第19話:画策する俺とやらかした王子

 それからというもの、王子の元に行く度に魔物化は進退を繰り返している。毎朝違う魔物が湧いて出ているのを退治するのが日課になった。


 へそから何やらの花(魔草)が咲き綿毛を飛ばしたり、繭にっすっぽり包まれて窒息寸前になっていたり、背中からコウモリのような羽が生えていたり。その度に治療をしたり退治をしたりしながら、それでも王子自身に変わりはなかった。


 脳天ハゲは嘆いていたけれど、毛生えブラシをあげたら、嬉々としてポンポンと頭を叩いている。これも日課に組み込まれたようだが、まだ毛が生えてくる気配はない。毛根も殺しちゃったかもしれないな。いっそのこと、剃り落としてみたらどうかと提案したら、本気で泣かれたので、カツラを作ると約束した。


 後で魔導師に毛生え薬の研究を進めるよう伝えておこう。


 なんてことがあったのにも関わらず、平然として毎日のルーティンを繰り返している。乾布摩擦をして、適当に手を抜きながらも騎士団との朝練をはじめ、スカイと戯れる。流石に自由に空を飛び回るのは禁止中だけど、庭を散歩して王子の手ずから魔力入りリンゴを与えたり。


 こいつ、絶対おかしい。


 これだけ毎日のように魔物が湧いて出て来るのに、何も動じないなんてマジおかしい。すっかり受け入れている非日常に不安すら思っていないようだ。これが若さゆえの順応性というのだろうか。


 あの緑竜の薬玉を食べたせいなのか、それとも、あれのおかげで最小限(?)に抑えられているのか。俺の知識と魔力だけでなんとかしのいでいるから今のところ問題はないが、それはそれで心配が募る。


 もし王子がすでに魔物化していたとしたら。生かしておいてもいいのだろうか。いつか爆発してすごい魔獣になったらどうしよう。こんな時アルヴィーナがいれば、聖魔法で浄化してもらうんだが。


 全ての現象は宰相に報告済みだが、他の誰からも問題ある報告が上がっていないため、「現状維持で」と言われた。


 ほんとに?良いのか?後で全責任俺に押し付けるとか言わないよね?


「アルヴィーナ嬢はどんな様子だ?」

「まだ目を覚ましません。流石に森中の瘴気を浄化した反動が大きかったのと、王子の魔物化の浄化にかなり無理をさせましたから」

「…う、うむ。そうか。申し訳ないことをしたな」


 別に全てが王子のせいと言うわけではないのだが、都合がいいので黙っておこう。


 アルヴィーナがまだ目を覚していないのは本当だ。ローリィが毎日治癒魔法を施すが、体にはもう問題はないらしい。俺からみても肉体的に問題はない。だけど、魂がいないのだ。アルヴィーナは体が極限に達すると、幽体離脱を図る癖がある。今回もそうだろうとは思ったが、いくらなんでも長すぎる。あまり長く離れると他の遊体に体を乗っ取られる事もあるし、重力の圧迫と記憶の不一致で目覚めた後の反動も強い。原因は俺にあるから余計に心配になる。


「……いえ。ですが、このまま目を覚さなければ、殿下の婚約者としての地位も考えなければなりませんね」

「……それは、目が覚めなかった時になったら考えよう」


 チッ。そう単純には運ばないか。


 そう。この数日、俺は考えに考えて策を練った。


 西の森を手放すにあたって、親父様は俺が王子の側近になり伯爵領での仕事が疎かになったため土地を手放すことになったと、本気で国に損害賠償を求めていた。


 何を考えてるんだか。


 もちろん宰相には呆れられ早々に却下された上、伯爵領の成功が全て自分の手柄のように振る舞っていた親父様は、事前に調べ尽くされて全ては俺の仕事だと知っていた宰相に言い負かされて、逆に警告を受けていたらしい。


 親父様の商才は確かにあるのだろうが、あくまで商売は伯爵領のためであり、親父様個人のためではない。領民に還元されないのであればただの商人と同じだから、今度収入額を誤魔化そうなどとしたら奪爵だっしゃく処分にするぞと脅されたようだった。


 ここ数日やけ酒を飲んで愚痴っていたので、商談で失敗したのかなと思っていたら、案の定そんなことだった。影の国王にたかろうなんて馬鹿なことをする。


 ただそのせいか、ますますしつこく行き遅れのお嬢さんと早く顔を合わせろとうるさい。アルヴィーナの意識がないことを隠すのもそろそろ難しくなってきたが、サリーたちがうまくやってくれているようだ。




「瘴気の森など煩わしいだけだろうが、お主はいいのか」


 ハイベック領土の一部受け渡し書類に目を通しながら、宰相が顔をあげた。


「領主はあの土地から湧き出る瘴気によって損害を被ることを避けていますし、私しか対応できませんから、相応かと思います。瘴気を抑えるための魔道具なり、方法が見つかれば他領でも役立ちますしひいては国のためになるかと」


 と、もっともらしいことを嘯き、殊勝に頭を下げる。


「そうか、お主は元から勉強熱心だったからな。あの領主の元でよくまともに育ったものだ」


 まあな。反面教師というのか、そうしなきゃ生きていけなかったし。


「まあ、わかった、国の利益にも繋がるし認めよう。しかし平民に戻るつもりとは。つまりこの件が落ち着けば、側近の役も降りるというのだな。お主の実力は貴族たちも知っておることだが。立場上、平民に土地を与えることは難しい。どうせなら、お主の養父から爵位を挿げ替えるか…」

「いえ!そのようなことはどうか勘弁ください!ハイベック伯爵には恩がありますし、私は独り身です。森で暮らすことと、瘴気撲滅の研究のため、税金の免除をいただければ結構でございます」


 余計な枷を作るのはやめて欲しい。

 そりゃまあ、長年開拓しているから多少は愛着もあるが、伯爵になるなんて絶対ムリ。それに今後の計画のためにも身軽な方がいいに決まってる。緑竜の存在がバレたら色々責任問題も出てくるし、国同士のいざこざにも巻き込まれそうだ。


「まあ、他に住む者もいなければ税金も何もないな。わかった。あの土地をエヴァンの所有地として認め、書類を作成しよう」

「ありがたきお言葉」


 これで幾分か動きやすくなった。


 さて、宰相にはこれまでの報告書と合わせて、騎士団や魔導士団からの殿下の進歩についても書類で届けている。騎士たちからは悪臭公害を撲滅しただけでも両手放しで喜ばれたし、魔導士からの報告でも王子がワイバーンを騎獣契約できたこと、スカイが空から王子を落としたことに対する寛大な処置についても報告され、「ようやく人間に近づいた王子」と過大評価を受けているのだ。


 ってか、初めから人間扱いされていなかったらしい。ちょっと可哀想であるが、その疑惑は俺の中でもいまだに払拭されていない。以前にもまして、だ。


 毎朝の魔物化さえなければ、最近は食生活も改めたおかげで、スライム腹の不健康な体つきからちょっとマシなぽっちゃりした体型になり、さらには筋肉もつき始めたのだ。禿げてしまったのは驚かれたが、別に誰に迷惑をかけるわけでもなかったので、割とすんなり受け入れられていた。王宮中がほっと一息をつき、王妃もニコニコが止まらない。なんだかんだ言って、やっぱり我が子可愛し、だよな。顔の作りは悪くないだけに、今までが残念すぎただけだ。




◇◇◇



 その日の朝練の途中でアルヴィーナ嬢が目を覚ました、と伝達が来てエヴァンは大慌てで転移していった。


「訓練の途中だったのに」


 ハイベック伯爵領から帰ってきて以来、ワイバーンのスカイは私を振り落としてしまった罰で檻に入れられた。まあ、私は王子だから仕方がない。エヴァンがいなければ、帰ってこれなかっただろう、と陛下ちちうえも胸を撫で下ろしていた。


 それはそうだが、なんか面白くない。


 だってあれはアルヴィーナがいなければ、私が空から落ちることもなかったのだ。私とエヴァンの二人で領地の視察に行くはずだったのに、邪魔をしたのはあいつで、そのせいで昏睡状態になって目覚めないなんてはた迷惑な。私は次の日からしっかり乾布摩擦もこなし、日々の訓練も(1日目は休んだが)こなしていると言うのに。


 私は森で起こったことを皆に詳しく話したが、どうも要領を得なかったようで誰も真面目に聞こうとしない。後から知ったことだが、エヴァンが全て書類にして書き記していたらしく、詳細は皆知っていたようだった。くそう。後からその報告書を読んだが、記憶にないことが多く書かれてあり、よくわからなかった。


 もっともほとんどの間、気を失っていたのだから仕方がない。沼地に落ちてから這い上がった部分は、将来観劇になるくらい良い話だと思って話したのだが、伝わらなかった。


 訓練の途中で掻き消えてしまったエヴァンのいた場所をぼんやりとみて、やる気を無くした私は部屋に戻ろうかと歩き出した。


「シンファエル様!」


 美しい声が私を呼んだ。見ると、渡り廊下からこちらをみて小さく手を振る深い緑色のマント姿の令嬢が。誰だと目を凝らしてみると、取り外したフードから現れたのは、チョコレート色の巻毛と愛らしい丸顔についた蜂蜜色の瞳だった。


「セレナ!」


 私が求愛したセレナ・フィンデックス侯爵令嬢がそこにいた。


 アルヴィーナほど美しい外見をしているわけでは無いものの、ムチムチした体つきで色白で、笑顔が可愛らしい。抱きしめた感触があまりにも心地よくて思わずパンツを脱いでしまった相手でもある。あの時は皆に見られてしまい最後までいけなかったから、ちょっと不満でもあったのだ。


 チョコレート色の髪が美味しそうだね、と言ったのがきっかけだった。私よりも背が低く、上目遣いで私を見つめる瞳はキラキラした蜂蜜のよう。唇はりんご飴のように赤く艶があり、『私を食べて』と誘っているようだった。美味しそうなデザートを目の前に差し出されて食べないはずもなく、私は図書館へ引っ張り込んで司書から死角になる場所でセレナを堪能しようとした。


 その時の興奮が俄に蘇る。私は辺りを見渡してからセレナに駆け寄った。


「セレナ。どうしてここへ?王宮へは立ち入り禁止になったと聞いていたが」

「わたくし、あんなことがあったせいで修道院へ入れられてしまいますの。ですからせめてその前にもう一度だけでも殿下にお会いしたくて、内緒で来てしまいました」

「なんてことだ!私のせいで、そなたがそんなひどい目に遭うなんて…!」

「ねえ、殿下。お願いでございます。最後にもう一度、わたくしにお情けをくださいませんか」

「えっ、お情け…?」

「つ、つまり、その。もう一度、今度こそ、最後まで、も、もらってくださいませんか」

「えっ、つ、つまり、その」

「わたくし、殿下が忘れられませんの。逞しいその二の腕も、けぶるような胸毛も、野生的なその香りでさえ…っ。人生の思い出にどうか…」


 この美しい令嬢が、私にお情けを頂戴する、これはつまり、私を愛したいということで良いのかな?


「セ、セレナ…。しかし…」

「き、今日は、わたくし覚悟を決めてここまで参りましたのよ。このガウンの下には何もつけていないのですわ」

「えっ!?」


 ぱっと前をははだけると、生まれたままの姿のセレナが見えた。おおっ!明るい場所で見るその体躯は違った意味で麗しい。途端に体が熱くなり、股間に血が集中した。


「そこまで私を思ってくれていたのか!なんと愛おしいのだ!私の妃は君しかいない!」


 私はキョロキョロとあたりを見渡し、誰もいないのを確認してセレナを人目につかない一角に連れ去った。


「セ、セレナ…」

「殿下…」


 そこで鼻につくような甘い香りが漂い、私はセレナにかぶりついた。甘い、甘い。チョコレートより甘い香りに酔いそうになり、私はたまらずセレナを壁に押し付け、本能のままに腰を振った。今度こそ最後まで、と百獣の王私のムスコも張り切った。


 セレナは妖艶に微笑みもっとと強請り、私たちは一つになった。一度だけでは物足りず、喘ぐセレナの息すらも喰らい尽くす勢いで、何度も何度も果て、終いには獣のように後ろからも襲いかかった。48種類あるという体位を全て試し、青臭い匂いと汗でベタベタになり、私もちょっと気を失いかけたかもしれない。


 そしてたまたま通りかかった騎士が叫び声をあげて私たちを引き離すまで、思う存分に愛を確かめ合ったのだ。


 ああ、私の愛しい人よ…。

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