第23話 お祝い会前

 支店に配属されて一ヶ月と二日。

 一ヶ月が経ったことで乃々花の面倒見役も卒業を迎え、独り立ちを迎えていた日。


「……修斗くん、今日のことちゃんと覚えてる?」

 朝礼が終わり、すぐのこと。

 トコトコと横移動した乃々花は『ねえねえ』と肩を叩き、周りに聞こえないような小声で話しかけていた。


「あ、仕事終わりのことですよね。もちろん覚えてますよ」

「ふむふむ。よろしい」

 今日は乃々花と予め約束していた『お祝い』をする日。

 仕事終わり、二人で居酒屋にいく日となっている。


「楽しみなことが控えてるので、今日の仕事はいつも以上に頑張れそうです」

「ふふ、わたしもだよっ? それじゃあ今日も頑張ろうね」

「はい」

 仕事が迫っている現在。短い会話、この意思疎通を図って別れる。


 シャルティエの従業員には誰にも言っていないお祝いの会だが、それを察するスタッフが数人いた。



∮    ∮    ∮    ∮



「ねえねえ、乃々花っちって今日デートすると思わない? いや、絶対そうだと思うんだけど」

 仕事終わり、用の済んだ美容師が少しずつ集まるスタッフルームではこんな話題が出されていた。


「今日って言うと仕事終わりにってことですか?」

「そうそう」

「確かに普段よりちょっと明るいなぁとは思いましたけど、それくらいだったような……。僕個人の意見ですけど」

「俺もその意見に一票だなあ。乃々花ちゃんってお客さんの誘いを断る人だし、仕事が恋人って感じだし」

「いや、私はデートだと思う! 普段してないネックレスしてたし、ちょっとメイクも変わってたよね?」

「それ!」

 序盤、男性が数で有利を取っていた流れだが、一人の女性の意見によって形勢が変わる。


「そ、そうでしたっけ!?」

「全然気づかなかったな……。それを言われたらデートかもしれない」

 普段していないものを身につけている。女性だからこそ気づくメイク変更。信憑性が増す情報なのだ。


「でしょう? デートの相手として思いつくのは憧れている修斗さんだけど……普段通りの態度だったからなあ。これで乃々花っちとデートなら驚きだよ」

「それはそうだけど、モデルの律華さんと顔見知りの仲だから、それくらいのことはできそうじゃない?」

「確かに……」

 デートだと勘づいている女性陣だが、しっかりと大人の対応を取っていた。

 大事なプライベートの用事には口を出さないように、と。


「んー。仮にデートだったとしたら幼馴染とか同級生とかそっち系っぽそうじゃないですか? 乃々花さん学生の頃とかモテていたでしょうし」

「確か卒業前の一ヶ月で10人以上に告白されたんじゃなかったっけ? どっかからそう聞いたけど、俺」

「えっ!? そうなの!?」

「あ、その情報教えたの私だ。美容専門学校の時がそうだったらしいよ。妹の友達が乃々花ちゃんと同じ専門学校に通っていたらしくて」

「人気バケモノじゃないですか、それ……」

 初耳の情報に驚くスタッフだが、『それは嘘でしょ』なんて否定する者はいない。

 優しい性格。可愛らしい容姿。優れた腕前。

 普段から関わっている人間からして、好かれる要素しかないというのは共通した認識なのだから。


「めっちゃ気になるなあ、そんな乃々花っちのデート相手。絶対カッチョいい男だと思わない?」

「乃々花さんのことだから顔よりも性格で選ぶっぽくないですか? 気を遣える男! みたいな」

「俺的には努力してる男が好きそうだなぁ」

「……気のせいならごめんなんだけど、なんとかして自分に寄せようとしてない? そこにいる二人の男性さん」

「あ、あはは。そんなことないですよ? ね!」

「女の子に好かれたい願望があってもいいじゃないか。なあ!」

 ニッコリと顔を合わせ、見事な噛み合いのなさを見せつける男性スタッフである。


「……まあ、その『気を遣える男』、『努力している男』が好き理論で言ったら修斗くんに落ち着くような気がするんだけど……。彼、年も一番近いしカッチョいいし」

「「……確かに」」

 もう一度顔を見合わせ、ハモらせる男性陣。


「正直、修斗さんとの相性よさそうだよねー。この前はいろいろあったけど、今はもう誤解も解けて楽しそうにしてるし」

「そう言えば先日、修斗くんと話したそーにずっと機会を窺ってたよ? 乃々花っち」

「僕が見たのは、連絡先を交換しようとこのスタッフルームで一人練習してたところですね」

「な、なんだそれ……」

「えっ!? まだ修斗さんと連絡先交換してないの? 乃々花っちって。ここにいる全員してるよね?」

 そこで全員が頷く。


「い、いくらなんでも奥手すぎでしょ……。面倒見役だったんだから、いくらでも機会あったはずなのに……」

「奥手ですね」

「奥手だなぁ」

「まあ、尊敬してる相手だから仕方ないんじゃない?」

 と、いうことで納得のいく終わりを迎えるこの場である。


 そうして数十分が過ぎ——。


「では、終礼を始めます」

 業務が全て終わり、店長の声で終礼が開始された矢先。

『デート相手は誰なのか』を話をしていた、または聞いていたスタッフは全員ピンときていた。


 店長が真剣な話がされている最中、チラチラ……チラチラ、修斗に視線を送っている乃々花がいたのだから。

 仕事に真面目な彼女からして、この姿で悟られるのは自然なことだった。


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