第弐拾八話 君の夢と俺の夢との交わり哉

千坂ちさかあおい



「アオは本当に楽しそうに多賀城について話してくれるよね」

「え?」

俺は思わず多賀城の成り立ちについて力強く説明してた口を止めた。

そのまま右へ振り返り、みおのほうへ体を向ける。


今日は中学校2年の幕開けとなる始業式があった。学校自体は午前中で終了し、午後からは入学式が行われる。

午後はぽっかり時間が空くため、こうして2人で多賀城たがじょう政庁跡に来ているというわけだ。


「桜も咲き始めてきて、ここから満開に近づいていくって考えると楽しみだね~」

澪は政庁跡を囲むように訪れる人を出迎えるように咲いている桜の虜だ。

「楽しみだな~ってそうじゃなくて楽しそうってどういうこと?」


確かに桜が満開になって、毎年恒例の千坂家と水無月みなづき家のお花見は楽しみだけど今は俺の関心が桜より澪の発言にある。

「どういうことも何もそのままの意味だよ?」

「いや、俺別に多賀城の歴史の話しているとき楽しくないわけではけど、楽しいわけでもないよ……」


元はと言えば澪が多賀城の歴史なんて興味ないなんて言うからだ。

あんなにあやめ園は好きなくせに。

あやめ園を沢山の人の希望が集まる場所にしたいんだったら、絶対知っておいた方がいいに決まっている。

あやめ園だけでアピールするより、いろんな部分でアピールできた方がいいに決まっている。その1つに歴史の部分は確実に使える。


「じゃあなんで楽しいわけでもないのにそんなに多賀城について知ってるの?」

「そ、それは小学校でいっぱい習ったからでしょ」

「でも、私は全然知らないんだけど」

「澪が話聞いてないからだ」

「えぇー私だって話はちゃんと聞いてるよ」


たしかに澪は基本的に優等生だから話は聞いているに決まっている。

「アオ、自分で調べたんでしょ?」

澪はうつむいた俺の顔を覗き込んでくる

「……」


「別に隠す必要ないと思うよ? わからないこと、知りたいことは自分で調べるって当たり前かもしれないけど、案外難しいことだよ」

別に自分で調べたことは恥ずべき行為ではない。けれど年頃の男子は見栄を張りたいものだ。

俺はただ2年前あやめ園で澪が言っていた夢を叶える力になりたい。

それだけの気持ちだ。

ただ中学2年生の現時点でできるのは多賀城の歴史について調べることくらいしかできない。将来的にはそれらを活かして観光事業に貢献できたらなんて思っている。


はぁと溜息をつきながら澪は俺に近づいてくる。

「あのとき私が言ったことは私の夢。それは変わらない。だからアオはアオの夢を追いかけてほしいそう言ったよね」

澪の声は決して強く俺を責めるような震えはない。けれどその声は芯があって心の臓に響いてくる。

「だからそ――」

声を遮るように澪は右手の人差し指を俺の唇に当てる。


目を合わさず、手を後ろに組み、スカートを翻しながら自分の想いを吐露していく。


「2年前はアオにはアオの夢があるから、私の夢を一緒に背負ってもらってもらうのは申し訳ないって本気でそう思ってたの」

その声は少し震えて聞こえる。


「だってアオは優しくて、気遣いができて、努力ができて、他人の気持ちを考えられる人だから私に縛られちゃいけないってさ……」

澪がこちらを振り返る。その眼には涙が浮かんでそのきれいな瞳がにじんでいた。

俺は姿に喉がつまり、声を吐き出すことすらできない。


「でも、今日アオが楽しそうに嬉しそうに話してくれる姿を見て、私1人の夢から私とアオの2人の夢にしていいんだって思えたよ」

澪は目いっぱいの笑顔を見せてくれた。

その笑顔に涙は不思議と似合っていた。


「だからこの涙は悲しくて涙が流れそうだったものがたった今嬉し涙へ変わったよ」

そういって澪は目を制服の袖で拭う。


目をほんのり赤く染まり、少し腫れてしまっている。

けれど裸の感情を灯したその表情は何よりも綺麗だった。


「ほらアオ! 何ぼけっとしてるの!」

俺は見惚れてしまっていた。

「あ……うん」


うーん?と不思議な表情を澪は浮かべる。

「あ、もしかして私に見惚れちゃってた?」

「ば、そんなんじゃないからっ!」

「ふふ、そんなに必死に否定すると余計怪しいよ」


そして澪はこの少し凸凹している政庁跡を軽快に走っていく。

「アオ―早く早く!総社宮そうしゃのみやでお参りしていこー!」

30m先ほどで両手を大きく左右に振り、ピョンピョンと跳ねている。

前にもこんなことあったな。

「そんな急ぐと転ぶぞー」

転ばないよう注意をしながら澪の隣へ

が叶うように神様にお祈りしよう!」


澪はいつも俺の先を歩く。

それでいい。

俺はゆっくりでもいいから君の隣にいれるように。

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