第6話 シープ&ゴートにて(2)

 羊元の質問に、俺が答えるよりも早く、宝亀が口を挟んだ。

「武器だ」

「あんたには聞いてないよ」

 じろりと睨む羊元は、とても俺より年下には見えない。なんだろう、ヤンキーを相手にしてる感じかな?すっげぇ絡みたくない相手だ。必要さえなければ、彼女の前に俺が立つことすらなかっただろう。さっき編み物をしている姿は、異様とはいえ、可愛らしさを含んでいたはずなのに。

 綺麗な人は顔が歪むと本当に怖い。ぞんざいな扱いを食らう宝亀は、今まさにその状況だった。あれに睨まれて飄々と俺に尋ね返してきた羊元の感性は、俺には測れない。っていうか、それを我関せずで傍観してる鷲尾も鷲尾だ。原因お前じゃねぇの?

 黄色い空を紫の雲が、クラゲのように流れていった。風で木々が元の世界と変わらぬ音を奏でてくれる。

・・・もう現実逃避はやめよう。一応、再度俺自身が告げた。

「武器がほしい」

「武器?そっか。アリスも武器があるんだったわね」

 ・・・ん?今なんか引っかかった。「ちょっと待ってな」と羊元が店の奥に行く。今のうちに少し考えよう。

 武器が貰える。そこはいい。武器が店にある。これは違和感あるけど良しとしよう。そうか。「アリスも武器がある」、この表現だ。まるで「アリス」専用の武器があるみたいな言い方に感じる。能力に合った武器があるということだろうか?もしかしたら、俺の能力も解るかも!


∴∵∴∵∴∵


 あれから十分くらいが経った。空を流れていた雲はすっかりと姿を消し、暑さがじりじりと体を焼く。湿度もないし、草木があるので、日本ほどの暑さはない。それでも視界に嫌でも入ってくるゆらゆら揺れる真っ赤な雑草が、炎を思わせるんだ。それがたまらない。

 やっと戻ってきた羊元は、小さな巾着袋を手に持っていた。「小さな」レベルじゃない。本当に、卵一個分くらいしか入らないんじゃないかっていうくらいだ。淡々とそれを見せた。

「武器、持ってきたよ」

「あ、ありがと」

 不安とともに受け取ろうとすると、羊元はひょいと取り上げた。もう一度受けようとすると、また取り上げられた。あれ?俺なんか、苛められてる?

 すると彼女は逆に手を差し出してきた。何だろうときょとんとしていると、彼女はまた手を動かす。まるで、何かを催促しているように。それでも解らないので、宝亀に助けを求めると、彼女より先に羊元が口を開いた。

「ここはお店よ?」

 なるほど。確かに金は払わねば。俺は鞄から財布を取り出す。中身は三千九百二十一円。小遣いをもらったばっかだからそんなに不便はないけど、漫画とか雑誌とか、そういうのが響いたなぁ・・・。

 そういや値段知らないな。不思議そうに俺を見てくる羊元に、いくらか聞いた。すると、思いもしない返事が来た。

「いくらって?」

「え?値段だろ?」

「値段?」

「え?店なんだろ?」

「店だよ」

 ずっと同じ問答を繰り返していると、今まで黙っていた宝亀が俺の手元を覗き込んできた。財布の中を見られることに当然ながら免疫がないので、ちょっとびっくりする。千円札を一枚抜くと、それを空に透かした。黄色の太陽でも、きちんと透かしって見えるんだな。

 空を見たままの恰好で、宝亀が尋ねてきた。

「これは何だ?」

「え、金だけど・・・?」

「そうか、これが金か・・・」

 ・・・忘れてた。この世界では物々交換が主流。金は必要ないと、ここに来る前に教えてもらったじゃないか。自分の記憶力の低さに涙が出てくる。俺何回泣けばいいの?もう五回は潤んでるよ?

 宝亀から千円札を返してもらい、それを財布にしまう。羊元は眉間にしわを寄せて俺たちを見た。

「ただの紙じゃない。そんなのと交換なんかしないわよ」

 やっぱりだめか。この世界では物々交換が主流なんだもんな。確かに武器と紙切れじゃ割に合わないだろう。とはいえ、武器なんて大層なものと交換してもらえるようなものなんて、持ってないし・・・。

 どうしようと思っていると、声がかかった。でもそれは、鷲尾の飄々とした声でも、待ちきれなくなった羊元の声でも、財布の中身にまだ興味を持っている宝亀の声でもなかった。


「シープ&ゴート、確認!」


 でっけぇ声。思わず耳を塞ぐ。振り返ると、真っ白な団体が控えていた。少しまぶしい。木の葉が水色なもんだから、まるで空を見ているような配色だ。少し懐かしくもあるな。

 ふと黙っていた鷲尾が、目を丸くした。

「白の軍・・・」

 軍隊。そうだった。ここで行われているのは戦争。そして白の軍ということは、まさか・・・

 真っ白な軍隊から、一人の少女が現れた。長い黒髪を大きくうねらせるその子は、羊元と同じくらいに見える。つまりは俺より年下っぽいってことだ。っていうか、この世界の女子率高くね?今んところ、鷲尾と燕尾服と、あのバカップルっぽい人くらいなんだけど。まあ、軍隊には男が混ざってるけどね。

 彼女は自分より年上の軍隊の人々に道を譲られ、堂々と目の前に現れた。宝亀を睨んでいた時よりも、もっと敵意を含んだ瞳で、羊元は彼女を睨みつけた。

柳崎りゅうざき・・・」

 そうつぶやいたのを聞き逃さなかった。みんなが名前を把握しており、更に軍隊の動きからも彼女がこの軍では若齢ながらに指揮を取っていることが解る。実力者ってことで、それはきっと、つまり・・・。

「能力者?」

 小さな声で言うと、近くにいた宝亀が首肯を返してくれる。やっぱりそうか。この世界じゃあ、能力者は天才みたいな感じだもんな。そりゃ地位もあるわ。

 汚れが目立っちゃうんじゃないのと心配になるくらい真っ白な軍服に身を包んだ柳崎は、小さな体で堂々と仁王立ちした。

「久しぶり、羊元未織みおり。武器提供者である君を、放っておくわけにいかなくなっちゃったんだよ」

 不敵に柳崎が笑う。人がいいとはお世辞にも言えない表情で、現実世界の俺の周りでは、あまり見なかった顔だ。結果、その表情を「不敵」と感じることができたのは、きっと漫画のおかげだろう。漫画家の表現力の凄さを意外なところで思い知る。

 真っ白な服に緑の黒髪をたなびかせる柳崎を観察する。俺も観察癖が映ったようだ。この状況ではじろじろ見ても問題ないだろう。白の衣装は軍服のようで、しかし彼女が来ているとマーチングの指揮者のようだ。そう言う意味でかっこよさがある。襟とベルトだけが黒くて目立つ。よく見れば純白の上着に対して、スカートはオフホワイトのようだ。何のこだわりだよ、この微妙な色の違い。それから・・・

 やっぱり持っていた。フェンシングで使うような剣だ。あれが武器だろうか?見ているだけで腕が痛くなるくらい、先が鋭利な光を放っている。

 羊元は挿しっぱなしだった編み棒を掴むと、せっかく編んでいた毛糸を抜いた。あれって、一度抜いても戻るものなのか?

「また完成しなかったよ。毛糸のマフラーがほしいのにさぁ」

 やっぱり戻らないんだ・・・。ってか、あの幅でマフラー?ただでさえ身長に見合った首の長さで余りそうなのに、あれより長くするつもりだったこと自体も気がかりだよ、俺的に!


 黄色の空に紫の雲が増えてきた。俺みたいな馬鹿にでも、不穏な空気が流れていることが解る。雷は嫌いだから、ぜひとも鳴らないでほしいと、場にそぐわない願いもしてみた。

 柳崎が、後ろの軍隊の方を見ずに手を挙げた。何かの合図だったらしい。軍隊はもぞもぞと動き、四角くてでかい何かを運搬してきた。ドスンと柳崎の手にそれが置かれる。軍隊の男性陣が数人がかりで運んでいたのに、柳崎は伸ばされた細っこい腕一本でそれを持った。そこで解る。柳崎の能力は、名前こそわからないけど、きっとそうだ。

「怪力・・・」

「『ジャバウォッグ』。『壊す者』とも称される通り、力自慢だな」

 推測をつい漏らすと、宝亀がそう教えてくれた。このピリピリした空間にも関わらず、宝亀の言葉は相変わらず淡々としている。戦争慣れをしているのか、表現力が乏しいのか。正直宝亀が感情的に話している様を見たことがないので、何とも言えない。

 不意に、後ろから腕を引かれた。驚いて振り返ると、鷲尾が俺と宝亀の腕を掴んでいる。さっきまで奥にいたのに、いつの間にこっちまで来たんだ?

 神妙な面持ちの鷲尾を見るのは二回目だ。あの、バカップルの時以来だろう。

「宝亀、アリス、下がれ。危ないだろ」

 え?下がればいい問題なの?っていうか、そんなノリ?命のやり取りが行われる前とはおおよそ思えない。引かれるがままに引っ張られた俺に対し、宝亀は鷲尾の手を振りほどいた。

「何が危ないものか。彼らの狙いは羊元で、我々には関係ない」

 三角関係の相手方だからって、それは冷たすぎないか?

「相手は柳崎だぞ?『壊す者』の柳崎だ」

 確かに、その称号に安全性は感じられない。今の柳崎のイメージは、海外の工事現場の鉄球だ。あのドカンと建物を崩壊するやつ。まあ、「壊す者」っていう名前からだけのイメージだけど。ジャバウォッグとかは知らないしさ・・・

 柳崎が手のひらに乗っけていた物を下した。本だ。なんか編み棒と言い、毛糸玉と言い、普通の物が巨大なサイズになってるんだな。・・・もしかして、その逆もありってこと?俺の武器、「卵サイズのものなんてあったっけ?」とか思ってたけど、もしかしたら日本じゃ巨大な武器が、こっちの世界じゃ小さいのかもしれない。武器との距離が一般人な俺には、どんなものがあるのか想像もつかないけど・・・。

 羊元の眉間にしわが寄る。その険しい顔は、戦いの前だからというよりも、人数差をどうカバーするのか思案しているようだ。そうだよな。中学生の自営業手伝ってる女の子の家に、同年代くらいのヤンキーが金属バットと成人男性引き連れて殴り込みにきたようなものだ。いや、表現があまりにもひどい。もうちょっとはましかな?

 どんと巨大な大砲が鳴り、たった一人の羊元に、数人の軍人が攻撃に出る。彼女は巨大な編み棒を振り回し、軍人たちを次々と一掃する。やっぱり、有能者と無能者の力の差は圧倒的なようだ。とはいえ、今は傍観に徹している柳崎が、いつ動き出すか解らない。彼女は有能者だ。有能者同士が互角なら、「怪力」の柳崎に分があるだろう。羊元が攻撃的な能力を持っているなら別だけど、鷲尾や宝亀から考えると、そう言う能力でない確率も高い気がする。あのメイド服だって、あのジャンプが能力なんだろうけど、怪力で叩かれては対抗できまい。

 一人勇敢に戦う羊元を見ていられなくなった。

「なあ、あんたら助けないのか?」

 思わず尋ねた質問は、疑問を抱くはずもない人道的なもののはずだった。しかし俺と一緒に端に逃げた宝亀と鷲尾は顔を見合わせる。それだけで、もう答えは解った。

「助ける?」

「何処にその必要がある?」

 二人同時に、人を疑うような返答をしてきた。教わったじゃんか、「契約無しには動かない」と。二人は羊元と契約をしていない。仕えてもいない。だったら、二人は助けることはしない。もしかしたら出来ないだけかもしれないけど、俺にとっては一緒だ。

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