第弐話 幼なじみは時雨にうたれる哉

 校舎4階左端の生徒会室に無事到着する。

 集合時間5分前。

 時間にも遅れていない。普段から5分前行動を心掛けている。

 時間を守る。それはとてもシンプルで当たり前。

 だからこそ信頼を得るためには必要不可欠なことである。


「じゃあ開けますよ」


 なぎがノックをしようとする。俺はその腕をつかむ。


「え、なんですか」

「ノックの必要はないぞ。ノックは客人のすること。今日から俺たちはこの場所で一年間仕事をする生徒会執行部だからね」

「そうでしたね。先週の引継ぎのときのも引きずっていました」


 そして、扉を左にひく。

 すると……。


「なぎちゃーん!」


「うわっ!」


 凪は急に抱き着かれたもんだから、その場に尻もちをつく。


「もう驚かせないでくださいよ。鈴望れみさん」

「えへへー、ごめんねー! 凪ちゃんに会いたくて会いたくて震えてたからその反動でつい。そしてアオイもおつー」

「……お疲れ」


 俺は戸惑いながら返す。


「おい何いきなり抱きついてんだ。てか、何が会いたくて会いたくて震えるだよ、どっかで聞いたことのあるフレーズだな」


 凪に急に抱きついたのは白菫鈴望しろすみれれみ

 明朗快活を地で行くハッピーオーラ全開ガール。

 ポニーテールは彼女のその人柄を何よりも示しており、首元には菫の花のチョーカーを身に付けている。

 そして、鈴望にツッコミを入れたのは白藍捺希しらあいなつき

 責任感に溢れる自衛隊志望の短髪ボーイである。

 何となく察したと思うが、この二人はいわゆる幼なじみである。

 そのやり取りはまさに阿吽の呼吸。


 そんな二人のやり取りに目を奪われていて、気づかなかったが、


「お疲れ様です。会長」


 先客がもう一人いた。


「お疲れ紫水。二人うるさかったでしょ」

「はい、うるさかったですね」

 そうきっぱりと言い張る。


 時雨紫水しぐれしすい。凪と同じ1年生である。

 眼鏡をかけており、その雰囲気からはデキる雰囲気を漂わせている。

 一見近づきがたいように見えるが、きっぱりと自分の考えを濁すことなく伝えることができるため、信頼できるし、実際に多くの人たちに信頼されている。


「うるさかったとは失敬な。私はただ生徒会執行部始動日で緊張しているだろう二人をほぐしてあげようとしていただけなんですけどー」


「いや、今日が初めて顔を合わせるってわけでもないし、俺と紫水が緊張してたように見えたのか……?」


「というより緊張してたのって鈴望先輩ですよね。ずっとソワソワしてたし、それを紛らわすためにいっぱい話してたんですよね」


「うぐ……」


「紫水の言う通りだな。鈴望がガチガチに緊張してる姿見て、こっちは冷静になれた。そういう意味ではありがとうだな」


 皮肉を込めて捺希は言う。こりゃ鈴望に効くな……


「うぐぐぐぐ……」

「うわーーーーん、ナツと紫水くんが私をいじめてくるーーー緊張してたのは事実だけど、緊張紛らわすためにうるさくしてたのも事実だけど、それで冷静になれたんならもっと感謝してくれたっていいじゃーーーん!」


 図星だったのかよ……。


 鈴望はウソ泣きを続ける。

「でもいいもーん、凪ちゃんは私の味方だもんね!」


 鈴望は凪に抱きついたまま凪に同意を求める。


「あのー……鈴望さん……」

「ん?」

「そのー……そろそろ離れてもらっていいですか……?」


「な、な、そ、そ、そんな……」


 鈴望の開いた口がふさがっていない


「凪ちゃんにまで裏切られた……」

「おい」

「イタっ」

 捺希が鈴望の頭に手刀をくらわす。


「ウソ泣きそろそろやめろ。そして、水無月からも離れろって、まじで嫌われるぞ」


「凪ちゃんは私のこと嫌ったりしないもーん。ナツはそんなこともわからないの?」

 捺希は無言のまま凪のほうを見る。


「嫌いはしませんが、鈴望さんのことは避けるかもです」


「がーーーん」

 開いた口がふさがっていない。いや、これさっきも見たぞ。

 そして、鈴望は俊敏な身のこなしで凪から離れる。


「凪ちゃん、ご、ごめんねー」

 顔の前で手を合わせ、恐る恐る右目だけ開ける。


「うふふふ、冗談ですよ。でも、抱きつくにはほどほどにしてくださいね。」

「ありがとー! 凪ちゃーん」


 嬉しさのあまりまた凪に抱きつこうとするが、すかさず捺希が鈴望の首根っこをつかむ。


「離せー私は凪ちゃんに抱きつくんじゃー」

「ほどほどにしてくださいってさっき言われたばっかだろうが」

 鈴望はしゅんとなり、抵抗をやめる。


「鈴望先輩は幸せ者ですね。こうやって暴挙にはしっても諫めてくれる理解のある方が幼なじみとしていることに感謝したほういいですよ」

「紫水くん、それは違うよ。これから一緒に仕事していくなかでわかっていくだろうけど、ナツは横暴で粗暴で荒々し、イッターーーイ!」


 すかさず捺希の手刀が炸裂する。

 中学校が一緒に俺には見慣れた風景だ。


「いい加減にしろ」

「やっぱり捺希先輩にちゃんと感謝したほういいですよ」

「紫水くん私に厳しすぎない!?」

「そんなことないと思います。」

「即答!」

「な、なんか紫水くんから謎の圧力を感じる気がするんですけど……」

「安心してください、気のせいじゃないですよ。僕はただ捺希先輩に感謝したほういいんじゃないかなーって思ってるだけです。ありがとうくらい言うべきではと思うってるだけです」

「うぐぐ……」


 鈴望は言い返さない、というより言い返さない。鈴望は感謝すべきだってわかってはいるんだろうな。幼なじみは大変だ。

「あーもうわかったからわかったから!」


 鈴望は覚悟を決めたようだ。てか、ありがとう1つ言うだけで一体何をやってんだ……。

 そして、口元ほどまで伸びている触覚で口を隠しながら。


「いつもツッコんでくれてありがと……」


 捺希は鈴望の不意打ちに思わず顔を反らしてしまう。

 予想以上にドストレートに言ってきたからびっくりしたんだろうな。

 てか、なにこのやり取り!?

 外野はめちゃくちゃ恥ずかしいんですけどね!


「あれれー、急に顔を反らしてどうしたのかなー?もしかして、幼なじみが素直になって恥ずかしくなったのかなーー?」

「うぐぐぐ…」

「ねーねーどうして?どうして?私わかんないから教えてほしいなー?」

 煽り性能めちゃくちゃ高いな……

 だが、捺希もぐっとこぶしを握った。何か決意したようだ。


「一瞬でも素直だと思ったのが間違いだったな」

 捺希の顔が金剛力士像のごとく険しくなっていく。


「あ、あああ、あれー……、ナツ……?どうしたのーーーー……?」

 鈴望に先ほどまでの勢いがない。危険を感じたのだろう……

 鈴望は走って逃げる。


「鈴望ーーーーーーーーーーーー!!!!」

 捺希は鈴望を追いかける。生徒会室で鬼ごっこが行われる。

「助けてーーーーーーーーーーー!!!」


「自業自得です」

「だから私に厳しすぎない!?」

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