第4話 Side律華 修斗の噂

「えっ、今日は二社の撮影なんだ? 若いのにスケジュールぎっしりだね!」

「偶然タイミングが被っただけだよ。それに私よりもぎっしりスケジュールが詰まっているメイクアップアーティストさんが目の前にいるけどね? しかも若いし」

「それはどうも」

 とある日の平日。律華が美容院シャルティエを予約する前のこと。

 撮影に訪れていた律華は、顔馴染みの女性メイクアップアーティスト、あんと空き時間に談笑をしていた。


「でも、律華ちゃんは本当に立派だしやりやすいよ。今までいろいろなモデルさんのメイクを担当してきたけど、裏の顔が酷い人は本当に酷いんだから」

「えっと……確かメイクさんに対して文句が止まらないんだっけ? 『私の方が上手にメイクできる』みたいな文句を言うって聞いたことある」

「うんうん、そんな感じだねえ。別にそう思うこと自体に不満はないんだけど、もっと言い方を考えてほしいもんだよ。無料で叩ける人間サンドバックじゃないんだから」

「ぷっ」

 仕事の愚痴を聞く律華はいきなりのブラックジョークに吹き出す。

 お互いをよく知っているからこそのやり取りである。


「本当、グチグチ言われる仕事は辛いよ〜。ってことで今度一緒に競馬いかない? 気晴らしに」

「競馬って確か20歳からじゃない?」

「あ、律華ちゃん18歳か! じゃあパチンコでいいや」

 当たり前と言わんばかりの顔で誘う彼女だが、当然これはよくないこと。

 モデルがギャンブルをしていた、なんて噂が広がるのは律華にとって好ましい話でもなく、律華をモデルとして採用している会社としても同じこと。


「『パチンコでいいや』じゃないって。そんなこと言ってると会社から怒られるよ?」

「実は昨日お灸を据えられてるから正直ヤバいんだ」

「開き直ってる場合じゃないでしょ……」

 律華を呆れさせている彼女だが、会社から席を外されないのはしっかりとした腕を持っているからであり、お互いラフな性格の持ち主である分、相性はいい。

 そしてお世話になっている相手であり、怒られてほしくない相手だからこそ、危ない話題をすぐに変換させる律華である。


「そう言えばなんだけど、杏さんいつの間に髪切ったの? なんか前に会った時と比べてイメチェンしてない?」

「おっ、よく気づいたねえ。ちなみにどう? これ」

「お世辞抜きで今の方が似合ってると思う。杏さんが撮影に入ってもいいんじゃない?」

「ははっ、律華ちゃんには敵わないって。でもありがと。みんなも『似合ってる』って言ってくれるんだよね」

 いちモデルに褒められたことが嬉しかったのか、満更でもなさそうに白い歯を見せている。


「ちなみにどこの美容院で整えてもらったの? いきつけのところ?」

「ううん、友達に紹介されて初めていったところだよ。名前はなんだっけな。オシャレな店名で——」

 そこで間が空くが、すぐに思い出す。


「そうそう、シャルティエって美容院だ」

「おっ!」

 律華が目を大きくするのも当然。

 どんな偶然か、そのシャルティエで働いている美容師、修斗の名刺をもらっている彼女なのだから。


「その反応、やっぱり律華ちゃんも知ってるんだ? まあ有名なところだから知っててもおかしくないけど評判以上だったよ」

「まあね。ってこだわりの強い杏さんがそこまで言うなんてねー」

「そのくらいの技術を提供してもらったから。上手すぎる美容師しかいないよ、あそこ」

 コクコクと頷いている杏は当時のことを思い返しながら話している。


「うちを担当してくれたオレンジポニテの美容師さんに聞いた話、あのお店は紹介をされないと面接にたどり着けないらしくて。だからこそなんだなあって」

「ふーん。じゃあやっぱり美容師の年齢層は少し高めなんだ? 紹介されるには多くの経験を積まないとだろうし」

「そうだろうねえ。やっぱり30代から40代が多いんじゃないかな」

「じゃあ20代の美容師とかかなりレアっぽい?」

「ああ、それは鬼滅の柱レベル」

「それエグいじゃん」

 偶然知り合った若き彼、修斗がどの位置にいるのか興味があった律華。


「その美容師さんが続けて教えてくれたんだけど、最年少で働いている美容師さんが本当にバケモノらしいしね。二回目を利用させる経営戦略だとは思うけど、お試しに指名を〜みたいに促されたくらいだよ」

「ええ……なにそれ。最後の掴みはその美容師に任せればいい、みたいになってない?」

「そうだよねえ。その最年少で働いている人、本店から二号店のヘルプで今いるらしくて」

「それもうヤバすぎじゃん。ヘルプってことはオーナーからめっちゃ信頼もされてるってことだろうし」

「最年少でそこまで腕を認めさせてるっていうのは本当カッコいいよね。この髪を見てくれたらわかると思うけど、こんなに上手い美容師が尊敬リスペクトしてるくらいなんだから」


 完璧に仕事をこなせる美容師だからこそ、同じ職場で働いている美容師の腕を評価しても客は不信感を抱かない。

 シャルティエで働く美容師全員、その発言を口にすることができる。結果、客は美容院にさらに興味を持ち、お店の売り上げを向上させることができる。

 いいサイクルが回っているのだ。


「律華ちゃんも少し髪が伸び始めてるから、お試しに足を運んでみてもいいかも。今月はまだまだ撮影スケジュール入ってるでしょ?」

「実はいく予定だったり」

「そうなんだ!? よーし! 足を運んだ感想ちょうだいね。ちなみに、その最年少でヤバい美容師さんは修斗って名前だったはずだから」

「……っ!? り、了解。情報ありがと」

「っと、そろそろ撮影の時間だから準備始めとこっか。律華ちゃん」

「は、はーい。お願いします」

 撮影の時間を確認していたのは律華も同じ。話を長引かせないため、仕事のスイッチを入れるためにあえて修斗との出会いは胸の内にしまう。


 そして、もう一つ。

(マジの凄い人だったわけね、あのキーホルダー拾ってくれた人……。まあ、全然気取ってないし、超接しやすかったから人気が出るのも納得だけど)

 この感想もまた心の中で留めていた。

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