第35話 みんなでお菓子作り

「で、なんであなたがいるのかなー」

「たまたまだよ。僕もこのカフェの雰囲気が気に入ってるんだ」

「……本当は?」

「神代さんから情報を仕入れ、百瀬さんが今日ここに来るということを事前に察知し、この店でスタンバってたのさ……ぐはっ」


 カウンター席の隣に座っている黒沢に、相も変わらず容赦のない突きを繰り広げる百瀬。

 そして相変わらずのストーカーっぷりの海斗。捕まるよ? そろそろほんとに。


 競技会から数日経ち、またいつも通りの変わらない日常が返ってきた。

 いや、明らかに一つ変わったことがあるな。


「……で、絵里と黒沢先輩ってどういう関係なんですか?」


 コーヒーを作りながら尋ねる神代に、ふふふと不敵な笑みを浮かべる海斗。


「あれは蒸し暑い夏の日だった……」


 あ、これ長くなるパターンだわ……。

 その後、海斗によるクソ長い自分語りが始まった。なんかこいつ知れば知るほど残念なやつに思えてきたな。他は完璧なのに。


「……よーするに、絵里があるイベントでコスプレをしているところを黒沢先輩が一目ぼれしてファンになり、追っかけている内に偶然同じ高校ということが発覚して、今に至ると……?」

「そういうことだね」


 うなづく海斗に少し不機嫌な百瀬。そんで神代は解説ありがとさん。


「それにしてもそんなこともあるんですねぇ~。絵里自分の話はあんまりしないからなぁ~」

「いや、あっちが勝手に思ってるだけで私にとってはいい迷惑だから。……あっ、あのポスター。ハロウィンに何かイベントやるんですか?」


 話を反らしたいのか、百瀬が店のあるポスターを見て呟いた。大きなパンプキンのイラストに参加者募集!! と書かれている。


「ああ、そうだ。せっかくだからイベントでも行おうと思ってる。取りあえず子供向けにお菓子作りでもやろうかと計画してるんだが」

「へぇ~楽しそうですね。私もそれ参加しても良いですか? ……あっ、でも子ども向けじゃあだめですよね~」

「うーむ……。あっ、それなら子どもたちに教える側として参加してくれないか? 去年は割と人気だったから今年も子どもがたくさん来ると思うんだ。もちろん礼も渡す」

「ええ! 良いんですか!」

「ああ、もちろん。だが参加するんだったら、イベントの前日に俺と神代ので当日のイベントの進行や作るお菓子の確認する予定だったから、そこにも参加してくれ」

「あ、ああ……えーっと……」


 顔が明るくなったと思いきや、途端に少し言葉を渋る百瀬。遠慮しているのだろうか。そんな中威勢よく手を挙げる海斗。


「百瀬さんが参加するのなら僕も参加するよ!!」

「んー私、まだ参加するって言ってないんだけどなー」

「任せてよ! 僕こう見えて料理得意なんだ。お菓子もそこそこ作れるから!」


 冷たい声音で答える百瀬に動じず、どんどん話を進める海斗。最初は返事を渋っていたが、その強引さに百瀬も折れ、最終的には参加することとなった。

 それにしてもさっきのあの困ったような顔は何だったのだろうか。……まぁ、いい。


「良かったな神代。人手の確保は十分に出来たぞ!」

「……そっ、そーですね」

「……ん? どうした? 神代。お腹でも空いてるのか?」

「空いてませんよ! 先輩のデリカシーなしっ! ほら、私注文取ってくるんで先輩は早く手を動かしてください!」

「お、おう……」


 そう言って少し不機嫌な神代はスタスタと行ってしまった。


「あいつ急にどうしたんだ?」

「はは、私も後でちょっと謝っとかないとな~」


 ちょっと苦笑いで俺の言葉に答える百瀬。謝る? なんで?

 むむむ、本当に女子というものはよく分からん……。

 

***


 次の週に再び俺達はカフェに集まった。ちなみに今日は店も休みでいるのは俺達四人だけだ。

 俺と神代はいつもバイトで使っているエプロン、百瀬と海斗は各々自宅から持ってきたものを使っている。

 

「という訳で説明はこんな感じだが……どうだ?」


 今回作るのは子ども向けということもあって、レシピも簡単なプレーンクッキーだ。


「任せといてよ」「よーし、やりますよ~」


 爽やかに答える海斗と張り切って腕をまくる神代。

 神代は料理が出来るのを知っているし、海斗も一年の頃家庭科の実習で一緒だった時にその実力を垣間見たことがある。

 百瀬は料理しているところは見たことがないが……まぁ、大丈夫だろ。そういうの器用そうだし。

 しかし、その予想は見事に裏切られることとなる。


***


「……なんだこれは」

「え? クッキーですけど」


 百瀬のバットにはおぞましい黒色の形をしたクッキーみたいな何かが乗っていた。


「……あの、百瀬さん? ちゃんとレシピ通りに作った? いや、そうとうこれレシピに反旗翻さないとこうはならんぞ……」

「ま……まぁ、私こういう料理はちょっと苦手で……」


 ウジウジと人差し指と人差し指をくっつけ答える百瀬。そのしぐさは可愛らしいが……。


「ちょっと……ちょっとねぇ……」

「で、でもほらっ! あれですよ湊先輩! 食べてみたら意外と美味しいみたいなこともありますって!」


 軽く引いている俺にすかさずフォローをする神代。

 ちなみに神代のクッキーには器用にチョコでネコやパンプキンなどのイラストが描かれていた。相変わらず器用なやつだ。


「……そうだな。……じゃ、じゃあ神代味見よろしく」

「……ッ!!!」


 絶望に満ちた顔でこちらを睨みつける神代。すまない。俺は神代の分まで強く生きます!


「じゃあ、真鳳感想よろしくね~」


 百瀬にそそのかされ、フルフルと手を震わせながらその物体を掴む神代。

 ……南無。心の中で祈った時だった。


「百瀬さんのクッキー……先駆けはさせないよっ」


 気付くとさっきまでオーブンでクッキーを焼いていた海斗がこちらへやって来るや否や、ひょいと状態もよく見ずクッキーを口へと入れた。


「……ウウ”ッ」

「海斗!?」「黒沢先輩!?」


 か弱い声の後、海斗はバタンとその場に倒れてしまった。


「……お、美味しい……よ」


 掠れるような声でそう述べると海斗は役目を果たしたように気を失った。

 ……それにしてもこいつの百瀬に対する執念には敵わないな。


「え~私のクッキーってそんな気絶するほど美味しいんだ~」

「「はははは……」」


 百瀬の声に苦笑いする俺と神代。あれが自分だったらと考えるだけで恐ろしい。

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