第15話 父との電話

『修斗、そっちの店はどうだ? ちゃんとやれてるか?』

「えっと、待って。電話をかけてくるには遅くない……? もうすぐ1時だよ? 夜中の」

『仕方ないだろう? こっちもこっちで忙しいんだから』

「まあ、そうだろうけど……」

 律華と別れ、一人暮らしをしているマンションに着いた矢先。

 唐突に父親から電話がかかってきた。


「とりあえず心配ありがと。本店とそう変わりない感じで働けているよ。指名も少しずつ増えてきたところだから、なんとか地に足はつけそうかな」

 完全予約制の店だけあって客を獲得できなければ立場が悪くなってしまうが、早期に乗り越えられそうな兆しは見えていた。


『いや、お前の場合は本店から追っかけてくるお客さんもいるだろうし、その心配はしてなかったぞ。それを見越しての人選でもあったわけだしな』

「えっ、そうなの?」

『ああ。心配してることと言えばお前が周りに馴染めてるか、だ』

「あ、あはは。そういうこと」

『で、実際のところどうなんだ?』

 父親の声色がいきなり真剣なものに変わる。


「……」

 このように問われ、脳裏に過ぎるのは自分にだけに素っ気ない乃々花の態度だが——。

「いや、特になにもないよ」

 修斗は考える時間を有して答えた。

 あのような態度を取る理由がわからない限り、素直に報告するのはどうなのだろうか……。

 まずは理由を解明して、どうしようもなければ相談を……。

 こんな思考を働かせる修斗だったが、次の瞬間に頭が真っ白になることを言われてしまう。


『ほう。店長からはいろいろ聞いているんだがなぁ』

「えっ!?」

『そりゃ、オレの息子なんだから色々な情報が届くに決まってるだろ』

「そ、そう……。そうだよね……。じゃあもう聞いてるんだね」

 初耳な話だが、言われてみれば確かにそうである。

 素直に納得した修斗だが、完全に踊らされていた。


『まあ、鎌をかけただけなんだがな』

「え……? あ……」

『店長から聞いていたらこんな回りくどいことするわけないだろ? ……ただ、今の反応でなにか問題があるのは理解した』

「はあ……。さすがは父さんだね」

 滑稽と言われてもおかしくないほど、上手に罠にかかってしまった。


『修斗がその判断をするってことはよっぽどのことじゃないんだろうが、一応教えてくれ。ある程度の内容はわかってた方が対処しやすいんだ』

「そ、それはそうだろうけど……」

『ただ聞くだけだから安心しろ。修斗からヘルプが出ない限り、仲介に入るような真似はしないぞ』

 嘘をついたことでここまで見透かしてくる父親。さらにはしてほしくないことまで前置きしてくる。

 理容の腕だけでなく、こうしたところも敵わない相手。

 ここまで言われたら話だけ通しておくのが筋だろう。


「……じ、じゃあ簡単に話すんだけど」

『ああ』

「俺のことを受け入れてくれていないって言うか、毛嫌いしてるスタッフさんが一人いて、ちょっと対応に困っているんだよね」

『それ、なにかの勘違いなんかじゃないんだろうな?』

「勘違いだったらどれだけいいことか……。そのスタッフさん、周りには明るくて、優しくて、ムードメーカーのような人なんだけど、俺にだけは素っ気ないんだよ?」

『ほう。修斗が変なことをするようには思えないが、なにか気に障ることでもしたんじゃないか?』


「その可能性がないことはないんだけど、心当たりが本当にないんだよ。だ、だけどね? 無視されたりはしないし、練習も付き合ってくれるし、邪魔をしてくるようなこともしないんだよ。ただ自分にだけ態度が悪い感じ」

『なにが言いたいんだ?』

「えっと、矛盾したようなことを言っているのはわかってるけど、悪意はないみたいな……?」

 庇うつもりはこれっぽっちもなく、実際に感じたことを伝えているだけ。

 中途半端な攻撃しか受けていないのは事実。だからこそ掴めないことが多いのだ。


『ああ? ちなみにそのスタッフの名前を教えてもらっていいか。もしかしたらあの子かもしれん』

「あの子……? って、もし教えたら父さんか店長が触れるでしょ? 絶対」

『あのなぁ、今の情報で殴り込みできるんだから教えてくれたっていいだろ。さっきも言った通り、仲介に入るような真似はしないぞ』

「ま、まあ……」

 反論はできない。


『この中に差別しているスタッフがいる。今すぐに出てこい』と言えば確かに済む問題であるのだから。

 言っていることは正しく、押し問答から父親をムキにさせるより、素直に伝えておいた方が賢明かもしれない。

 そう判断し、まずは釘を刺す。


「もし勝手に仲介とか入ってたら怒るからね、俺」

『ああ、そうしてくれ』

 その言葉を信じて素直に教えることにする。


「えっと、俺の面倒見役になってくれてる乃々花さんだよ」

『もう一度言ってくれ』

「乃々花さんだよ。二つ年上の」

『ハハハッ! やっぱりあの子か!』

「え? 父さんなにか知ってるの!? 乃々花さんのこと」

 シャルティエのオーナーだけあって従業員の名前は全て把握している父親。そんな父は名前を聞いた瞬間になぜか大笑いを始めた。


『まあな。その子のことなら心配しなくていい。お前が悪い、、、、、だけだ』

「なっ、なんで!? なんで俺が悪いの!?」

 まさかの断言である。


『詳しいことは本人に聞いてみればいい』

「せめてヒントちょうだいよ。あの雰囲気の中じゃ話を振るだけでも勇気いるんだから」

『カミスマだな』

「ますますわからないよ」

 律華のカットを担当した時にも出た内容。

 カミスマ。それは『カミカリスマ』と呼ばれているアワードで、美容室と美容師個人を対象に全国調査されているもの。

 全国の争いであるために受賞難易度も高く、名誉な賞である。


『今年、乃々花さんが一つ星を受賞したのは知ってるだろう?』

「うん。それは知ってるよ」

『で、お前は二つ星。それが答えだ』

「……」

 カミスマの最高評価は三つ星。修斗が目指しているのは父親と同じ、この三つ星である。


「つまり妬みってこと……? そんな風には思えないけど……」

『じゃあそうなんだろうな』

「ん?」

 この返事で間違っていることは十分にわかる。と、同時に『じゃあ一体なんなんだろうか……』なんて疑問が出る。


『まあ、解決するのも時間の問題だろう。人間ってのは適応できないこともなかなかにあるもんだ』

「意味深なことを……」

 なにかに気づいているような父親だが、教える気はないようだ。


『まあ、いろいろあるだろうが彼女のことはよくしてやってくれ。練習に付き合ってくれてるなら逆に練習に付き合ってあげるとかな』

「れ、練習に?」

『そのくらいしか関われる時間はないだろう?』

「た、確かに。……そうだね。う、うん。わかった……」

 会話をして距離を縮めようと思っても、相手から切断されてしまう。なかなかに難儀なことを言われているが、父親が嘘をついているような口振りには見えない。

 それどころか確信めいているような気もする。


『と、悩みがそれくらいなら大丈夫そうだな。その調子で頑張ってくれ。モデルの律華さんとも順調なんだろうしな』

「あ、あはは……。うん、わかったよ」

『そうしてくれ。オレの方でも新しいスタッフを探している最中だからもう少し支店を頼む』

「うん、了解」

 そうして父親との通話が終わる。


 明日も早い。仕事に支障をきたなさいように早く就寝する。

 乃々花が素っ気ない理由を考えながら——。

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