第31話 神の裁き

「俺の特別な人をさらってただで済むと思うなよ?」


 感情があふれ出して抑えられなかった。

 目の前にいる敵が誰であろうと関係ない。俺のシェリルに手を出したヤツを許すつもりはない。


 たしかにここまで計画通りだし、シェリルには傷ひとつついていない。だけど、やっぱりあの時、何がなんでも反対するんだった。

 俺は昨日の図書館の隠し部屋でのことを思いだしていた。



     ***




 テオが意識を取り戻したのは昨日の夕方だった。



「あ……あに、う……え」


「テオ? 目が覚めたのか!?」


「……兄上……兄上っ!!」


 何かを思い出したように、ガバッと起き上がった。教師の話では三、四日ということだったが、アクアとヴィーナスのダブル治療が効いたのかテオはすぐに意識を取り戻した。

 そしてハッと気づいて、不思議そうに自分の身体を見ている。


「大丈夫、ちゃんと治療したから、もう大丈夫だ。それより、一体何があったんだ?」


「……っ! シェリル王女様が、父上がシェリル王女様を狙っています!!」


「なに……? それは、本当か?」


 テオはつかえながらも、屋敷に戻ってからの話をしてくれた。

 父がもう正気ではなく、母も手にかけシェリルに取引を強要させるように計画していると聞いた。

 俺はすぐに図書館の隠し部屋にみんなを集めて、テオも含めて話をしたんだ。




 全ての話を聞いて、シルヴァが切りだした。為政者の顔で遠慮のない作戦を立て始める。


「せっかくだから証拠集めに使おうか」


「それなら私、わざと捕まった方がいいわね」


 シェリルも便乗して、とんでもないことを言い出した。


「は!? 何言ってんだ、そんなのダメだ!」


「レオ。心配してくれるのは嬉しいけど、確実に追い込むなら餌も必要よ」


「そうだな。シェリル王女なら簡単にやられないし、私としては頼みたいところだが……」


 ダメだ。このふたり器がデカいのはいいけど、王女と王子だから考え方が一緒だ。自分を使うことに何の躊躇ちゅうちょもない。


「そんなの、護衛として俺が許可できない」


「ちょっとレオ、落ち着いて」


「いや無理。シェリルに何かあったら、マジでこの国ごとぶっ潰す」


 割と、いや、かなり本気で訴えかけてみる。大袈裟でも何でもなく、万が一のときはこれくらいやらかしそうだ。


「レオ、聞いて。私はこれでもエルフだし、あんな人間如きに遅れを取らないわ。それに、いつも精霊王をつけてくれているでしょう?」


「……それでも、ダメだ」


「レオは、私が囮になったら守ってくれないの?」


 ここでシェリルが卑怯な手を使ってくる。コテンと頭を傾げて翡翠色の瞳で見上げてくるんだ。こんな風に聞かれたら、俺の返事は決まってるじゃないか。


「どんなことになっても、シェリルは必ず守り抜く」


「それなら、大丈夫ね! シルヴァンス王子、私が囮で話を進めてちょうだい」


「……っ!」


 こうして俺はシェリルの意見を聞き入れた。それでも、シェリルの希望なんだと思って我慢したんだ。人間くらいにどうにかされる訳ないのもわかってる。

 でも、俺は自分の想像以上に小さい男だった。




     ***




 ハロルドにもらった魔道具を使って、図書館の隠し部屋からみんなで見守っていた。シェリルにはアクアをつけていて、録画用の魔道具も持たせてある。いざとなったら回復もできるし適役だ。


 だけど、実際にシェリルがさらわれるのを目にしたら、ダメだった。気がついたらゴッド召喚していて、そんな俺を踏みとどまらせたのはアリエルの一言だ。


「レオ、いま行ったらシェリルに泣かれるわよ」


「な……に?」


「信じてもらえないって、私も力になりたいのにって泣かれるわ」


 心当たりがありすぎて、黙ってゴッド召喚を解除した。後ろでシルヴァが「キラーワードだな」と、ニヤニヤしながら言っていたが気にしない。


 シェリルたちが地下牢に降りたあと、クリタスの魔法で一緒に移動して証拠を集めた。これは『影』の皆さんも協力してくれたのですぐに終わった。

 そして、さっきやっと暴れる許可が出たんだ。危ないからみんなに下がってもらい、速攻でマルスを召喚した。とりあえず屋敷が邪魔だったので取っぱらった。


 ほんの少しスッキリした。いや待て、シェリルの顔色が悪いな。



「シェリルに何をした?」



 あふれる怒りを殺気に変えて、敵を睨みつける。

 敵はゴクリと喉を鳴らしたが、まともな神経が残っていないみたいで俺に攻撃を仕掛けてきた。



「クソォォォォ!! お前はもう私の息子ではない!! 邪魔者は消えろ!!」


 放たれたのは、大量の風の刃だ。テオもおそらくこれにやられたんだろう。


「エアリアル・スラッシュ!!」


「天地雷轟」


 幾千もの切り裂く風が襲いかかる。

 俺は右手の武器を一振りして、あふれる紫雷とともに全てをなぎはらった。


「ヘルファイア!!」


 凝りもせず今度は炎魔法を放ってくる。魔力も尽きかけているのか、俺の周りを包み込むものの炎の威力は弱い。今度は魔力を込めただけの雷轟刀で振り払った。

 踊りでる紫雷を受けて、炎はたちまち消えていく。


「クッ……貴様が生まれたのが間違いだったのだ! 貴様が……!!」


 いま召喚しているのは断罪神ゼウスだ。武器の雷轟刀らいごうとうは、その深い紫の刀身から雷魔法を放つ。そして、もうひとつの特殊攻撃がある。こっちは使うことがないだろうと思ったのに、まさか初めて使うのが実の父親だとは思わなかった。



神の裁きジャッジメント



 雷轟刀の刀身が、漆黒の闇より黒く染まっていく。そして俺はすべてを呑み込むように黒く染まった刀で、マリオ・グライスを斬り伏せた。



 この漆黒の雷轟刀で切られた対象は、いままで犯してきた罪を精神世界で強制的に清算させられる。その清算方法とは、犯してきた罪が全て自分に戻ってくるものだった。




 マリオ・グライスに返ってきた罪。


 それは生きたまま火炙りにされ、それでも死なないこと。

 燃え盛る炎の中で、意識を失うこともできず、燃え尽きることもなく、ただ地獄の炎に焼かれ続ける。どんなに叫んでもどんなに助けを求めても、誰にもどこにも届かない。


 真っ暗な闇の中で、いつ終わるのかもわからないまま、炎に焼かれ続けていた。


「頼むっ!! 頼むから、誰かっっ……私を見てくれ!! 熱いっ! 熱いんだ!! ダレか、助けて————」




 現実世界のマリオ・グライスには、どこにも斬られたあとはない。ただ、先程とはうって変わって廃人のようにブツブツと独り言を言うだけだった。


 雷轟刀の漆黒の刀身に映った、炎に焼かれるマリオ・グライスの姿を見てもなお、感情の昂りがおさまらない。


 俺はもう自分の心を止められなかった。呑み込んでいた、いままでの感情が止めどなくあふれてくる。




 話を聞いて欲しかった。一度でも手紙を書いて欲しかった。俺を見て欲しかった。よく頑張ったと褒めて欲しかった。ツラいときは手を差し伸べて欲しかった。


 …………ただ、愛して欲しかった。

 でも、愛してくれなかったのに、俺の特別な人を奪おうとした。


 渇望が殺意へと変わっていく。




「————————殺す」



 俺は濃紫の雷轟刀を振り上げた。そして心のままに振り下ろそうとしたところへ、シェリルが滑りこむ。


「……退けよ」


 かろうじて攻撃を止めて、ぐちゃ混ぜになった感情で目の前のシェリルを見下ろした。


「ダメ、退かないわ。レオ、正気に戻って!」


「……なぜ止めるんだ?」


「こんな男のために、レオに罪を背負って欲しくない!!」


 シェリルはこんな俺でも心を砕いてくれる。でも、わからない。もう……どうしたら、この感情が止まるのかわからないんだ。

 ありったけの愛しさをこめて、微笑んだ。


「……ごめん」


 もう一度、雷轟刀を振り上げようとした。

 不意にシェリルの両手が、俺の上着の襟元を掴んで引き寄せる。まったくの予想外の行動にされるがままになってしまった。



 そしてシェリルは俺の唇に、柔らかな桜色の唇を押し当てた。



 衝撃で思わずゴッド召喚を解除してしまう。

 そしてシェリルはそっと唇を離して、震える声でささやいた。



「レオ、ここで終わりにして。これは、命令よ」


「……はい」


 シェリルの捨て身の作戦で、俺の心は正気を取りもどした。


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