第37話:王宮の崩壊

 スカイはマジで王子に傾倒している。いや、番だと信じている感じだ。自分がワイバーンだということも忘れているのか、あるいはシンファエル王子を人間んだと思っていないのか、とにかく種族を超えた愛というものを見せつけられた。


 対する侯爵令嬢セレナも、スカイの背に乗って歩き出した王子たちを見て、結界の中で不穏な闇魔法を充満させては、ゴブリンベイビーやら何やら口から吐き出し、それらは結界の膜を破ろうとしては息絶えている。不毛だ。瞬間移動で薬草園に戻ってもいいのだけど、事故があって結界が弾けたり下手に王子の前で使うと「私も覚えたい!」と言い出しかねないので、自足で向かっている。


 途中で現れるトレントや魔虫は見つけ次第焼却。やはり千の槍グランドスピアやアースウェイブだけでは完全消去はできなかったようで、広範囲で神の手ゴッドハンドを使わなければ安心はできない。そのためにもアルヴィーナのホーリーチェインは必要だ。王宮に残っていた生き残りの官吏や侍従、メイドや侍女もよろよろと俺たちの後に続く。さっきの俺の攻撃魔法に当たらずに済んでよかったね、君たち。一応応急処置はしたのだけど、俺としても魔力温存はしておきたい。まだまだ何があるかわからないのだ。せめて薬草畑に着くまでは。


「やっぱり聖魔法が使えると便利なんだけどなあ」


 まあ、欲を言い出せばキリがないのだけど。努力だけではどうにもならないことも、世の中にはあるのだ。



◇◇◇



 無事、薬草畑に戻ると、ぎゅうぎゅうと押し詰められるほどの人に溢れていた。こんなに王宮に人がいたのかと驚くほどだったが、よく見ると商人や平民も混じっていたようで商人や厨房の仕入業者も紛れ込んでいた。


「アルヴィーナ」

「エヴァン!無事で何より」


 一番にアルヴィーナを探し、可憐にも頼もしい笑顔を見ると煤けた心も感情も浄化される様な気分になる。何を差し置いても走り寄ってくるアルを見て、俺はほんの少しだけ優越感に浸る。なぜなら周囲から羨望の目で見つめられ、その中に嫉妬心も感じたから。


「俺の可愛いアルヴィーナ。よく頑張ったな、問題はなかったか?」

「はいっ、エヴァン。みんな無事で、怪我人はすでに薬草と治癒魔法で回復していますわ」


 わざとらしく俺のものだと強調して言うと、アルヴィーナも頬を染めて瞳を輝かせてくる。思わず抱きしめたくなるのを我慢して、おほんと喉を正し、チラリと後ろを振り返った。


「元凶はこっちの御令嬢とシンファエル殿下だ。ただ、それには俺も関係があるーーシャムロック!」


 俺が一際声をあげて緑竜を呼ぶと、どこに隠れていたのか、ばさりと風を切る音がして、薬草畑を見下ろすように崩れかけた城跡にシャムロックが降り立った。


 何人かが悲鳴をあげ、逃げ出そうと慌てふためいたが、その前に俺が声高に叫んだ。


「ここにいるのは緑竜シャムロック。私と契約を結んだ竜だ!恐るることはない!」


 王宮勤めの人たちの前だからね。一応まだ伯爵子息という仮面をつけましたよ。もちろん。


「先日、瘴気の森で出会い、森の浄化を手伝ってくれた心ある竜だ!その時、命を落とすところだったシンファエル殿下の命をも救ってくれた!だが、竜の作った薬が、殿下の体に思わぬ副作用を起こしたものと見える。今回の騒動はシンファエル殿下の体内に巣食った瘴気が原因と見られるが、皆も知っての通り、こちらの侯爵令嬢と関係を密にしたことから、被害が大きくなった。これに関しては、私とアルヴィーナが持てる力を使い治療することを約束する」


 治るとは約束できないけどね。それはまあ言わなくてもいいでしょ。そこまで言い切ると、逃げようとしていた人達も落ち着き、また集まってきた。アルヴィーナの横ではサリーがぱちぱちと手を叩いてニコニコしている。


 忘れていたけど、やっぱり無事だったようだ。まあ特に心配はしていなかったが。だってサリーだもん。


 王子を見ると、腕を組んで偉そうにうんうん、と頷いているがわかってんのかな、こいつ。


 さてここからが正念場だ。


「だが、昨日私は国王の名により死刑を言い渡された。現在の王国内で死刑は法律により許されていないことは皆も知っていると思うが」


 ざわざわと不穏な空気が起こり「ふざけるな」「てめえこそ死刑だ」と聞こえてくる。まあ当然と言えば当然だ。ここにいる騎士や魔導士たちは皆、アルヴィーナに多大な恩があるはずだからな。


「その上で、俺の罪を償うためにアルヴィーナを差し出せと言われたため、俺はハイベック伯爵家と縁切りをし平民に戻り、ここにいるアルヴィーナとともに生きていくことを決めた。つまり、アルヴィーナはシンファエル殿下との婚約を白紙に戻し、殿下にはすでに体を繋いだセレナ侯爵令嬢と婚約、婚姻することを勧める。これにより、俺とアルヴィーナは謀反者として国外逃亡を図るためこの国とは無関係になるが、異議のある者はいるか!」


 きゃーっと女性たちの悲鳴だか歓声だかが上がり、うおーっと男性たちの咆哮が響いた。


「異議ありー!行かないでください!エヴァン様!アルヴィーナ様!」

「あなた方が国を出るなら我らも共に行くぞ!」

「おぉー!」

「国王を引き摺り下ろせ!こんな王子では国は成り立たん!エヴァン様を王に!」


 いや、俺王様にはならないよ?森に籠るからね?


 が、その間を縫って焦った男の声も混じっていた。


「ま、待て!貴様は何を言っておる!!」


 誰かと思って見てみたら、なんと王様。騎士たちに混じって全然目立たなかったよ。声を上げた事で全員の視線が王に刺さった。誰一人として頭を下げるものがいない。何せ俺がディスったばかりだからね。感情に任せて死刑とか宣った事、後悔させてやるよ。ここまで、ただ伯爵領を盛り上げて国に貢献していただけだと思ったら大間違いだ。


「これは、これは。国王陛下。平民になった俺たちが国を出ることに許可はいらないはずですよね」

「わ、わしがいつお前達の縁切りを許したのだ!許さんぞ!」

「陛下は昨日、側近の仕事はクビだ、とっとと王宮から出て行け、2度と来るなと仰いましたがお忘れですか?王ともあろう方が言動をコロコロ変えては民はついて来ませんよ。

 それに俺は26歳のいい大人です。養子縁組の解消にわざわざ王の許可は要りません。親父様…ハイベック伯爵のサインもいただいています。その書類もすでに提出済です」


 とは言え、親父様はその書類にサインしたこともわかっていないだろうけどね。例の瘴気の森を貰い受けた時のものだから。金勘定をしただけで、ちゃんと書類を読まなかったのはあちらの不備だ。ただしアルヴィーナについては実は何の保証もない。婚姻届もまだ出していないからだ。そのためにもここではっきりさせなければ。


「ア、アルヴィーナ嬢は渡さん!お前はどこへでも行くがいい!衛兵!騎士ども!誰でもいい!アルヴィーナ嬢を保護しろ!」


 王が声を荒げて喚き散らすが、誰もが王を睨みつけた。


「この騒ぎになっても、自分だけ部屋に立てこもって何もしなかった能無しが」

「カレンティエ様がいなければ、いつでもどこでも侍女を引き込もうとしていた蜘蛛男が」

「アルヴィーナ様を馬車馬のように働かせ自分だけは高みの見物気取りか」

「急事に何の指示も出せず、何が王だ!」


 不満は次の不満を呼び、その声は次第に怒りを帯びてくる。次第に不平不満が渦巻き、王は逆に囲まれてしまった。王を守る者は誰一人としていない。


「私とあなた方王族3名との魔力契約では、アルヴィーナの好みになるよう殿下を再教育すると言う事だった。その件で、アルヴィーナが拒否した場合と、シンファエル殿下が問題を起こした場合は契約は解消されると言ったではないですか!それもお忘れですか!それとも契約を反故にするのなら罰則があることもお忘れか!」


 宰相と王妃は契約を解消する前に逃げた。もし王がこの契約を反故にすると言うのであれば、3人とも罪人の焼印がつく。解消するしかないはずだ。


「エヴァン殿とアルヴィーナ様が出て行くというのなら俺たちも後に続く!」

「そうだ!騎士は皆アルヴィーナ様に誓いを立てた!我が身はどこまでもアルヴィーナ様とともに!」

「アルヴィーナ様の幸せを私たち王宮侍女は見守ってきました!どんな下働きであろうと名前を覚えていただき、優しくして下さったアルヴィーナ様にお支えするのは私達の誇りですわ!」

「エヴァン殿の画期的な発明にどれだけ助けられたことか!テイマーの仕事がなければ、僕の家族は路頭に迷っていた!伯爵領でも年老いた母は、川まで水汲みに行かずに済んだのだ!それがどれほどの助けになったか、平民でなければわからない!」

「それだけじゃないわ!あの臭い王子の面倒をお一人で見て下さった!誰もが吐く匂いを一週間もたたないうちに消して下さったのよ!」


 俺は唖然とした。


 このままだと伯爵領の暴動のようになってしまう。すでに王は四面楚歌で汗だくになっている。チラリと王子を見れば、上半身半分がスカイの口の中に入っていた。


 スカイ…。それは気を利かせてくれたのかな?聞かせたくないんだね?


「アルヴィーナ…どうする?放っておくと国王、殺されそうだけど」

「そうね。それはまあいいんだけど、」


 えっ?良いの?良いのか?


「それ以上にここにいる全員ついて来るとか、やめてもらいたいよね」

「あ、それもあったな…」


 ついて来るってどこまでついて来るつもりなのか。瘴気の森とか、無理だろ?伯爵領だって、一気にこれだけの人間は受け入れ態勢にないし。


 さあ、王様。どうする?ここでどれだけアルヴィーナに縋っても、あんたについていく国民がいなさそうだけど?





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次回、最終話なので本日19時に更新します。

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