第17話 裏表のある訳

「今日ですね、修斗くんがわたしの練習に付き合ってくれることになったんです!!」

「おー。って、それもう三回目だよ。聞いたの」

 店長に冷静なツッコミを入れられた後のこと。


「えっ、もうそんなに報告しましたか!?」

 手で口元を押さえ、オレンジ色の瞳を大きくする乃々花を見て、すでに仕事が終わっている美容師はガヤを飛ばす。


「乃々花ってば修斗さんのこと好きすぎでしょー。悟られないように素っ気ない態度まで取っちゃって」

「っ」

「好きってより尊敬してるって方が正しいんだよね? まあどの道、違和感は絶対に持たれているだろうけど」

「……っ」

「初めて男性美容師に髪を切ってもらったのが修斗君だもんね? あ、年下の美容師だからって狙い撃ちしたんだっけ? どのくらい凄いのかーって」

「っっ!」

「いやさあ、それにしてもあの変わりようはさすがに可哀想じゃないか? カッコいい姿を見せて気を引きたいんだろうけど、嫌われてるって思われても仕方ないような態度じゃん」

「——っ!?」

 さすがはこの店のムードメーカーである。からかうような言葉が次々と彼女に飛ばされる。

 その追撃に顔を赤くしながら縮こまっている乃々花。

 そんな盛り上がりのある現場に一人……冷や汗を流す店長がいた。


「……あの、ちょっと待ってくれる? 乃々花ちゃんはそんなに冷たい態度を取ってるの? 修斗君に対して」

「そっ、それは……!」

「皆を押し退けてお世話役に立候補したの……君だよね? 絶対に譲りませんからーって」

「そ、それはそうなんですが……!!」

 全て初耳の店長は、青白い顔になって追及する。

 スタッフ同士の不祥事は全て店長の監督不行届ふゆきとどき。そう、責任である。


 それもオーナーの息子がそんなトラブルに関わっているとすれば……どんな未来が待っているのか簡単に想像はつく。


「乃々花ちゃん……。お願いだからもっと詳しく説明してくれる?」

「あ、あの……。その……。わ、わたしの憧れの美容師さんですから、浮かれないためにも自分を戒める行動でもあって……。頼り甲斐のあるスタッフに見られるためにも……ですね!?」

 目をグルグルさせながら両手を忙しなく動かしている彼女に、また周りから面白おかしくツッコミを入れられるのだ。


「はははっ、乃々花はホントそこら辺のこと不器用だよね。手先が器用な代わりに」

「男遊びの一つもしてないからしょうがないよ」

「そこもまた可愛いところだよねえ」

「乃々花さんがいるだけで話題が尽きないよな」

 と、人ごとのように済まして楽しそうにしているスタッフ。

 だが、修斗がシャルティエのオーナーの息子だと知っている店長なのだ。

 状況を理解し、額に滲む汗を拭いながら注意する。


「の、乃々花ちゃん……。あのね、どんな事情があろうとそれがダメでしょ……。特に修斗君は慣れない環境にいるんだから、些細なことでも負荷がかかるんだよ」

「ほ、本当にすみません……っ!」

「とりあえず! なぜそのような態度になってしまったのか、説明は絶対にすること。乃々花ちゃんの練習に付き合おうとしてるのは、仲良くなろうとしての行動でもあるんだろうから……」

 どうして修斗が残業に付き合おうとしたのか、その理由をやっと理解した店長である。


「つ、つまり憧れていることや、尊敬していること全てを教えなければいけないんですかっ!? そ、そんなの……恥ずかしいです……」

「お願いだから我慢して説明しなさい。自分で撒いた種なんだから。いいね?」

「は、はい……。本当にすみませんでした……」

「謝るのは修斗君にでしょ?」

「すみませんっ!!」

 これからしなければならないことにもじもじしている乃々花だが、慈悲はない。

 眉間にシワを寄せながら注意を行った。


「あーあ、優しい店長に怒られちゃったー」

「減給だ減給!」

「自業自得だよねー。素直になれないのが悪いけど」

「まあ、あれは怒られても仕方ないって。乃々花さんドンマイ!」

 注意されている現場にこれだけの軽口を飛ばせるのは、それだけアットホームな職場だと言うこと。

 伸び伸びとした良い雰囲気の職場と言える。

 だが、ここで店長はヤジを飛ばしたスタッフに圧のある視線を飛ばす。


「君たちは楽しんでいたようだけど、この件を放置してた責任はあるからね。残業を多くしてもらおうかなぁ」

「なっ」

「ちょっ!?」

「あ……」

「乃々花ちゃんに言われたんです。『バレたくないから黙っておいてくれ』って」

「わ、わたしそんなこと言っていません!!」

 慌てるスタッフ。驚くスタッフ。嘘をつくスタッフにしっかり否定する乃々花。

 なんとも賑やかな職場だろう。

 そして、悪意がある行為ではないためにそれぞれのスタッフは空気を読んでいただけなのだ。


 こんなやり取りがスタッフルームでされていたとはつゆ知らず、修斗は最後のお客さんの施術を終わらせるのであった。

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