第4話【黒と白】



「数は9機、いや1機は離脱。止めるのは――」



 索敵用のレーダーを搭載したMAUを出来れば止めたいと思うが、それは状況が許してはくれなかった。



「うん、かなり練度が高い部隊。これはきついかな?」



 目立つのはトマホークを持ったティエン・トゥリー。


 四角い胴体と、それと比較して捕捉見える手足からトノサマガエルなんて呼ばれるけれど。比較的難敵と言える。


 いや、万全な状態なら周りにいる8機のティエンと合わせて秒で切り刻めるけれど。そんな無茶を何度も繰り返せば私の身が持たない。


 更にリベリオンのフレームである高密度常温超電導プラスチックヴォルテックスはある程度の自己修復を行うが。連続した過負荷を与え続ければ機体が崩壊してしまう。



「うん、厳しいわね。これ……」



 別に、私が生き残るだけならどうという事はない。それこそこのままリベリオンのパワーに任せて逃げてしまえばそれで終わり。


 けれどそうなればセカンドリベリオンはユーラシア連合の手に渡ることになる。


 あるいはシンプルに次善を考えるなら、セカンドを破壊し、生身の譲二を抱きかかえて逃げるのが一番なのだが。


 けれど、MAUと接敵した状態でそれをやれば、高確率で彼は死ぬ。



(だから、ちゃんと動かして逃げて頂戴ね。譲二)



 そう考えながら、すり足で前に出る。あまり出力を上げ過ぎるわけにはいかない。この後離脱することを考えれば、ヘタな高機動戦闘を行った場合。


 それこそジ・レジスタンスの最大戦力であるリベリオンが失われる。



(受け身の戦いは苦手なんだけど)



 私が得意とするのは、リベリオンの圧倒的な性能で敵を切り裂く一撃離脱。


 一応MAU用リボルバーキャノンを牽制の為に持ってはいるが、それで敵を倒せた回数は片手で数えられる程度。


 だが機体の右手に握らせた高硬度長刃は、速度を出せていない状況では有効打になりにくい。


 いくらリベリオンが規格外の機体であっても、腕のトルクだけで戦闘用のMAUを切り裂くことは難しい。



(譲二がこの場を離脱したのを確認して、私も離脱…… 出来なかったら)



 どうすれば良いのか、21世紀最悪のテロリストと呼ばれていても。


 MUAの撃破数で言えば世界1位であったとしても。


 ようやく18歳になったばかりの私には、分からない。



 人を殺してしまったことはある。自らの意志で引き金を引いた回数も既に数えきれないほどになっている。



 だが、それでも。仕方がないと好意を持った相手の命を奪うことはしていない。



『どうしたぁ! リベリオン、まるで隙だらけだ!』



 そんなモラトリアムを終わらせられた子供から見て、重すぎる選択。それがパイロットとしての直感すら鈍らせてしまったのかもしれない。


 気づけばティエン・トゥリーがトマホークを持ち、全力の突撃を開始していた。

 


(ま、ず……!)



 基本的に私の強さは、静山華凛の強さは戦場を選ぶことで発揮される。


 己が最も能力が発揮する戦場で、他のことを考えずただ真っすぐに振るわれるときにこそ私は一番輝くことが出来る。


 だからこそ、こんな風に複数の条件を突き付けられ。その優先順位を付けなければならない戦場はどうしようもなく最悪で――



『どうした、ミス静山』



 通信機に、譲二の声が届いた。



『機体の調子でも悪いの―― かぁ!』



 その次の瞬間、眼前のティエン・トゥリーがトマホークごと吹き飛ばされる。



「――っ!?」



 言葉が出ない。


 リベリオンと同じ人間離れした鋭角で細身の体。


 白い装甲の上に走る赤いラインが、月明かりの下であってもそのMUAをヒロイックに飾っている。


 何より、印象的なのはその瞳だ。緑の双眼デュアルアイ


 本来ならばそもそもこうまで分かりやすい瞳を、MAUは必要としない。


 複合センサーとしての頭部はあっても、カメラは小型化されており西洋の甲冑に近い顔を持っているので表情はない。


 だが、セカンドリベリオンの顔には瞳が輝いている。


 それはまるでサムライのように、あるいは――


 ユーラシアの文化統制によって非現実的だと規制されてしまった。かつてこの国が誇ったアニメーションにおけるロボットのように。 



『き、貴様ぁ! 何者だぁ!』



 だが、今のセカンドリベリオンは殆ど徒手空拳としゅくうけんに等しい。


 おそらく、機体の出力任せの打撃で敵機を吹き飛ばしたのだろう。けれどそれで撃破出来るほどMUAというものは脆くない。


 吹き飛ばされたティエン・トゥリーが、トマホークを支えに立ち上がる。


 肩のシールドが微妙に凹んでいるけれど、それでも戦闘に支障は無さそうだ。



『何者かと聞かれたら、応えないわけにはいかねぇなぁ!』



 白いMAUが、セカンドリベリオンが静山の機体を庇うように見栄を切る。


 おそらくは、空手かなにかの構え。


 標準のMAUには存在しないモーション。電位思考同調装置シンクロニアを使用して強引に自分が出来る動作を機体に反映させて。



『藤川譲二、六代前から東京住まい。青い目をした―― ニッポン人よ!』



 そして誇るように。既にユーラシア連合によって奪われたオリジンをオープンチャンネルで高らかに名乗り上げたのだ。

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