第4話 夜討ちはしないが朝駆けはする



 咲夜と遊んだ翌日の事であった、大五郎は珍しく寝坊して。

 とはいえ、遅刻するという時間ではない。

 五時起床が六時になった程度、偶にあること。

 だが、そんな時は決まって寂寥感に襲われるのだ。


(こういう時は、あっちゃんの声でも聞かないとやってられないなぁ……)


 ――――じぃ~~~~。


 気だるさに負けないように、枕元のスマホに手を伸ばす。

 ――がやがや、がやがや、たったったっ、かちゃん、わおーん。

 一階の居間の音や、道行く人の足音、散歩中の犬、……窓の外からの声が響く。


(――――五月蠅い)


 ――――じぃ~~~~~~。


 元来、大五郎の五感は普通の人より鋭敏ともいえる。

 起きているときには、無意識に取捨選択して無視できるが。

 こういう時に限って、普段出来ていることが出来ない。

 特に今朝は、懐かしいような初めてのような奇妙な違和感が激しい。


(早く……、早く)


 ――――じぃ~~~~~~~~。


 パターン認証がわずらわしい、アプリをタップすることも面倒だ。

 寝ぼけすぎた体に鞭を打って、ようやく恋人とやりとりしている画面にたどり着いて。

 しかし、この違和感はなんだろう。


『――――だいちゃん起きてる? おっはよー、…………えへへ、いつもは直接おこしてるのに何だか恥ずかしいですねコレ。さ、ちゃんと起きて学校に行きましょーーっ!!』


「あー、心に染みるねぇ……」


 ――――?


 何度も繰り返し開いた動画、最後の記憶より少しだけ幼い幼馴染みの恋人の姿。

 ああ、そうだ、彼女はもうこの部屋に来ることが無いのだから違和感なんて寂寥感の産物でしかなくて。


(おはよう、っと。未練がましいなぁ僕も)


 ――――…………。


 大五郎は今日も、既読がつかないメッセージを残念そうに送る。

 仕方ない、遠恋すぎて彼女とは時間が合わないのである。

 すぅ、はぁ、と深呼吸を二回繰り返し。

 しかして、違和感はまだ消えない。


(…………起きるか、今日は夜にジョギングしよう)


 ――――。


 意識をはっきりさせた瞬間、彼の世界に赤い糸が表れる。

 数は二つ、部屋の右から突き抜け一階と繋がっているのは両親だろう。

 そしてもう一つは。


(…………………………え、二つ? はい? 二つ? どういう事っ!? しかも僕の手から延び――――)


 近くに誰か、否、そんな曖昧な言葉で誤魔化してはならない。

 赤い糸が感知できる有効射程は半径十メートル、遠くとも玄関に、そして近ければ。


「おはよう神明くん、さっきのって恋人からのムービー? 朝っぱらから見せつけてくれるわね」


「――――~~~~っ!? すすすすすすすっ、水仙さんっ!? なんでここに居るのっ!?」


 いた、部屋の扉の前。

 見知った者ではなく、制服姿でたたずむ水仙咲夜が。

 困惑のあまりに大口をあける大五郎を気にせず、彼女はもっともらしく述べた。


「昨日は友人らしい青春したじゃない、なら今日は恋人っぽい事でもしようと思って」


「だからって朝から僕の家っ!? 思い切りが良すぎるよせめて一言連絡してっ!? というかオカンとオトンは何で入れてるのさっ!? なんて行って入ってきたの君っ!?」


「え? 同じクラスの……って最後まで言う前に泣いて感激しながら上がらせてくれたけど?」


「んもおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」


「というか、どうなってるの? 『あの大五郎に……ううっ、どうか息子をお願いします!!』って握手までされたんだけど?」


「…………聞かないで、マジで本当に聞かないでソレ…………」


 顔を両手で覆って精神的ダメージを受けている様子の大五郎に、それはそれとして咲夜は少々不満である。


「というか、アンタさぁ。この美貌の持ち主が朝から拝めるのよ? 動揺する前に感激して拝むべきでしょう?」


「図々しいっ!? いや確かにその美しさが寝起きから見れるのは眼福だけども!! ちょっとは――――」


 その瞬間、大五郎は気が付いた。

 彼女の様子は毎度のように自信満々なわけではあるが、その頬は少し紅潮しており。


(こ、これはまさか……)


(気づかれてないわよね、まさか私が――)


(初めての友人に興奮してるって)(ことっ!?)


「…………」


「…………」


 訪れる奇妙な無言、そこに咲夜がいるならば天使が通り過ぎたという慣用句がふさわしい。

 落ち着かなくチラチラと視線を揺らし、もじもじと肢体を揺らす彼女。

 それはまさに、初めてカレシの部屋に来たカノジョそのもので。


「その……ダメ、だったかしら? こういう事が恋に繋がるって何かで読んだのだけれど」


「う、うーん? 間違ってはいないけど、順序が逆かな? これって恋人になってからやるイベントじゃない?」


「なるほど、でも私の美しさの前には些細なことね!」


「困った、地味に言い返せないなぁ……」


 羞恥心からか裏声が混じる咲夜の言葉に、ドキドキしている大五郎は理解していても指摘する余裕がない。

 とはいえ、彼はパジャマのままなのだ。

 彼女を部屋から追い出す為にも、用件を聞かねばならない。


「…………で? 本当の用は何? 見たところ夜更かし――いや徹夜してる? ハイテンションなまま来てるでしょ君」


「――――ッ!? よく分かるわね神明くん、正直気持ち悪いぐらい」


「なんで僕は朝からディスられてるんです?」


「ま、アンタの異常さは昨日から私も分かってるわ!」


「ブーメランって知ってる? 体と面が良いだけの水仙さん?」


「は? 面と体が良いから魅力に変わってるのよ? ……ま、そっちの言うとおり用が……というかちょっと昨日のお礼にプレゼントを作ったから渡そうと思ってね」


「なるほど、義理堅いね君も」


「ええ、そうでしょうそうでしょう。そんな訳で今日は一緒に登校しましょ、プレゼントはその時に」


「プレゼントかぁ、なんだか嫌な予感がするなぁ」


 ニシシ、と悪戯っ子のような咲夜の笑みに大五郎は眉根を寄せて。

 ともあれ。


「朝ご飯は食べた?」


「ええ、さっき頂いたわ。――ところで、アンタのお母さんからお袋の味の伝授を誘われたんだけど」


「オカン~~~!! ああもうっ、僕からちゃんと言い訳しておくから! 君は外で……いやお茶でも飲んで待ってて!! 頼むから余分な事は言わないでよね!!」


「分かったからッ、いきなり着替え始めないでよッ!?」


 トランクス一丁になった大五郎を前に、咲夜は慌てて部屋の外へ。

 ともあれ、今日の二人は一緒に登校する事になったのだ。


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