第拾九話 淡い憂い哉

 千坂碧ちさかあおい


 執行部での会議の翌日。


 俺は今、美術室へ向かっている。

 他の5人は生徒会室で金曜日の多賀城市との会議に向けて各案の精査や発表用資料の作成を行っている。


「……美術室ってこっちだっけ……?」


 多宰府たざいふ高校はA棟とB 棟があり、A棟には主にクラスや職員室があり、美術室はB棟にある。

 なぜここまで美術室の位置があやふやなのかというと音楽と美術はどちらか一方を選択して履修するのだが、普通科は音楽を半強制的に履修することになり、災害研究科は美術を選択することになる。


 そのため普通科の生徒が美術室に用があるのは美術部員でない限り高校生活で存在しない。


 なんとか1年生の4月にあった学校案内のときの記憶を呼び戻し、美術室という立てかけがある部屋の前にたどり着く。



 <明日、話したいことあるんだけどいい?>―19:36

 <いいけど、条件がある>―19:40

 <何?>―19:43

 <放課後美術室に来て>―19:45

 <前から思ってたけど教室じゃだめなの?>―19:50

 <絶対だめ!!>―19:50


 まるで俺が何を送るのか知っているかのような返信速度。

 !は赤いやつ……そんなに教室で話しかけられるの嫌なのか。

 赤の!は何故かものすごい勢いを感じる。


 <わかったよ。明日16時過ぎごろ行くから>―19:52


 アニメキャラのスタンプで了解!と返信がきてやりとりは終了。


 このように事前に来ることは伝えている。

 一応ノックをして、扉を右にひく。


「ういな、来たよって暗いな……」

「アオイ君いらっしゃい」


 カーテンを閉め、光を遮断して蛍光灯も1つだけつけて最低限の光源だけ確保している。


「目悪くならない?」

「大丈夫大丈夫、慣れてるから」

「慣れちゃだめだと思うけどね」

「相変わらずアオイ君はおせっかいだ」

「ただ心配してるだけなんだけどな……」

「ふふふ、わたしは嬉しいけどね」


 淡藤あわふじういな。

 美術部には3年生がいない(ついでにういな以外の2年生もいないし、新入部員もなし)

 ため、部長を務めており、部長会議にも出席している。

 髪は凪よりも少し短いショートボブで前髪が目にかかっている。

 青藤色のオーバーサイズのフルジップパーカーをチャック全開で制服の上から着用しており、常にタブレットを持ち歩いている。


「その青のパ―――」

「青藤色」

「その青のパーk――――」

「青!・藤!・色!」

「……」


「その青藤色のパーカーいつも着てるのね」

「うん!アオイ君にもらったものだからね」

 嬉しそうだ……

 これはイラストレーターの性なのか……


「でも、全然色あせてないな」

「だってあまり洗濯してないもん!」

「いや、してっ!?」


「うーーん、じゃあほら!」

 ういなはパーカーの裾を俺のほうへのばす。

 嗅いでみなさいよ!ってことか……


「し、失礼しまーす……」

「なんかそれいう人って変態だよね……」

 せっかく配慮してやったのに、その言い方は酷くないか……


 すんすん。

 変なにおいはしない。

「うん、これはういなの匂いだな」

 素直な感想を言う。

 そう、これは臭いという意味ではなく、むしろ褒めている。


 けれど俺の思惑とは異なり、ういなの顔はみるみるうちに紅潮していく。

「へ、変態っ!!」

 手に持っているタブレットで頬をぶたれる。

「ぐはっっ……」

「あ、ごめん。つい……」


 ―――

「で、本題に入るけど……」

 まだ頬はジンジン痛む。けれどういなが申し訳なさそうにしているので許そう。


 俺は生徒会執行部があやめ祭りの運営に協力することになったこと、昨日の会議で紫水しすいが提案したことなどを伝える。


「―――ってことなんだけど、頼める?」


「うん、いいよ」

「やっぱだめだよn――えっ!いいの!?」


 ういなは笑顔を浮かべながら。

「うん、いいよ」

 ま、まじか……

 ここまですんなりいくとは。


「ういな……なんて良いやつなんだ!」

 俺はういなの手を両手で包み込む。


「ちょっ!近いって!」

「あ、ごめん」


「そんなに驚くことかな……アオイ君の頼みは断らないよ」

 俺と目を合わさず、見えることのない外を見ながら不思議そうに言う。

「俺、ういなにそんなこと思わせるようなことしたっけ……」

 全くもって記憶にない。


「してあげたことは忘れて、してもらったことは覚えてるような人なんだもんなー……普通逆じゃない?」


「ん?何か言った?」

「なんでもないよっと」

 そう言うのと同時に腰を下ろしていた机から降りて近くの椅子に座る。


 ういなは今からどんなキャラクターにするのかタブレットを操作しながら考えている。

 楽しそうだ。


「ういなが描いてくれるキャラクター楽しみだなー俺、ういなの絵めちゃくちゃ好きだからさ!」


 ういなは何か驚いたような顔を一瞬見せ、少しはにかむ。


「そういうところ」

「え、どういうこと?」

「さぁね?」


「えーはぐらかすなよー」

「ふふふ、はいはい、わたし集中するから出ていってー」


 結局聞き出せないまま美術室を追い出されてしまった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る