第2話 知らない街

 タイムスリップでもしたのだろうか。世界史なんて高校でかじったくらいで、中世ヨーロッパがどんなものか全く知らないんだが。赤レンガで覆われた道に木骨の建物が広がっている。よく見ると人に紛れてアニメに出てきそうな2足歩行の獣が歩いている。

 これは鬱だな。目が覚めた病院に行って、診断書もらって休職だな。自分でもここまで精神が蝕まれていると思ってもみなかった。さぁ、目を閉じて夢から覚めるのを待つか。5分程経っただろうか、全く変化を感じられない。正直なところ、発狂しそうだ。遅刻して怒鳴られる未来が見え始めているからだ。

 少し悩んでいたが、どうやっても怒られるのであれば夢くらい楽しむことにした。旅行気分で探索を始めた。この風景に対して、俺のスーツは異常に目立つな。周りからの視線が熱い。夢とはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。少し歩いてみて気づいたのだが、この街の店は屋台が異常に多い。店舗を構えているものはレストランばかりだ。人々(2足歩行の獣を人と数えるかは疑問だが)は日用品等は屋台で買うらしい。自分の感覚でこのような場所は、築地市場などの卸売市場でしか覚えがない。また人々の話声が聞こえてくるが、不思議と理解できる。よく出来た夢だ。この街はあまり大きくなく、中心の噴水のある広場を中心に円状に道と建物が広がっている。2時間くらいゆっくり回った気はするが、街の全体はザっとだが見れたように思う。

 ここまで歩いてみてだが、自分の中でも受け入れたくない仮説が出来てきた。それは本当に不思議現象に巻き込まれているかもしれないということだ。その仮説の通りに行くと、ここで当面生活する手立てを考えないと死んでしまうということも同時に見えてくる。季節の概念がある世界か分からないが、少なくともこの世界も夏で気持の良い風が吹いている。

 今日の目標は寝床の確保とこの世界の情報収集だ。ホテルを探しながら歩いていると、洋服屋らしい店の中から怒鳴り声が聞こえる。

「おーい、おばさんよー、今月も支払い遅れるってどういうことだ?」

「すいません、あと10日あれば掛金の入金があるので返済ができます。」

「毎回毎回よ、そんなんで、こっちがいつまでも甘い態度取ると思うなよ。」

「ちゃんと目途は立っているのでどうにかお願いします。一度も支払いができなかったことはないじゃないですか。どうか今回だけお願いします。」

「覚えておけよ。ちゃんと延滞料と合わせて取りに来るからな!」

バン!と大きな音を立てて、獣の男(オス?)が出ていった。本来ならばこんな面倒事には首は絶対突っ込まないのだが、現状では何か突っ込まないと生きていけないので、やましい目的で首を突っ込もうと思う。

「大丈夫ですか?」

「見られていましたか。お恥ずかしいところです。さぁお客さん、うちの服を見ていってください。」

獣の女性(ポメラニアンに近い雰囲気)が答えてくれた。ここにきての初めての会話だ。

奥の階段からドタドタと駆け下りてくる音が聞こえる。

「また母ちゃんをイジメにきたのかー!」

棒を持った少年が向かってくるではないか。異常に速い。

「ポウル、お客さんだよ!いい加減にしなさい。」

目の前で急ブレーキしてくれた。助かった。

「ごめんよ、おじさん。下で怒鳴り声聞こえたから、つい勢いで出てきちゃった。」

なんと感動的な話だろうか。今の日本では考えられない。

「全然いいよ。でもけっこうな怒鳴り声だったから僕も気になって来たんです。あの人は銀行とかですか?」

「そうかい、ありがとね。ギンコウって何か知らないんだけど、さっきのはガビルズ商会の奴らでそこで金を借りてしまってね。」

この世界には銀行がないのか。つまり金を持っている奴が好き勝手金を貸すから正しい借り方とかもなく、借りる人間がイジメられる構図ができやすいようだ。

「そうなんですね。服の売れ行きが悪くて借りたとかなんですか。」

「それがね逆なんだよ。私が服に防御の魔法をかけることを思い付いて、工場用の作業着として作ってみたら凄く売れたんだよ。だけど急に注文が殺到して一時的に仕入れとか増えてお金が足りなくて借りたのさ。だから凄く利益も出ているんだけどね。」

「母ちゃんの作る服はすごく評判いいんだ!」

防御の魔法って言葉は凄く気になったが、銀行員からすればこのパターンは基本問題のような話だ。この世界で生きていく道が見えそうだ。

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