第46話 お調子者な彼女

「改めまして、シンデレラお疲れ様」

「うっす。ほんとにお疲れさんさんよ」

「もしかしたら賞取れちゃうかもよ?」

「そうだといいな」


 ベンチに座り、雑談をし始める俺達。

 時間はもう五時くらいだろうか。目の前の生徒達が屋台の片づけをし始めている。


「ほんと、こんな怪我しなければ一位は確実だと思ったんだけどね……」

「でも、その怪我のかいあってお前にとっての一位守れたんだからいいだろ。そういうことにしとけって」

「……湊」


 すると、急に海斗がこっちを見て吹き出した。


「今のセリフ……くさすぎっ! ぷぷ。湊がそういうこというとは思わなかった……はは」

「ちょっとふざけたつもりで言ったのは認めるが、そこまで笑われると恥ずかしくなってくるからやめろ」

「確かにそうだね。……ふふっ、そういえば湊がお見舞いに来てくれたあの日に……ッ! 百瀬さんがコスプレを披露しに来てくれたんだよ!!」

「おーおー。まったく折れてないのは感心するわ」

「時間はかかるだろうけどね。また振り出しからだな~。まぁ、僕の話は置いといてさっ」


 仕切り直しといった感じで振り向き、ニヤニヤしながら海斗は呟く。


「んで、湊って好きな子いないの?」

「はぁ!?」

「いや、そろそろ湊の好きな人も教えてよ。いないってことはないでしょ?」


 少し迷ったが……こういうのを話して盛り上がるというのもちょっと憧れていた。

 気恥ずかしい気持ちになりながら呟く。


「まぁ……いるっちゃいる」


 脳内には一人の女子が思い浮かぶ。


「それって、神代さんだったり……する?」


 まぁ、こいつも中々鋭いからな。前々から分かっていたんだろう。

 今更驚くことはない。

 でも、そのまますぐに話すというのも面白みが無いのでちょっと焦らしてみるか。


「んー。まぁ……その……可愛い後輩だとは思ったが特に何もなかったな……ってなんか今音しなかったか?」

「そうかい? 気のせいじゃないか? ってか神代さんじゃないの!?」

「まぁ、最後まで聞け。でも、最近までは、だ。あいつと一緒にバイトしたり、バカやってるうちにその……誰にも渡したくないっていうか……そういうのに気づいたんだよ。やっと」

「なんだ、焦らしやがって~。でも、やっぱりそうだよね。見てたら分かるし」

「ちょっと、驚きのリアクションが見たかったんだよ」

「してやられたよ」

「んで今日告る。この後告る」

「え!? マジ!?」

「マジ。ガチマジ」

「ちょっとそっちの方が驚くんだけれど!」


 いきなりのカミングアウト吹き出す海斗。そりゃあ無理もねぇな。


「そっか。じゃあ、完全に僕お邪魔だったね。神代さんが来ないうちに退散するよ」

「おう。あ、こっそり覗き見するとか……」

「しないしない。僕もそこまで野暮じゃないよ。……じゃあ、頑張ってね」

「ん」


 そう言うと、海斗は松葉杖を付きながら校舎に向かい始めた。

 目で追っていると、海斗の向かい側に丁度百瀬がやってきた。少し、胸の中がざわついたが二人は話ながら校舎の中へと入って行った。

 心配していたけれど、あの二人は何だかんだ大丈夫そうだな。

 恋人にはなれなかったらしいが、いい関係が続きそうだと思った。


***


「……こねぇな」


 かなり時間が経つんだが……もう、五時を過ぎてニ十分は経つぞ。

 スマホにメッセージ送っても出て来ねぇし。

 ありうる可能性としてはクラスの片づけ手伝ってるとかか……?

 その場を一旦後にし、一年の教室へと向かう。教室の中は既に片づけられていて、机はいつもの配列に整列している。


「すまん百瀬。神代いるか?」

「いや、いませんよ? もう、帰ったんじゃないんですかね?」

「そうか、分かった」


 再び外のベンチに戻ろうとする。


「ってえぇ!!」

 

 校舎を出ようとしたところで、何かに滑って盛大に転んでしまった。

 カランコロンと何かが転がる。


「……お汁粉と……コンポタージュ? 何でこんなところに落ちてんだ……? それにしても、中々マニアックの嗜好してるやつもいんだな……」


 膝の汚れを払いながら、立ち上がる。コロコロと転がる二本のドリンクを拾うとなんとまだ中身は入っていた。

 ベンチはすぐ横にあるが、神代の姿は見当たらない。

 流石にじれったくてスマホを開く。電話をかけるが……。


「なんで出ないんだ……?」


 その後も校内を探し回ったが、神代の姿は見当たらなかった。


「どこ行ったんだよ……」


 俺が頭を悩ませている時に金岡先生が声をかけてきた。隣にはこの学校のどこかの先生と思われる女性もいる。


「どうしたの? そんなぜぇぜぇ言って」

「いや……神代……って一年なんで分からないですよね。その、後輩がいなくなっちゃって」

「神代さんって……あの神代真鳳さん?」


 俺の言葉に反応したのは、金岡先生の隣にいた女性だった。


「あら、結衣ちゃん知ってるの? 良かったわね皆川君」


 話を聞くと、金岡先生に結衣ちゃんと言われている女性は金岡先生と同期の教師で、神代の担任らしい。


「神代さんなら、さっき学校から出ていくの見たわよ」


 神代の担任はそう言いながら校門の方を指さす。


「ほんとですか!? もう学校にはいないんですね?」

「……と思うけど」

「もう、明日にしたらどうだ? それとも今日は文化祭だしなぁ。やっぱそういう……大事なことか?」


 金岡先生がニヤニヤしながら尋ねる。

 この人こういう話好きなんだよな。妙に勘も鋭いし。


「さぁ」

「じっくり聞きたいところだが君は口が堅そうだからなぁ。そうだな、アドバイスをやろう。こういう時は走り出すんだ。なんか青春っぽいだろ。ほれ、行った行った」

「いや、聞いてないし……ほんと何なんですか……」


 金岡先生に言われるまでもなく、こっちもそのつもりだ。


***


 「何やってんだろ私」


 あの後、行く当てもなく歩き回り、気が付くと公園のブランコに座っていた。

 告白するって決めたのに、自分が意気地なしで嫌になる。


「先輩、怒ってるかな。いや、怒ってるよね。そりゃ」


 辺りはもうすでに暗く、チカチカと近くの電灯の明かりが点き出す。

 先輩、私を探してくれてたりするのかな……。いや、しないよね。だって私のこと何にも思って……ないんだし。

 それでも、心の隅では私のことを見つけて欲しいと思ってしまう。ああ、もうほんとに嫌になる。

 思い返せばいつも先輩のことを考えていた。

 口下手で不器用で運動センス皆無でちょっとエッチで……。でも、優しくて面倒見がよくて頼りになって落ち込んでいる人は放っておけないそんな先輩が大好きだった。

 

「……大好き……なんだよ。湊ぜんばい……」


 視界がぼやけ、手の上に雫が跳ねる。

 ううん、泣いちゃダメ。

 ここで泣いちゃったら、私は何も成長していない。

 もう成功とか失敗とか関係ない。

 先輩に謝ってしっかり気持ちを伝えよう。

 こんな顔見せられない。笑え。笑え私~!


「神代!」

「へ?」


 聞きたかった人の声。

 振り向くと、公園の入り口に先輩がぜぇぜぇと息を切らしているのが見えた。


***


 軽く町内マラソンをした気がする。よくこんな走れたもんだ。

 途中、転んでズボンも破けてしまった。

 大きく深呼吸をして、呼吸を整えながらブランコの方へと歩き出す。

 ブランコには座っているのは確かに神代だ。


「先輩……その、いきなりいなくなってすいませんでした」

「ああ、まったくだ」


 神代は沈んだ表情でつぶやく。

 俺は少し笑いながら、空いている方のブランコへと座った。


「少し、話をしてもいいか」

「私も言いたいことがあります」

「じゃあ、俺から……で、いいか?」


 こくりと頷く神代。

 心臓は今にも飛び出しそうだ。


「その……俺は……好きだ。神代が」

「……え」

「泣き虫でお調子者でちょっとお馬鹿で……でも、人懐っこくて優しくて何よりも明るい神代が好きだ」

「先輩……」

「だから……その良かったら……付き合って……」

「わだじもだいじゅぎでず~~~!!!!!!」

「ちょ……まっ!」


 俺の最後の言葉を言い終えるまでに神代はブランコを離れ、こちらへ飛びついてきた。

 重さで耐え切れず二人してブランコから転び落ちる。

 顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。

 世界が反転し、夜の空には綺麗な月が見えた。


「一応聞くが……その……答えはオッケーなんだな?」

「当たり前です!」

「そ、そうか。……そういえば神代は何言おうとしたんだ?」

「えーっと……私も……その……月が綺麗ですね……ってやつです」

「……そうか」


 その言葉を聞いた後は、お互い何も言わず、しばらくの間、俺達はお互いの体温を確かめるように抱き合っていた。

 

***


 商店街の端にある隠れ家的なカフェ。


 店内には親父の趣味か、レトロ感漂う雑貨やポスターが飾られていて、どこか外の世界とは切り離されたように感じる。


 親父が経営するこのカフェで、俺こと皆川湊みなかわみなとはアルバイトとして働いている。いや、こき使われているといった方が正しいかも。ぴえん。


 と言っても、客は一日に数える程度。


「ってこれ前にもやったな……」


 すると、ゆったりとした店内の音楽を遮るように入口のドア・チャイムがカランコロンと鳴った。


「いらっしゃいませー」


 いつもの調子で言いながら、視界をドアの方へ向けると、見慣れた少女が一人。


「湊先輩おつでーす! 今日も頑張っちゃいましょー!」

「なんだ、真鳳か。はいはい、お疲れお疲れ」

「なんだって何ですか!? なんだって!」


 相変わらずプンプン怒る真鳳。

 それにつられて笑う俺。


「さぁ、今日も働きますよ! 頑張ったらこの可愛い彼女からのあっついキッスが待ってますよ~!」

「まったくこいつはすぐに調子に乗りやがって……」


 うししと笑って、真鳳は荷物からエプロンを取り出す。

 冗談と分かっていても、そういうセリフは心臓に悪いんだよ。……嫌じゃないけど。

 ……よし。

 周りを見る。今、まだ誰もいない。


「あ、そういえば真鳳」

「ん、なんですか? ってえ?」


 振り返り油断している真鳳の唇に俺の唇を重ねる。

 ぷにっとした柔らかい感触に思わず驚く。


「……仕返しだ」


 やってから恥ずかしさがこみあげてくる。

 ってか流石にいきなりすぎか……?

 考えていると、俺やっちまったんじゃね? と後悔がこみあげてきた。

 恐る恐る様子を伺うと、真鳳はもじもじしながら言葉を続ける。


「その……私、初めてなんですよ……。もう一回ちゃんとしたいです……」

「お、おう……」


 え? いいの? もう一回やって。

 真鳳はもうとっくにスタンバイオーケーらしく、目を閉じている。

 頬はどことなく赤っぽい。

 さっきまであんなに調子乗ってたのに……ああ、可愛いなこんちくしょう。

 心臓が飛び出しそうになりながら、もう一度唇を近づけようとしたその時。


「真鳳いるー!?」

「湊ー! 今日もホットコーヒー頼むよ~」

「湊も神代ちゃんもしっかり仕事しとるか~?」

「神代さんと皆川くん前の話、聞かせてよ~」


 ……


「「「「あ」」」」


 扉にはお揃いのコスプレをしている海斗と百瀬。それに親父と金岡先生に真鳳の担任もいる。

 ってかなんでこんなにもみんな勢ぞろいなんだよ。


「「い、いらっしゃいま……せ……」」


 声を震わしながら挨拶する俺と真鳳。

 やめて! 何も言わないで!!


「し、仕事に戻るぞ 真鳳!」

「は、はい!」


 もう遅い気がしたが、いつも通りの業務を始める。

 コーヒーの用意をしていると、真鳳が耳打ちをしてくる。相変らずあざとい。

 

「先輩、これからもよろしくお願いしますね!」

「俺もだ。よろしくな」

「あと、さっきの続き忘れないでくださいね」

「え」


 とびっきりのクソ可愛い笑顔でそう言葉を残すと、お調子者な後輩……いや、お調子者な彼女は仕事へと戻っていくのだった。

 

 おわり

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