第13話 外食へ③
「ふ〜、お腹いっぱい」
「自分も」
「ね〜」
100分の食べ放題も終わり、膨らんだお腹に手を当てながら店を出た二人。
律華はキャップにマスクと、普段通り容姿を隠した格好に戻している。
「ほら見てよお兄さん。このお腹」
「ちょ!?」
いきなりだった。ニヤリとしたかと思えば、いきなり服を上げて膨れたお腹を見せてくるのだ。
「ぷっ、お腹くらいでそんな慌てなくても。周りに誰も人いないし、雑誌でもへそ出しよくしてるし」
「理由になってないよ……」
傷のない白い肌に、小さなおへそ。
いきなりの露出に頭が真っ白になるも、態度の変わらない彼女のおかげですぐに取り繕えた。
「ほら、早く戻す。服を」
「はーい」
その言葉で素直に服を下ろしてくれる。
『ウブなくせによくやるよ』と言いたいものである。
「ま、まあ……話を戻すけど、今日は誘ってくれてありがとね、律華さん。久々に羽を伸ばすことができたよ」
「ううん、私こそありがとね。めっちゃ満足したよ」
「満足してもらわないと困るよ。自分が焼き育てた肉を何度も奪ったんだから」
「なんか余計な一言が入ってない? って、私もお兄さんから盗まれたからお互い様じゃん」
「盗んだ数は倍くらい違うような」
「そんなの気にしない気にしないっ」
焼肉店では会話が途切れることなく、明るく、楽しい時間が続いていた。
充実していたのはこの会話だけでもわかるだろう。
「ん、もうそろそろ解散しなきゃだね。私は平気だけどお兄さんは明日……じゃなくて今日の仕事も早いし」
すでに0時を跨いでいるため、『今日』と『明日』の言い方も複雑になっている。
「律華さんは明日学校ないの?」
「学校はあるけど、昼からだから余裕って感じ。あ、ごめん……。今のはお兄さんにとって嫌味に感じちゃうね」
「あはは、そんなことは思わないよ」
頭の回転から気遣いから本当に18歳らしくない。同年代を相手にしているようだ。
「ちなみに学校がある日はいつもシャルティエの前を通るから、また会う日がくるかも」
「いいの? そんな情報を教えて」
「平気平気。いろいろ教えてた方が構ってくれそうだし?」
「不純な理由だなぁ……」
「友達いないからしょうがないじゃん」
「はいはい。俺が友達なんだからそんなこと言わない」
「……あのさ? なんか知らないけど、私が言ってほしいことちゃんと言ってくれるよね、お兄さんって」
「そう?」
「『そう?』じゃなくて本当はわかってるくせに」
目を細めて肩パンチをしてくる彼女は本当に嬉しそうな表情を作っている。
調子を狂わされる修斗は後頭部を掻いて視線を逸らす。
「えっと、それで律華さんはタクシーで帰るってことでいいんだよね?」
「あっ! タクシー代なら大丈夫だよ? お金を出してもらうより、そのお金でまた一緒に出かける方が嬉しいし」
「ッ」
修斗がポケットから財布を出そうとした瞬間だった。律華は行動を読んだようにパーの手をして引き留めたのだ。
「18歳だとは思えないよ、本当……」
「マセてる人多いからね、こっちの業界は」
「律華さんと接しているとなんとなくわかるよ」
「ま! 正直、お金はいらないんだけどね。タクシーじゃなくて私のお姉ちゃんに迎えにきてもらうから」
「えっ、この時間に? もう夜中だよ……?」
「私のお姉ちゃんって看護師だから夜まで仕事が入ってるんだよね。この時間だとちょうど仕事終わりだから」
「な、なるほど……」
律華にお姉ちゃんがいたことなど知る由もない修斗。一人っ子だと思っていたばかりに驚きである。
「それなら律華さんのお姉さんがお迎えにくるまでの間、話し相手になってもらってもいい?」
「ぷっ、『私のことが心配だから一緒に待つよ』って言っていのに。お兄さん朝早いのにありがと」
「……」
「優しいところ隠さなくていいのに」
「う、うるさいなあ……」
なぜか年下にからかわれる流れになってしまう。実際見透かされているだけにこんな返事しかできない。
「あ、お兄さんの車で私を送るって選択肢でもいいよ?」
「こーら、調子に乗らない。友達とは言え、まだ数回しか顔を合わせたことのない男に言うことじゃないよ、それは」
大人として当たり前の注意をする。さすがに限度を超えた内容だろう。
危機感を持つように、そう声に含ませると、思いはしっかり届いたようだ。
「もう……。見た目は遊び屋みたいなのにしっかりしたこと言うんだから」
口を尖らせるものの、『確かにそうだけど』と同意する彼女である。
「じゃ、もっと関わってからこのお願いはすることにする」
「そうしてくれると俺も安心できるよ。お姉さんにはもう連絡してるの?」
「お店を出る前に入れたよ。お兄さんに甘えてばかりはいられないし」
「ん? あ……ってことは試してた? 『お兄さんの車で私を送るって選択肢でもいい』になんて返すかみたいな」
「ふふーん」
その言葉に対する返事はない。
答えを濁すように胸を張った律華は、眉間を上げて口角を両方あげる。
可愛らしくもあり、どこかウザさがあるような絶妙なドヤ顔を見せてきた。
「ごめ、試した」
そしてどれだけ器用なのか、ドヤ顔を崩さずに喋りかけてくる。謝罪の気持ちは感じられないのはドヤ顔のまま謝っているからだろう。
「まあ別にいいけど。それよりもその顔のまま喋れることに驚きだよ」
「ずっと見てるとイライラしてこない?」
「そう? 可愛らしく見えるけど」
「っ! って、ちょっとそれ普段の私が可愛くないって言ってるようなもんじゃん!!」
「ははっ、試してくれたお返し」
『可愛い』そんな褒め言葉に恥ずかしさがないのは職業柄。笑いながら当たり前に返すと、律華は角度を変えた攻撃をしてきた。
「
「いきなり呼び名を変えたよ、この人」
「ふふ、意地悪してきた人には意地でもこう呼んでやるんだから」
「はいはい、ご自由にどうぞ」
「でもお兄さんの方がしっくりくるから、まだこっちでいいや」
「なんだそれ」
「ふふ」
そうして、迎えがくるまでの15分間、雑談に花を咲かせる二人だった。
お互いが名前呼びに変えたことで距離も縮まったのは言うまでもない。
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