第19話 もしかして



 静かな攻防は数日間続いた、大五郎の予想通り見えないモノを見つける事は出来ず。

 彼女には諦めの表情が出てる、そう見えた、あくまで表面上はそう取り繕ってるように見える。

 ――そして、またも昼前の授業終わり近くである。


(…………そろそろ諦めた? 或いは……今までのやりとりこそフェイク、本番はここからかな?)


(ええ、神明くんも気づく頃でしょう。あれから今日まではあくまで前フリ、でも確信までは持てない筈)


(なんていうかさ、空気感が今までとは違うんだよね。獲物が油断した瞬間に襲いかかる猛獣の静けさって感じ? けど……諦めた可能性があるのも捨てきれない)


(迷ってる? いえ、私の行動予測を絞ってマストカウンターを打つつもりね)


 授業中であるからして、じろじろと観察する事はない。

 相手の空気感、身じろぎ、そういった細かな所から推察しているのだ。


(藍ちゃんぐらいに知り尽くしてるなら心まで手に取るように分かる……は言い過ぎだけどそれぐらい把握してるから、赤い糸の情報だけで十分なんだけど)


(私が神明くんの全てを知らないように、神明くんもまた私の全てを知らない。――その空白に勝機がある)


(どうして水仙さんと赤い糸が繋がってるのかなぁ……、僕は彼女に何を求めてるんだろうか)


(頭から追い出すの、本当の目的を。今はただ――証拠に繋がる道を見いだすために)


 見えているモノが多いという事は、情報量も多いという事。

 うっかり己の根本的な問題に踏み込んでしまった大五郎の緊張の糸が緩む、そしてそれを見逃す咲夜ではない。

 故に。


(――――これでどう!! いやむっちゃ恥ずかしいんだけど!! でもこれに釣られない神明くんだって私信じてるからッ!!)


(はあああああああああああ!? 何してるの水仙さん!? どこのエロラブコメ!? 僕どうすれば良いのっていうか何考えてたか分からないじゃなくて今すぐ止める、止める? そう止めるんだけどさあああああああああああああああああ!?)


 瞬間、大五郎はテンパり咲夜は羞恥に頬を染める。

 彼女が取った選択。

 それは、己のスカートを徐々に引き上げ大五郎だけに何かを見えるように挑発したのだ。

 事態を認識したとたん、彼の脳はフル回転を始める。

 考えろ、惑わされずに考えろ、白いふとももは眩しく座して待てば魅惑の紳士絶賛のアレが拝めるかもしれないが。


(そしたら僕はただの変態っていうか!! 色香に惑わされた――いや良いのか? 水仙さんからの疑惑を晴らすならそれで……いやダメでしょ!! 止めなきゃいけないよねコレっ!?)


 咄嗟に中腰になる右手が浮く、視線はふとももとスカートから必死に離して彼女の左手の小指へ。


(見た、見極めて、スカートなのかそれとも――)


(読め、読み切るんだ神明大五郎!! 僕に残されたたった一つの武器! 赤い糸で読み切るんだ!!)


 シミュレーションは万全だ、彼はどの道、咲夜の行動を止めに来るだろう。

 狙いはその前、止めに動く前に何をするか、だ。

 婉然とした笑みで笑いかけ、咲夜は右手と右手で交互にスカートを少しずつ持ち上げる。

 

(彼は頭が良いわ、私の行動や心理を読むのに体の一部だけってワケじゃない筈)


(とりあえずギリギリで止める、でもその前に水仙さんの目的を突き止めなきゃ。見てる、彼女は僕の行動を見てるんだ)


(顔、口元、首、胸……は違うわね、やはりスカートいえ違う、手……手? 右じゃない左、そうじゃなくて手前? ――――え? どうして)


(赤い糸の揺らぎは挑発を示していない、むしろ何を探してる、何を? 視線、誤魔化しているけど……僕の目線の先!? っ!? ま、まさか!? いやあり得ないでしょ見えない何かに気づくなんて、それとも僕が望んでいるとでも――――!?)


 大五郎の目が驚きに見開かれた瞬間、咲夜はスカートを持ち上げる行為を止めた。

 分かったからだ、彼が何処を見ていたか。


(しまっ、気づかれた!? い、いやでもまだ確定じゃない!! 無視だ無視、今は前を見て全部無視するんだ!! これ以上、水仙さんに情報を与えるわけにはいかない!!)


(なんで…………私と神明くんの小指の間を見ていたのッ!? どういう事よ何が見えてるっていうのよ!! それで何が分かるって言うの!? え? はい? 神明くんは超能力者とでもいうの!?)


 必死にそっぽを向く大五郎、咲夜の心中は困惑に包まれて。

 認めなくてはならない、彼は何かが見えている。

 人知を超えた力がある、今の所はその可能性が高い。

 考えすぎではない筈だ、しかし問題は何を見ていたのか。


(こ、心を読んでいた? それじゃあ今までも――いえ違う、それだと事前に妨害する事だって出来ていた筈。でもそれに近い何かを、たとえば感情や様子の矛先を感覚的に? 少なくとも細かい思考は読めない、その筈よ)


 であるならば。


(思い返すと、…………ええ、神明くんが妙な鋭さを発揮するのは私と直接対面している時、それが条件? 小指と小指の間にある何かは直接見ないと見えない?)


 他に何か手がかりはないだろうか、小指と小指に関するなにか。

 超能力、魔法、都市伝説、なんでもいいから何か。

 咲夜が知識を総動員したその時だった、ひとつの答えにたどり着く。


(――――運命の赤い糸)


 たどり着いた、咲夜は答えにたどり着いてしまった。

 全ての疑問が繋がった、繋がってしまう、それが本当なら、全てに納得がいく。

 彼女は震えを感じながら、一つ一つ確かめていく。

 怖い、けれどその先に重大な何かがあると確信して。


(…………神明くんは、私と運命の赤い糸で繋がっている。そして、恋人がいるからと恋を教えてという私のお願いを断った。――理由はそれだけ? 本当に?)


 直感で出した答えに、歯ぎしりしたくなる。


(どうして彼のご両親は、朝早くから来た迷惑な客である私を歓迎したの? ――神明くんには恋人がいるのに?)


 遠距離恋愛中である、とは聞いているが不仲であるとは聞いていない。

 それに最初に訪問した時の朝、彼は愛しそうに連絡を取っていなかったか?


(本当に――恋人と連絡と取っていたの?)


 スマホで繋がった先は恋人のものだろう、だが違和感は拭えない。


(伏せられた写真立て、変よね。まるで夫を亡くした妻みたい)


 まだある。


(遠恋中だと公言しているし、幼馴染みの絵里達がしらない訳がないわ。――どうして私が側にいるのを許すどころか歓迎ムードなの?)


 普通ならば、仲の良い幼馴染み、しかも恋人持ちの彼に近づく女はそれとなく忠告を入れる筈だ。

 特に、隔絶した美しさをもつ咲夜のような美少女ならば。

 ――そしてあの時。


(パンツを破ってしまった時、あれは恋人からの贈り物だった筈。…………なんで、なんでほっとしていたのよ神明くんはッ)


 唇を強く噛みしめる、考えてはいけない、その先はきっと覚悟がなければ踏み込んではいけない所だ。

 でも、考えは止まらない。

 彼が隠している事の、輪郭が浮かび上がってきてしまう。


(どうして……どうして、そんな嘘をつくのよ神明くん!!)


 沸き上がる憤りが押さえきれないまま、授業は終わる。

 教師が教室から出ていた瞬間、咲夜は怒りの形相で立ち上がり大五郎の手を引いて出て行く。

 周囲の困惑など知らない、それどころではない、彼が何かを言っているようだが、今は。


「――――だから痛いって水仙さん!? いったい何事? 突然屋上に連れてきてさ」


「………………神明くん、貴方に聞きたいことがあるの」


「っ、ど、どうしてそんな怖い顔をする――って壁ドン!? いや普通逆じゃない!?」


 軽い衝撃を背後に、大五郎は怖い顔をした咲夜によって壁に追いつめられた。

 怖い顔と称したが、実際にはその瞳は今にも泣きそうに潤んで。


(…………これは、バレちゃったのかな。怒ってる? 悲しんでる? なんで、心が全部読めるとか誤解されてる…………のも仕方ないか)


 それは当たり前の反応だ、彼は判決を言い渡される前の罪人のように沈黙を守り。


「ねぇ……何を見ていたの神明くん? 私と貴方の小指の間だにある何か、運命の赤い糸とでも?」


「…………」


「黙ってないで何か言いなさいよ、どうして、どうして――――遠距離恋愛中だなんて嘘をついたのよッ!!」


「――……ぁ」


 とうとう、とうとうバレでしまった。


(嗚呼、これだから運命の赤い糸で繋がった相手は分が悪いんだ)


 藍の時もそうだった、どれだけ読み切っても予想外の方法で、彼の思惑を超えて驚かせ、喜ばせてくれる。

 ――それが、『己』は定義した運命の赤い糸の能力。

 絶対的な相性の相手、二度と現れないと思っていた存在。


「…………」


「…………」


 見つめ合う、彼女の瞳は何故か悔しそうに揺れて。

 怒ってはいない、ただ、悲しんでいる。

 何を言うべきか、大五郎は迷うばかりだった。


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