第4話 ブラックスワン・ダウン Black Swan Down

 

「なっ、何だッ、今のは!?やられたのかッ?まさか・・・」


 爆発音の余韻にキーンと言う耳鳴りが止まらず、マッスルには自分の声が遠く聞こえていた。映像を分析していたリトルジョンが、いち早く気を取り直して叫んだ。


「いや、カメラは生きてるッ!無人機は無事だ!損傷シグナルも出てない!」


 慌てて操縦桿を握り直すジェイジェイに、ビッグジョンがかけた声も上ずっていた。


「警告音は消えた、落ち着け!機を安定させて、ホークアイカメラで敵機を再捕捉するんだ。早く!」

 

 モニターに映る風景は一回転しそうなほど左右に大きく揺れ動く。そのたびに青空と地平線や砂漠地帯が交錯して目がくらみそうだ。ジェイジェイは端正な顔を引きつらせて、無言で操縦桿を慌ただしく動かした。


 血の気が引いた顔面は蒼白で、鬼面のように両目が完全に坐っていた。ビッグジョンはゾッとした。こいつ、ショックで逝っちゃてるゾ。


「側面カメラに映ってた。左上空三十メートルでドッカーンと逝ってる。もしかしたら自爆かもしれないな」


 しきりにカメラ映像を覗きこんでいたリトルジョンの言葉に、ビッグジョンが怒鳴った。無人機のフェールセーフ機構が機能、ミサイルを自動回避した後、焦ったジェイジェイが操縦を誤り、ミサイルの爆発地点にニアミスを起こしたと悟ったのだ。


「三十?めちゃ近いじゃないかッ!何だってミサイルが来る方向に回避したんだッ?」


 ナビゲーターのサポート役のくせに、我を忘れてジェイジェイをなじった。若く思いあがった素人集団は、危機的状況に冷静に対処する訓練など受けていない。いざとなるとひ弱な本性が露わになり、動揺して容易にパニックに陥ってしまう。


「うるさいッ!お前らがごちゃごちゃ言うからだ!」


 ようやく無人機をコースに戻したジェイジェイは、自分のミスを棚に上げて仲間に八つ当たりした。


「でもさ~、自爆って、いったい何のために?・・・」


 険悪な雰囲気を治めようと、おどおどしながらもファットマンが二人の言い争いに割って入った。


「すれ違うタイミングで、タイマーか赤外線探知器を使ったんだろう。命中させるのはムリだから、近くで爆発させてビビらせようとしたんだ!」


 マッスルの分析を聞いて、ジェイジェイの怒りの矛先は、仲間から敵機へ切り替わった。機体を安定させたことで、いくらか落ち着きを取り戻したのである。無人機を元のコースに戻して、ホークアイカメラが自動再探知した敵機の姿を確認した。進路を変えずにこちらに向かっている。


らえたッ!よくもなめた真似をしてくれたなッと!俺さまがビビって逃げ出すとでも思ったか?絶対に撃ち落としてやるからなッ!」


 エリート一族の優等生の仮面が剥がれ、冷酷なナルシストの本性を現したジェイジェイは目を血走らせて喚いた。この手のエリートは特別に優れた人間と思いあがっているため、歪んだプライドを傷つけた相手には激しい憎しみを抱く。

 復讐心と破壊欲に憑りつかれたジェイジェイの形相に、仲間の四人は顔を見合わせた。

 切れやすいのは知っていたが、今度こそ完全に逝っちゃってるゾ。こうなったら、手に負えない・・・今にも交戦が始まる、と見守るハッカーたちが固唾かたずを飲んだ瞬間、ビッグジョンが興奮した声を張り上げた。


「見ろッ、反転したぞ!」

 

 敵戦闘機が急旋回して左方向へ逸れて行く姿が、パノラマ映像にくっきり映る。


「お~、逃げる気か!」

「性能じゃ太刀打ちできないからエンゲージはしたくないんだよ・・・」

「ふッー、冷や汗かかせやがって!」


 先制攻撃と不意打ちの自爆に混乱させられて、とことん動揺していたハッカーたちは、口々に歓声を上げた。


「見たかッ!脅しにビビらなかったオレの勝ちだ!誰が逃がすかってんだ!」


 勝ち誇った声を上げたジェイジェイは、速度を落としながら左に進路を変えて戦闘機の後を追った。追い越してしまっては元も子もない。


「よせッ、ジェイ!せっかく追い払ったんだ。予定通りターゲットに向かえ!」


 ついに我慢できなくなったマッスルが、大声でジェイジェイを諫めた。


 攻撃を止めさなければ!あの戦闘機は試験機で得体が知れない。しかも発見された途端、銃撃のモールスで煽ってきた。間髪を置かずにミサイル攻撃とミサイル自爆で不意打ちを食わせて、突然の急反転・・・

 作戦行動がスムース過ぎると、マッスルは嫌な予感を覚えていた。


「おい、罠かもしれないぞ!試験機でデータもないんだ。追わずにミッションに戻った方がいい!」


 マッスルは再度、自制するようジェイジェイに向かって強い口調で言い放った。


 しかし、ハイになったジェイジェイは、もはや誰の言葉も聞く耳を持たない。目に残忍な光を浮かべてせせら笑った。


「心配すんなって!見ろよ、蛇行してロックオンをかわす気だ!のろまな有人機が!何やったってムダムダ~!」


 SSR-1は急激に距離を詰めてゆく。左右に小刻みにコースを振りながら全速で逃げる敵機の姿が、ホークアイカメラに大きく映し出された。


「おい、西へ向かってるゾ。基地の無人機に食いつかれる。自動照準に切り替えてさっさとしとめろッ!」


 攻撃的で楽観的な性格のビッグジョンがアドバイスした。つい先ほどまでの動揺などきれいさっぱり忘れ、ジェイジェイに劣らずハイになっている。


 俺たちは血に飢えたプレデターなんだ!弱肉強食の世界の強者は、目に入った獲物は餌食する権利がある!


 自分は勝ち組と信じる者にはありがちなことだが、自然界の相互共存を歪曲して優越感に浸る。人工世界に守られた現代人が、自然界に身一つで放り出されたらいかに脆弱な生物に落ちぶれるか、想像を巡らせることもない。


「無人機三機が接近中。このまま西へ向かった場合、エンゲージまで四分半・・・」


 レーダーを確認したリトルジョンが、追撃の残り時間を割り出した。


「いいぞ!核基地のミッションは、電磁パルス爆弾一発で終わる、あっという間だ。あいつを撃墜したら、無人機なんかぶっちぎって余裕で間に合う!」


 ぎらついた目で前方の敵機を追うジェイジェイは、逸る気持ちを抑えながら操縦桿のHOTAS * で無人機を器用に操る。敵機の背後に回った今、無人機は圧倒的優位に立った。手動照準でも簡単に仕留められる!


「自動照準なんか使って、せっかくのお楽しみを不意にしてたまるか!」


 ホークアイカメラの映像プローブを起動すると同時に、モニターに青い照準マークが浮かび上がる。レーダー波を発しないためロックオンされても標的は気づかない。


 敵機は絶体絶命の危機に追いまれた。追尾を振り切ろうと上下左右に激しくコースを変える。時おり一回転しながら螺旋状の軌道を描くかと思えば、機体をスライドさせて急激に高度を変えた。


 しかし、有人機よりもはるかに小回りのきく無人機は、背後にぴたりとついてじわじわ距離を詰めてゆく。


 そうだ!このハイな気分が、俺さまの生きがいなんだ!ジェイジェイは心の中で喝采を叫んでいた。ビックジョンとリトルジョンも、劇的な追撃の結末を期待して、手に汗握って大型モニターに見入った。

 敵機が急制動をかけても追い抜いてしまわないよう速度を落とし、後方五キロまで接近すると、目まぐるしく位置を変える有人機の動きにタイミングをはかって照準を合わせる。


 ついに、ピーっと甲高い音が響いて「ターゲットロックオン」の文字が点滅した。


 「いただきだ!地獄に送ってやるッ!!」


 ジェイジェイは有頂天になって叫ぶ。仲間の四人も立ち上がって息をのんでコックピットモニターを食い入るように見つめた。


 「これでも食らえッ!」


 操縦桿のトリガーを押すと、レーザー装甲で覆われた黒いステルスミサイルが、猛然と火を吹いた。敵機の動きに合わせてコースを変えながら、吸いこまれるように標的に迫ってゆく。無人機の速度にミサイルの速度が加わる。逃げる偵察機の速度を差し引いたミサイルの相対速度は秒速3キロを超えていた。

 

 ステルスミサイルはレーダーにも映らない。しかし、ミサイルの赤外線を感知して、警報音がスワン機のコックピットに鳴り響いた。同時にイーグルアイ・カメラがミサイルを捕捉した。


 イーグルアイ・カメラの後方映像で、迫りくるミサイルを一心に見つめるビアンカの全身は、淡白い光に包まれていた。時の流れが極端に遅くなり、すべてがスローモーションに映る・・・相対的に思考速度も格段に上がっている。

 トランス意識状態に入ったビアンカは、かすかに笑みを浮かべて胸でつぶやいた。


「いい子ね~、ママはここよ、さあ、おいで!」

 

 発射から二秒足らず、ミサイルが偵察機に命中した瞬間、虚空に真っ赤な火の玉が炸裂した。直後に真っ黒な煙が、不気味に渦巻きながら辺り一面に広がる。黒焦げの残骸がパーっと飛び散り、煙の糸を引きながら四方に落下して行った。


 風に吹き散らされて煙が見る見るうちに薄れてゆく。スワン機は跡形も残っていなかった。



* Hands On Throttle And Stick ハンズオン・スロットル・アンド・スティック


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