第11話 白ウサギの恩返し(1)

 階段は思ったよりも短かった。すぐに行き止まりになり、扉が前に立ちはだかる。とはいえ、普通のサイズの扉だ。

「これ、開かなかったら終わりだな・・・」

 鍵を閉めてきたものの、城なんて施設がマスターキーを所持してないとは思えない。きっともう取りに行っているに違いない。

 なんてことを考えていたら、上の方から声が聞こえてきた。短かったとは言ったものの、上が見通せるほど短かったわけではない。あくまでも「思ったより」なんだ。


 仕方ない、一か八かだ!


 邪魔なオールを卵に戻し、ポケットにしまう。それから回転式のドアノブに手を掛けると、幸いなことにくるりと回った。天は俺をまだ見放してないみたいだ。

 慌てて扉の向こうに入り込んで、また付いていた鍵を掛ける。これでまた少しくらい時間を稼げる。もっと奥に行こうと振り返って、俺は目を丸くした。

 真っ白な髪の女の子が、こちらを見ていたのだ。その子は間違いなくあの懐中時計の子で、俺が探していた子だった。

が、俺が驚いたのは彼女がいたからだけじゃない。真っ赤なスカートを履いた彼女だが、上に来ていたはずのワイシャツが今はなく、下着が丸見えだった。

「うわっ」と声を出しそうになって口を塞ぐ。同時に俺の背後からドンドンとノックが聞こえてきた。太い兵士の声もすぐに続く。

雪坂ゆきさか様!こちらに『アリス』が向かいました!入室許可を!」

 自分の顔が青褪めたのが解った。だって、俺、不法侵入はおろか、致し方なかったとはいえ、今は言い逃れできない変態だ。


 終わった・・・

 肩を落としてため息が出る。俺、ここで死ぬのか・・・


 けれども何を考えていたのか、彼女は鈴のような、相手に聞こえるの?と疑問に思うくらいの声量で応じる。

「今は着替え中よ。入りたくば女性兵士を送りなさい」

「は・・・はっ!承知いたしました!」

 少し動揺したみたいだけど、すぐにバタバタと去る音がした。たぶん呼びに行ったんだろう。

 足音が消えてから、俺は彼女に目を向けずに去る。

「あ、ありがと・・・」

「何が?着替え中に男性に入ってこられては不快でしょう」

 それは今不快だってことだよな・・・

 可愛い顔に騙されてはいけないようだ。彼女は結構厳しい性格をしているらしい。庇ってくれたわけじゃないのか・・・。まぁ、悲しいかな当然なんだけどな。

 バサッという音がしたので、ちょっと目を向けると、ワイシャツを羽織っていた。これで目を向けても大丈夫だな。

「あ、そう言えば・・・」

 せっかくの機会だ。次はないかもしれないし、ここで渡しておくのもいいだろう。

「あのさ、これ・・・」

 訝しい顔を向けてきた彼女だったが、俺が差し出した懐中時計を見るなり、ぱっと花が咲くように笑った。

「これっ!私の武器・・・っ!」

 これ武器だったのか。

 彼女は俺の手ごと、懐中時計を両手で掴んだ。頬を紅潮させて、本当にうれしそうに笑っている。か・・・可愛すぎる・・・っ!

「向こうで失くしちゃったのに!あなた、アリスなのね!」

 それさっき兵士が言ってたけどな。

 可愛い子を前にするだけでもダメなのに、手まで包まれちゃって、ワイシャツの前も留め切ってないし・・・。俺に対応できる限界を超えてるシチュエーションだ。情けないことに首をカクカクと頷くことしかできない。

 動けないのはもったいない話だけど、もうちょっとこの状況を堪能したい。が、そんな時間的余裕がない。兵士が戻ってくるまでに出なければ。懐中時計を渡し、でれでれなんだろうなと自覚できる笑顔を向けた。

「じゃ、じゃあこれで」

「これでって・・・追われてるんでしょう?」

 だから急いでるわけなんだけど・・・。彼女の不思議そうな顔に疑問を抱く。が、すぐに解った。

 この部屋の入り口は一つ。そしてその入り口からは、何時兵士が流れ込んでくるか解らない。そんなところに飛び込もうとしているわけだ、俺は。確かにそれは疑問に思うだろう。

 万事休す。良く聞くけど使ったことがなかった単語が、こういうとこにぽこっと出てくる。すると俺のことをじっと見つめてきていた彼女が、ニコッと笑った。

「もし良ければ、お手伝いさせていただけませんか?」

 ・・・へ?今何て言った?この子なんて言った?

「え、なんで・・・」と呆然と吐くと、彼女はくすくすと肩を揺らした。超絶可愛い。

「まだルール知らないんですか?ここまで来たのに」

 そうか!俺は彼女に懐中時計を渡した。この世界では善意の行動さえ許されない。つまりそこで契約が生じているんだ。このまま彼女に何もさせなかったら、契約違反で重罪になってしまう。それはいけない。

 ま、口実だけど。

「じゃ、じゃあ、お願いします!」

 棚から牡丹餅ぼたもち。すると彼女はスカートを広げながらふわりと笑った。

「では改めまして。私の名前は雪坂牡丹ぼたん、この城の宰相をさせていただく者です」

 本当に牡丹餅だった・・・。

 いや、そんなこと考えている場合じゃない。

「ありがたいけど・・・、ここからどうやって出るんだ?もう兵士が戻ってくるのに・・・」

 不安がる俺を見て、彼女が可愛らしくフフッと笑った。

「私に考えがあるんです」

 雪坂の発言から一分も経たないうちに、ドアがノックされた。

「雪坂様!入室許可を!」

 女性の声だ。男女の分け隔てなく兵士やってるなんて・・・。男が兵士やってることすら非現実的に思える俺には、理解が追いつかないな。


 が、どうする?


 わたわたと怪しい動きをついしてしまった俺の手が、ぎゅっと握られる。こんな事態に不覚にも、ドキリとしてしまった。俺のときめきも露知らず、ぐいぐいと彼女は引っ張る。そのままヌイグルミが雑多に置かれた場所に連れて行かれる。なんだここ?

「ここに隠れていてください」

 俺を山の中に突っ込むと、扉の方へ歩き出す。今開けられたら丸見えだ。それは非常によろしくない。俺が慌ててヌイグルミの山に潜り込むのと、雪坂が扉を開けたのは、ほぼ同時だったかと思う。突如、雪坂が可愛い顔に似合った可愛い声で、似合わない怒号を発した。

「何してたの?アリスがこの部屋に来てたのよ!」

「はっ!す、すいません!」

 ・・・アレ?俺、騙された?まあ確かに?俺みたいなのに美少女が協力してくれるとか夢みたいな展開だったけどさ・・・

 悶々と塞ぎ込む俺をよそに、女性兵士のリーダー格の人が部屋を覗き込んで尋ねる。

「ではまだこちらに・・・」

「貴女達が遅いから逃げてしまったのでしょう!」

 ・・・逃げた?

 俺はまだここにいる。やっぱり、契約は破れないものなのか?騙されてるわけじゃないのか?

 雪坂の剣幕に押されていた女性兵士だが、すぐ切り返してきた。

「しかし、階段上では他の兵士が見張っておりました。アリスが逃げる手段は・・・」

「何?私が嘘をついているとでも言うのかしら?」

 ・・・え?開き直ったよ?権力フルに使ってるよ?女って怖ぇ・・・

 当然ながら、女性兵士たちは宰相だと言う雪坂を疑っているなど口が裂けても言えず、部屋を後にする。フンッとどや顔で鼻を鳴らした後、振り返って満面の笑顔を向けてくれた。

「さ、ここから出ましょうか」

「は・・・はい・・・」

 そう答えるしかないだろ、この状況。


 雪坂の部屋には隠し通路があった。隠し通路って言うとカッコいいんだけど、要はもう一つの出入り口だ。

 一つはもちろん俺が入ってきた扉。そこは宰相として執務を行うときに使う出入り口らしい。王族の部屋と直接つながっており、すぐに参上できる造りになっているようだ。残念ながら、宰相って役職の仕事を一介の男子高校生が詳しく知るわけもなく、認識できたのは王族の執事的な感じかなぁ、と言うレベル。元の世界に戻ったら、調べてみるのもいいかもしれない。

 で、もう一つが例の扉。

「何に使うんだ?プライベート用?」

 結構本気で聞いたのに、笑われてしまった。女子ってこういうところが解らないんだよなぁ・・・

 くすくすと可愛らしく上品に笑っていた雪坂は、時計を見せて言う。

「機密調査などの時ですよ」

「・・・き、きみつちょうさ、ですか」

「はい。それこそ、扉の向こうに行くような仕事です」

 思わず反応してしまった。扉の向こう。つまり、俺の元の世界、日本だ。無意識に唾を呑んでしまう。そして思った。

 あの日、彼女は何の任務で日本に来ていたのだろうか?

 聞いていいのか解らず、困って視線を逸らす。不自然には思われたのだろうが、俺が問われることはなかった。

 雪坂に続いて別の扉から出る。が、俺には違いが解らなかった。相変わらず赤いだけの廊下だし、枠だけの窓が陳列されている。城の入り口は流石に一つしかないようで、そこに向かって移動していた。入口から直線上に抜けたわけなので、ぐるりと方向転換して、入り口に向かわなくてはいけないというけれど・・・

「俺達、どっかで曲がったっけ?」

「曲がってるじゃないですか。こう、道がカーブしてるでしょう?」

 よくよく眼を凝らすと、確かにわずかに曲がっている。赤過ぎるせいで、注意しないと見えないけど。

 前を進む彼女の髪は真っ白で、綺麗と言う意味でもそうだけど、目の保養になる。色がないことがこんなにいいものだとは今まで知らなかった。

 

 城の出入り口に近付いている証拠なんだろう。人の気配がどんどん増えてくる。もちろん忍者とかじゃないから、声とか足音とか、そういうのを気配と表現しているわけだけど。警戒のためだと思うが、雪坂が足を止める回数も増えてきた。柱に隠れてやり過ごす、なんて危ない事を何度もやる。心臓に悪い。

 何とか進んで、入り口が見えるところまでたどり着いた。けれどもそんなところまで来ると、兵士の量が半端ない。どこまで「アリス」が欲しいんだよ!思わず不安になる。

「な、なあ?大丈夫なのか?」

「この雪坂、契約だけは死んでも守ります」

 いや、死なれちゃ困るんだけど。真面目な顔の彼女は、兵士の足音を気にしてるのか、こちらを見なかった。おかげで発言にビビった表情を見られずに済む。

 が、ちょっと油断して話しかけてしまったのが間違いだった。

「誰だ!」と男性兵士の声が、入り口ホールに響き渡った。


 見つかった。

見つかってしまった。

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