憐憫しか抱けない大五郎くんを、その悲劇に浸った心を徹底的に折ってから望み通りにしてあげようと思って」


「水仙さんってダメンズか超良い女、どっち?」


「勿論、――両方よッ!!」


 高らかに断言した彼女に、大五郎は思わず両手をあげた。

 降参、今は降伏しかあり得ない。


「…………わかった、今は君の言うとおりにしてあげる。でもね、――僕の気持ちがそう簡単に変わると思わない事だね」


「ええ、そうでなくちゃ面白くないわ」


「ところで聞いて良い? なんで朝から家に来たの?」


「ちょっと神明くんのご両親とお話があって、具体的には恋人としてご挨拶を」


「はっ!? ちょっ、ちょっと待って早すぎないっ!? せめてもうちょっと待って!?」


「残念だけれど、――十分前に終わったわ」


「手遅れっ!?」


 やられた、完全に外堀を埋められてしまった。

 これで名実共に、彼女は大五郎の恋人として認知され。


「……――はっ!? まさかこれから一緒に登校!? 学校でも外堀を埋めにくるっ!?」


「イエス、腕を組んでイチャイチャ登校よ。ほっぺにチュウをみんなに見せても良い。――ふッ、私のファンに嫉妬で殺されなさい」


「さ、最悪だ……!! 祝われてしまうっ、特にえっちゃんやトールには!! 輝彦は君のファンだから違うかもだど!! いや何でアイツ恋人いるのに……いやその恋人も君のファンだった!!」


「その情報要る? いえ、絵里達も身内枠になるのだから知っておいて損はないわね。――それより、一階に降りる前に大事な事を話し合わないといけないわ」


 体を離し真面目な顔をした咲夜に、思わず大五郎も真剣な表情になって。


「恋人になったのですもの、…………神明くんという呼び方じゃダメだわ。貴方もいつまでも水仙さんじゃダメでしょう」


「それは…………確かに問題だっ!! ところであの時みたいに咲夜って呼んでいい?」


「気安い却下、咲夜様もしくはさっちゃんで」


「…………ねぇ咲夜、実は君ってバカップルとか憧れてた?」


「だーくん、それはちょっとデリカシーが無いわ。私の書棚の少女マンガ百選を読んでから言って頂戴」


「オッケー、咲夜はバカップルが好みと。僕はそっち方面から君を攻める事にするよ」


「貴方を絶対に救うから、覚悟しなさい大五郎」


 二人はニヤっと笑うと、拳と拳を合わせた。

 そして、楽しい楽しい登校中の事である。


「いやこれどうなの?」


「ご不満? 私たちの関係として丁度よくない?」


「ううーん……強く言えないぞぉ?」


 大五郎は現在の状況に、思わず首を傾げた。


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