第27話: 王国崩壊の兆し

 目に涙をいっぱい溜めてこちらを睨みつける視線には、やるせなさとか不甲斐なさを漂わせた中年の平民とさほど変わらなかった。ストレス過剰気味なのが手に取るようにわかる。王がこれでは、近隣国にも示しがつかないだろうに、宰相と王妃の采配でなんとかなって来たんだろうな。


「エヴァン・ハイベック参上いたしました」

「同じくアルヴィーナ・ハイベックが陛下にご挨拶を申し上げます」


 俺たちは恭しく頭を下げるが、アルヴィーナがこそっとつぶやいた。千里眼の結果が出たらしい。


(ボンクラ王子はどうやら王子宮に軟禁中。魔物化はしてないみたいよ。でもベッドに横になってる)


 ふむ。


 どうやら魔物化の現象は治ったようだ。よかった。少なくとも瘴気溢れる腐海にはなっていないようだし。とはいえ、王宮に人がいなさすぎるのは気になるな。


(あと、騎士達が走り回ってるのと、誰か貴族牢に入ってるみたい。随分警戒体制が敷かれてるわ。魔導士も何やら集まってるし)


 俺の疑問に答えるかのようにアルヴィーナが付け足した。


 貴族牢か。となると王族を狙った貴族の侵入者がいたんだな。狙いはボンクラ王子か。それで、王様が「お前は何をしておった!」と怒り心頭というところか。


「お前は何をしておったのだ!」


 そのままだよ。


「昨日は、アルヴィーナが一週間ぶりに目を覚ましましたので、伯爵邸に戻り様子をみていました。今朝になってこの通り、義妹も調子を取り戻し、ご挨拶に参った次第でございます」

「そ、それはわかっておる!無事で何よりだ。だがな、ワシの息子が、シンファエルが大変なことをしおったわ!お前という見張りがおらなんだせいで、賊が入り込みたぶらかしおった!」


 ボンクラしでかした、と。賊たぶらかしたのは、王子の方か。


「殿下の周囲には屈強な騎士達や侍従、護衛などがいるはずです。宰相から申しつけられた私の役目は、王子殿下の再教育ということでしたので、その成果は陛下にもお伝えしてあったと存じます。それで、殿下はお怪我などされたのでしょうか?」

「い、いや。怪我はしとらん。侵入したのは令嬢だ。息子をたぶらかしおったわ。今は貴族牢に入れておるが、場合によっては絞首刑にもなる」


 絞首刑?この国は死罪はないはずだ。一番ひどいのでも鉱山の労働か終身刑だ。


「それは物騒ですね、陛下。ところで、この国には死刑は存在しないと理解しておりますが」

「わしが死刑と言えば、死刑になるのだ!」

「ええ…?」


 この王様、ボンクラと同じ脳みそをしてたのか。どうりで、あんな頭脳派の王妃からどうしてあんなのがと思ったら……。権力の使い方間違えてんぞ、おい。


 俺がチラリとアルヴィーナを見ると、埴輪顔になっていた。ああ、こんなのと6年も付き合っていたんだな。義妹よ。


「お言葉ですが、陛下。陛下の御一存だけで法律は変えられないと以前にも申し上げたはずでございます。王妃殿下はどちらへ?」


 アルヴィーナが我に返って、口を開いた。あんたじゃ話にならないから王妃を出せ、と言っているようなものだ。聞き様によっては不敬だが、扉付近にいる騎士も王のそばに控える侍従も何も言わないところを見ると、通常運転なのかな。


「アレは……あれが、あんなだから、お前がちゃんとみてないから、こんなことに」


 エグエグと言葉を詰まらせる50過ぎのおっさんを見ても同情心すら浮かばないんだが、アレとかあれとかあんなとか主語がないから何がなんなのか、わからないんだけど。令嬢というのはあれだね、侯爵令嬢のセレナ嬢で間違いないかな?


「つまり王妃殿下は、お兄様がちょっと目を離した隙にシンファエル王子殿下がセレナ嬢と『このような事件』を起こしたから、実家に帰ってしまわれたと?」


 えっ?今の言葉からそんなことが引き出されるの!?すごい翻訳だね?


「そうだ!全部お前のせいだ!エヴァン・ハイベックよ!」

「ええっ?俺のせい?」

「それで?『このような事件』の詳細をお聞かせ願えますか?」


 アルヴィーナは動じず王様に詰る。ある意味、鋼の心臓をしている俺の義妹。


「わ、わしの口からは言えん!ひどいのだ!其方には聞かせたくない!とにかく、エヴァンよ!お前はクビだ!役立たずめ!」


 おっと、いきなり言質取ったぞ!


 ずっと欲しかったその言葉を今この場で貰えるとは思っても見なかった。宰相だったらこうはいかない。きっと死ぬまで働かされていただろう。まあ、そうなったらなったで国を出ていくつもりではあったけどな。


「……っ!クビ、ですか」


 俺は、あからさまに喜ばないように神妙な顔を作った。もしかしたら、ちょっと口元が歪んで苦痛そうに見えたかもしれない。王様がしてやったりというようにふんぞり返り、俺に指を刺した。ああ、こういうところ王子ボンクラにそっくりだ。親子だな。


「そうだ!とっとと王宮から出ていくが良い!2度とくるな!」

「畏まりました。お役に立てず申し訳ございません。失礼致します。いくぞ、アルヴィーナ」

「はいっ、お兄様!」

「待て!!アルヴィーナ嬢はここに残るのだ!」


 素早く踵を返して、扉に向かっていた俺達はぴたりと立ち止まり振り返った。


「アルヴィーナ嬢には婚約者としての義務を果たしてもらう!血の繋がりはないとは言え、其方の義兄がしくじったのだ!その責任を取るのは、アルヴィーナ嬢、其方の役目だ!これは王命だ!」


 スッと俺の顔から笑顔が消え失せた。


 ふざけんなよ、このジジイ。俺のアルヴィーナをこんなど阿呆共の巣窟に置き去りにさせるわけないだろう。室内の温度が急激に下がり、俺が口を開こうとした時、アルヴィーナの方が一足早く口を開いた。


「お言葉ですが、陛下。以前にも申し上げました通り、わたくし、シンファエル殿下にはついていけませんの。学園で感情の赴くまま女生徒に襲いかかり腰を押し付け、怠惰で何一つ覚える気もなく遊び歩き、公務は全てわたくしに押し付け、我が義兄の力を借りてさえも常識すら身につけることができず、瘴気の森ではわたくしの魔力を全て吸い上げ、一週間も意識不明にさせられた上に、今回またしてもフィンデックス侯爵令嬢と関係を持たれましたね?」


 そうか。最後まで行っちゃったのか。俺は僅かに目を見開きアルヴィーナを見るとコクリと頷いた。どうやら王様が唾を飛ばしてクビだと言っている間、千里眼で探りを入れたようだ。さすが俺のアルヴィーナ。行動が早い。


「な、なぜそれを…っ」

「知らないとお思いですか。わたくし6年もこの王宮で奴隷のようにこき使われていましたのよ。騎士団、魔導団の行動は全て把握しておりますわ」


 うん?これは、千里眼ではなく誰かとテレパスしてるのかな?魔導士あたり得意とする奴もいるからな。ちょっとムカッとするが、ありえない訳ではないか。


「わたくしの仕入れた情報では、とうとうセレナ侯爵令嬢の貞操を散らし、昨日は午前中、教本にある全ての体位をお試しになり存分にお楽しみだったとか。そういうところには記憶力を発揮なさるのですね。そこは素晴らしい事だと思いますが、セレナ様が意識を失っても止めることをせず、労ることもなく猿のように繰り返し腰を打ちつけていたとの情報が入っております。それで、陛下はその尻拭いをわたくしにさせようというのですか?」

「そ、そ、それは……っ」


 途端に王様は狼狽えて視線を泳がせた。扉前にいる騎士はさりげなく視線を逸らし、侍従は俯いた。


 マジか。若いって、なんというか凄いなあ。全ての体位って46だっけ、48だっけ?それを昨日の午前中だけで?どんなだよ。


 いやぁ、何かやらかしたとは思っていたけど、お盛んなことで。自分で百獣の王と言うだけの事はある、とか感心している場合じゃなかった。


「今度ばかりは、と何度も申し上げますが。わたくし、この際ですのではっきりと申し上げますわ。『あんま、ふざけたこと言ってるとてめえの首も締めるぞ、ゴラァ』と」

「ひっ!?」


 ア、アルヴィーナ!いくらヘッポコでボンクラでクソな王子の親で、そいつ自身も頭沸いてんのかと思うほどボンクラでクソだけど、仮にも国王だぞ。言葉遣いが淑女らしくないだろう。


「なっ!?」

「エヴァン…。思ってることが口に出てますわよ?」

「あれっ?動揺しすぎた。すまん」


 失敗、失敗。久々の汚い口調のアルヴィーナにちょっと興奮しちまった。いや、堂に入ってるわ。兄ちゃんの知らないところで誰かを脅してるとか、そう言うことないよね?


「な、な、な、なんて口を!わしは王だぞ!お、お前達も死刑になりたいのか!?」

「「できるもんならしてみやがれ、腐れ王族が」」


 ペッと吐き出さんばかりに雑言を吐いたアルヴィーナは、完璧なカーテシーをして王に向かってにっこりと微笑んだ。俺もうっかり昔取った杵柄でカーテシーをしそうになって、思いとどまる。


 癖って怖い。


「それでは、わたくしたちも国外追放で構いませんわ。たった今、エヴァンとアルヴィーナは貴族から抜け、この国からも籍を抜く事にいたします。殺せるものならば、どうぞご自由に。エヴァン、行きましょう」


 目を大きく見開いて固まってしまった王様に背を向け、アルヴィーナは堂々と王の執務室を出ていき、騎士達も恭しく頭を下げた。


「あ、アルヴィーナ様!いよいよ出て行かれるのですか!?」


 後ろ手に扉を閉めた騎士が、慌ただしく駆け寄った。


「ええ。アレク様。お世話になりました。ようやくですわ」

「皆にも伝えます!これからどうなさるので?」

「わたくし、エヴァンについていきますの。これから平民にでも冒険者にでもなって国外を旅したいと思っているのよ」

「そ、そんな!アルヴィーナ様とエヴァン様がいなくなったらこの国は!」

「あら、宰相がいるもの。あの方が後からなんとでもするでしょう?王妃様だってそのうち戻っていらっしゃるでしょうし?」

「そ、それが…!陛下は昨日宰相殿にも国外追放を言い渡し、宰相殿はすでに隣国へ旅立たれたのです!」



「「えっ!?」」


 思っても見なかった言葉に俺たちは固まった。

 

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