第十二話

 ~第十二話~


 『浮気者』なんて、本心から責めている訳ではないの。…例えるなら、ちょっとした重石。「私達はいつだってそれを警戒してますよ」って、繋ぎ止めるための細やかな呪い。周りへの牽制と、貴方自身の油断を戒める為のもの。


 私が見る限りにおいて、貴方が思うよりも周囲の人間は貴方に好感を抱いている。恐らく想いを向けられている当人にその自覚は無いのだろうけれど。

 表面上事務的に接しているカティ姉さま然り、一見して彼を乱暴に扱っている様に見える同郷の子たち然り(義妹含む、まったく油断も隙もあったもんじゃありませんわ)。


 心根の優しい子、少し悪く言えば情に絆され易いとも言えるこの子には少し強い言葉で釘を刺したくなってしまう 。

 信用していない訳ではないのだけれど、どうにも昔から状況に流されてしまい易いと言うか…


 「なし崩しに少年の俺を誑し込んだ片割れが何か言ってらぁ」

 「あらぁ…?最近のフットレストは随分とお口が大きいのねぇ?」

 彼の膝上に腰掛けた私は背後の胸板に身体を押し付ける様に凭れながら答えた。

 「人目が無いからって密室を謳歌し過ぎでは…?」

 「『私にも辛抱堪らなくなって欲しい』と思って挑発してるつもりなんだけど?」

 「流石に上司が御者やってる馬車の中でおっ始める気分にはなれねぇよ!」


 ―――


 支城に向かう街道で待ち構えていたリズは私事外出用の質素な馬車で出向いていた。御者の他には護衛も付けず、正直無用心極まり無い。

 「ほう…私の護衛では足りんのか?副長」

 あ、お頭が御者やってたんスね。すンません、男装が板につきすぎて気付きませんでした。殴られた。


 「まったく…!何で貴様らは揃って『姐さん』と呼ばんのだっ…!」

 えぇ…怒るとこそこぉ…?いやだって、余りにまんま過ぎる呼び名じゃつまんないじゃないっスか。二発目。


 「「…」」

 あ、待って待って視線が冷たい。


 ―――


 斯様の顛末を経て、裏切り者(夫)から浮気者(天使)を強奪して今に至る。


 「誓いを破って二人で楽しんだ上に堂々と他の異性と仲睦まじくする様を見せられてどれだけ悔しかったか…」

 「…ゴメンて」

 馬車の横揺れから私を守るように両腕で腰を抱いていたユーリは消え入りそうな謝辞を口にするとそのまま私の肩口に顔を埋めた。他に言葉が見つからないと言わんばかりのしおらしさ。本気で反省している様子はありありと見て取れたけれど、余りに私のツボを的確に抑え過ぎている態度に一定の作為まで勘繰ってしまうのはまだ私の怒りが萎えきってはいないからなのかしら。

 …まぁそれでも可愛いから許しちゃいますけど!


 ―――


 「…で、どこに向かってんの?」

 少しは溜飲が下がったらしい気配を察してそろそろと話を振る。

 「あぁ…そうよね、そこから話さないといけないのよね…」

 え、なんでガッカリ感ぶり返してんの。


 「本当なら昨夜の時点で一、二軍の面々から話を通して貰う予定だったのだけれど…誰かさんがねぇー…同郷との約束すっぽかしてお楽しみだったからねぇー…」

 マジか、そこまで根回し済んでる話だったんかい。

 「昨日会う筈だった面々は集合場所に揃ってる筈よ、『ごめんなさい』は出来るわね?」

 態々身体を捩ってまで頭撫でながら言うんじゃねぇ。


 ―――


 同盟国からの早馬が到着したのは一昨日の白昼、二人を見送ったのとちょうど入れ違いだった。密書を携えた使者は人目を憚る様に団長の執務室に駆け込み、宛先に指名されていた私は城代に任ぜられたロレンツォと共に中身を改めた。


 「聖帝皇女、『聖女』マーガレット殿下から巡礼警護の御指名よ。光栄に思いなさい」

 「………あの、俺いま礼服どころか近衛の正規装備ですらない完全実戦仕様なんだけど」

 諸国連合首魁ビザンツ聖帝家の末娘、ガチもんの国賓じゃねぇか。東方守護の勇マグニシア王家とは交流が深いのも知ってたが…


 「周辺諸国に内密の祈請巡礼だから寧ろ好都合よ、他の面々にも同様の格好で来る様に指示してあります。皇女殿下も平服でお越しの筈だけど…うっかり粗相を働かない様にしなきゃダメよ?」

 「姉さんさてはお小言に託つけて撫で回したいだけでは?」

 「分かってるならもっと頭下げて!」

 「夫婦揃ってもう少し欲望を隠す努力をしろよ…」

 

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