第14話

 スカンクは私の横。

「スカンクは何で旅人になったの?」

「なったんじゃなくて、最初からそうだったんだ」

「最初から?」

「そう。若い日に自分に色々を試しているときに、あ、俺は旅人なんだって気付いたんだ」

「なろうと思ったんじゃないんだ」

「食べたことのないものを食べたときに、あ、俺はこのスイーツが好きなんだ、って知るじゃん。そんな感じ」

 出会いと同じなんだ。

「スカンクはどうしてハートの印を残すの?」

「俺の足跡をつけたくて。いつか再びそこに来る俺のため、俺を追いかける誰かのため」

 チラ、と私を見る。

「でもそう言うのは全部オマケでさ、俺はここにいたんだ、ってのを刻みたいんだよ」

「どこかに基地を作ればいいのに」

「違うんだよアカネ。旅の最中を刻むんだ」

 よく分からない。でもスカンクはそうしたいのだ。

 水筒を出して水を飲む。旅人は水を泳ぐシャチみたいだ。

 私が飲んでいるのを見てスカンクも自分の水筒から水を飲む。飲み終えてまた歩く。

 視界が歪んで、開けて、大きな大きな湖、対岸が見えないから海かも知れない。左右の果てまで柵がしてあるけど中はその隙間から見える。

 近付いて行くと、豪奢な小屋があって、開いたままの入り口。

 二人の男性が椅子に座って何かを書いている。

「お客さんだね」

「そうだね」

 そう言うと二人は私たちの前に並び、私とスカンクを見比べた後に私の方を向く。緑の服と白の服。緑の方が口を開く。

「こんにちは。湖に興味がありますか? それとも空間に興味がありますか?」

 続けて白い方。

「光に興味がありますか? それとも寿命に興味がありますか?」

「湖と光」

「じゃあ、見に行きましょう。この小屋の裏口から見れます」

「ただ、決して湖に触れないように柵の内側から見て下さい」

 二人に連れられて小屋の奥に進むと、デッキのようなものが湖に張り出している。そこにも柵があってそれ越しに湖の中を見ると小さな光が泳いでいる。中には強く光っているものもあるし、消えそうなものもある。

「この湖の体積は、世界の空間の体積と呼応しています。世界が増えれば湖は深くなります。減れば湖は浅くなります」

 緑の弁を待って白が続ける。

「湖に光るものは、世界の人間の寿命と対応しています。光が消えれば対応する人は死にます」

 次いで緑。

「だから、この湖には人も人でないものも触れてはいけません。掬い上げた水に応じて対応する空間は消滅します。戻しても手遅れです。湖から離れた水はもう水ではないから」

「光も同じです。一度湖から離れたらその瞬間に対応する命は終わりを迎えます」

「どの光が誰かは分かるの?」

 白が応じる。

「ここの管理をしている私の一族だけは、その見分け方を知っています。だから、このコップでその光を掬い上げれば、その命を終わらせることが出来ます。でも、しません」

 スカンクは黙って聞いている。

「あなたたちは何をしているの?」

 緑。

「僕は空間を守っています。この湖に何かが入らないように、異状がないように、ここにいます」

 白。

「私は寿命を守っています。空間と同じところにあるので、彼と一緒にここにいます」

「コップを使うことはあるの?」

「ないです」

「これまでは」

「じゃあ、どうしてコップがあるの?」

「必要なときが来たら、使うためです。一族はずっとそうして来ました」

「コップを使うことなく、この湖と光を守り続けること。それが一族の誇りです」

 私は財布の中から退館票を一つ出す。

「時計台。親戚の方ですよね」

 緑と白が顔を見合わせる。緑が嬉しそうな顔になる。

「そうです。同じ一族です」

 白も笑う。

「誇らしい」

「ここの退館票も貰っていい?」

「もちろんです」

 書いて貰っている間にデッキの先端、柵はあるけど、一番湖に近い場所に立つ。

 ここで歌ったら、もしかしたら全ての空間と命に私の歌が入り込むのかな。

 湖の中の光の粒は遊泳していて、それがどこまでも続くような水の中にたくさんあって、果ても見えない。

「出来ましたよ」

「ねえ、歌を湖に歌ってもいい?」

 緑と白はさっきとは別の色をして顔を見合わせる。スカンクは黙って見ている。

「いいですけど、一曲だけにしておいて下さい」

「ありがとう」

 デッキの向こうの湖の全てに向かって、歌を歌う。zarameの「ミラームーン」、声を思い切り出しても全てが吸い込まれてゆく。この曲しかない、ここには。だって、湖に月が、光にその命を分け与えるようにいるから。

 歌い終えてしんとした湖と空、歌が染み込む時間。

 振り返ると三人が私をじっと見ている。そこに向かって歩く。

 スカンクの前を過ぎても彼は何も言わない。

 緑と白の前に立つ。

「ありがとう」

「歌を聞いて思い出しました。昔、一人だけ同じように歌った人がいました」

「そう、全く同じようにあの場所で歌ったんです」

 私は頷く。高揚と緊張が体の動きを邪魔する。

「誰かは秘密のままにして」

 三度みたび二人は顔を見合わせる。そして薄く、赤く、笑う。

「分かりました」

「では、退館票をどうぞ」

 スカンクは貰わないよう。見ると、ニッと笑って、私に付いて来る。

 二人は小屋の出口まで送ってくれて、私たちは湖を離れる。離れて、振り向いたらもうなくなっていることを確かめて、また月の方に歩き始める。

「いい歌だったな」

「でしょ」

「お前が書いたのか?」

「違う。zarameの歌」

「そっか。てっきりお前がオリジナルかと思った」

 私は頬が熱くなって、スカンクからちょっと離れて歩いた。

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