第15話 君からの能力

 早朝。璃羽といつなは、嶺鷹と共に忍びの里へむかう為、外へと出ていた。

 そこには討伐に出る兵士たちもたくさん集まっていて、戦い前の緊張感に圧倒される中、嶺鷹が兵と共に二頭の馬をひいてやってくる。


 「嶺鷹、もしかして馬でいくのか?」

 「そうだが?」

 「私、一度も馬に乗ったことないぞ?」

 「姫ならすぐに乗れるのでは?」

 「絶対無理!」


 璃羽の運動能力なら当たり前に騎乗できると思っていたのか、嶺鷹は何故か驚いた様子を見せるが、すぐに考えを切り替えると、彼は一頭の馬に跨り、上から璃羽へ手を差し伸べた。


 「では姫、こちらへ。私の馬でいこう」

 「う、うん。頼む」


 差し出された手に璃羽が手を伸ばし、兵が不要となったもう一頭の馬を連れ帰ろうと引き網を引いたその時。


 ――ヒヒィーン!


 突然馬が暴れ出し、一同はどっと響めいた。


 「急にどうしたんだ!?」

 「分からん! とにかく抑えろ!」

 「姫様はお下がり下さいっ」


 兵の数人が何とか宥めようと慌てて、他の何人かで璃羽を守るように周りへ集まる。

 すると次の瞬間――


 「嫌だ! 俺も行かせろ!!」

 「え……っ!?」


 馬がしゃべり出した。


 「俺だって、もっと走りたいんだ! 動き回りたいんだ! 何でそいつばっかり、狡いぞ!」

 「馬が……しゃべってる……!?」

 「え」


 璃羽の小さく漏れた声に、肩に乗っていたいつなが反応する。

 どうやら馬の言葉を聞き取れたいるのは璃羽だけだったようで、呆気にとられているいつなに、彼女はこっそり訊ねる。


 「なぁ、いつな。この世界の馬は言葉が話せるのか?」

 「何言ってんだ、話せる訳ねぇだろ」

 「だって今、しゃべってるじゃないか。もっと走りたいって」

 「は?」


 驚いている璃羽を尻目にいつなも馬を見るが、ただ暴れているだけで、馬は言葉など話してはいない。

 しかし璃羽がそんな嘘をつくような子でもないことは分かっているだけに、いつなは怪訝な目を彼女に向ける。


 「馬に限らず動物には、言語化までできるほどの知能はない。翻訳機能でも、感情を単語に置き換える程度ならできるが……」


 そうぼやきながらも、いつなはイヤーカフを通じて璃羽が聞いている音を拾えるよう操作すると。

 彼女が言った通り、まさに馬がしっかり言葉を話しているのがいつなにも聞こえた。


 「……マジかよ。会話もできそうじゃねぇか」

 「やってみる」

 「えっおい、璃羽!」


 そう言って璃羽はいつなを乗せたまま暴れ馬の方へ近づくと、制止させようとする兵たちの手を振り切って馬へ話しかけた。


 「なぁ、お前。走りたいのか?」

 「姫っ」

 「姫様、危険です! すぐお離れを!!」


 璃羽の行動に兵たちは青ざめて何とか彼女を押し返そうとするが、そんな時、璃羽の言葉を聞いた馬がジロッと振り向き、急に動きを止めた。


 「何だあんた、何者だ!? 俺、あんたの言ってること分かるぞ!」


 馬の方も分かるのかよ、といつなが呟く中、璃羽は嬉しそうに続けて話しかける。


 「お前、走り足りないんだろ? 私の言うことを聞いてくれるのなら、連れて行ってやってもいいぞ」

 「ホントか?」

 「あぁ」

 「姫が話しかけたら、馬が急に大人しくなった……? これはいったい……?」


 まさか馬と会話が成り立っているとは思わず、嶺鷹や兵たちは唖然としていたが、一方で璃羽は勝手に話を進ませる。


 「私をお前に乗せてくれ。いいか、私は馬に乗るのは初めてなんだ、何をどうしたらお前が動くのか全然分からない。だから、しっかり私の言葉を聞いて走ってくれよ」

 「そんなことでいいなら、お安いご用だ。俺に乗りな」


 馬はそう言うと、璃羽が乗りやすいようにわざわざ足を曲げて、鞍の位置を下げてくれた。

 その光景に、目にしていた者たち全てが別の意味でまた響めく。


 「やはり姫様は、真の龍姫だ」

 「このようなこと、龍神様の寵愛を受けていないとできない」


 璃羽が騎乗し馬が立ち上がると同時に、兵たちは何故か璃羽を崇めるように頭を垂れた。


 ――真の龍姫、か。俺には聞こえなかった声が、お前には……


 兵たちの様子に戸惑う璃羽を見ながら、いつなはどこか距離を感じた。

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