第15話 ラテアート

「ん……」


 いったいどれくらい気絶していたのだろう。

 気付くと、いつの間にかおでこには冷えピタが貼られていた。

 ひんやりと気持ちがいい。


「あ、目が覚めましたかドスケベ先輩」

「お、おう……」


 気が付くと、テーブルを挟んで向かいに神代が座っていた。手には白いカップを持っている。

 あれ、今こいつドスケベとか言った? 聞き間違い?


「お腹空きましたか? ドスケベ先輩」

「うーん、それほど」


 うん、ないない。ちょっと明日ぐらいに耳鼻科に行った方が良いのかもしれないな。


「冷えピタも……まぁ……その……ありがとうな」

「いいですって~ ドスケベ先輩!」


 ……ってなわけあるかああああああああああ!!!!!


「ちょい待て神代!!! さっきから? 俺の聞き間違いだったら良いんだが、なんか……ドっドスケベとか言ってない?」

「言ってますよ。ドスケベ先輩」


 すっごい笑顔ーーーー!!!! 怖いくらいの笑顔ーーーー!!!!


 これめちゃくちゃ怒ってるじゃん! いやでもあれは事故じゃん! しょーがないじゃん!! 俺も気づいてたら二三回も揉まなかったし! 

 一回で終わってたし! ……一回揉むんかい!!!


「いや、ほんと悪かったて……。この通りだマジで」


 ……まぁ、事故とはいえ俺が悪いしな。事故とはいえ。

 ただ許してくれるかどうか……。

 そっと目を開き神代の方を見る。

 すると、神代はやれやれとため息を吐き、手に持っていたカップを机に置いた。


「……もういいですよ。わざとじゃないの分かってますし、ちょっとからかってみただけです。……私も病人に向かって物投げちゃったのは反省します。お見舞いに来たのに……ですよね。その……ごめんなさい」

「神代……」

「あっ、でも全然先輩の方が重罪なんで。A級戦犯なんで」

「つら」


 何はともあれ許してくれたようだ。(多分)

 話が一段落すると、神代はさっき置いていたカップに手を伸ばす。

 そういえば少し前からほんのり甘い香りがするが、何を飲んでいるのだろうか。


「それ、コーヒーか?」

「ラテアートですよ。最近、私バイト後にちょこちょこ練習してるんですよね」


 ラテアートとはマキアートやカフェラテの表面に、ミルクなどで美しい模様を描いたものだ。味だけでなく見た目も楽しめるため、注文する客は一定数いる。


「ほうほう。あれ中々難しいからなぁ。俺も簡単な模様しか書けないわ。ちなみに今日はどうだったんだ? 上手くいったか?」

「そうですねぇ……、今日のは割と良いのが描けたんですけれど……あっ、そうだ! 一杯、先輩の分作りましょうか? あ、でもスポーツドリンクがあるか……」

「まぁ、スポドリは保存効くし明日にでも飲むわ。ちょっと俺も気になるし」

「わっかりましたー! じゃ、今から作ってくるので少し待っててくださいね!」


 そういうと、神代はカップを再びテーブルに置くと、パタパタと部屋を後にした。


***


「それでは先輩。どうぞ」


 少し時間が経ち、テーブルに差し出されたカップをそーっと覗く。

 そこには茶色の背景に、ミルクで可愛い熊さんが描かれていた。

 プロのバリスタが作ったと言っても疑わないレベルだ。すげぇなおい。


「正直予想以上だわこれ。二カ月でここまで描けるものなの? 軽く俺引いてるもん」

「ふっふっふ……それでも~ありますかねぇ~! すっごい練習しましたもん」


 どやっと胸を張る神代。流石絵が得意なだけある。ほんと器用だよな。


「ささっ、冷めないうちにどうぞ。まっ、夏場なんで冷めても美味しいですけどね」

「おう、いただき……」


 カップを口に近づけようとした時だった。


「ああ……」


 少し寂しそうな顔をする神代。


「?」

「いえいえ、どうぞ」

「お、おう、いただき……」

「あぁ……」


 再び寂しそうな顔をする神代。


「……神代?」

「お気になさらず」

「……そう?」


 しかし、もう次には表情が沈んでいる。

 いや、凄い罪悪感なんだが!!!!!!!!


「ちょっと神代? そんな悲しそうな目で見られると俺も飲みづらいんだが……」

「あの……結構な傑作けっさくが出来上がってしまったもので……」

「まぁ、分からんでもないが……。そうだ。写真にでも残したらどうだ?」

「それいいですね! そうします! これで心置きなく見送ることができます!」

「なんか嫌な言い方だな……」


 そう言うや否や、神代はパシャパシャと携帯で写真を撮りだした。


「お~中々いい写真が撮れましたねこれは」


 どうやらご満足のようだ。


「めちゃくちゃ良いですよ。先輩も見ます?」

「ま、今実物見たけどな」


 そう言いながらも顔を神代の携帯の方へ近づける。こ……好奇心には勝てないっ!

 しかし、映っていたのはラテアートではなく、自分の顔だった。


「え? ナニコレ」

「はい、シャッターチャーンス」


 そう言いながら、神代は素早く画面のボタンを押すとパシャリと音が鳴った。


「湊先輩のマヌケな顔ゲットだぜ~」

「おい、消せこら」


 こいつ嘘ついて、内カメラ使いやがったな!

 ちらちら見せてくるが、自分でも恥ずかしくなるほどの間抜け面だ。


「この紋所もんしょが目に入らぬかー」

「やめろ! 目に入りすぎて恥ずかしいから!」

「ふっふっふ……消して欲しいですか?」

「はい、消して欲しいです」

「では一つ課題を与えるのでそれをクリアーしてください」


 また無茶難題言うんじゃなかろうな……。

 しかし、その心配は杞憂だった。

 一指し指をぴんと伸ばし、言葉を続ける。


「しっかり風邪を治して、私と花火を見ることです!」


 にっと笑う神代。

 たとえ、どんなお願いでも聞いてしまいそうなその笑顔に思わず胸がドキッとする。


「ね? 湊先輩っ」


 ああもう何だ、ほんとに調子狂うわこの子。

 


 



 

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