第2話 意外な特技

 時計の短い方の針が八の字を過ぎた頃、客の出入りもだいぶ減った。

 残すは向かいの席に座っているお客さんのみ……か。そろそろ締めの用意しないとな……。


「先輩! 先輩! 結構私も仕事出来るようになりましたよね~。いやぁ、私飲み込み早いからなぁ。流石私! 先輩もそう思いますよね!? そう思いますよね!?」


 ぐいぐいと近寄りながら尋ねる神代。距離感バグってんのかこいつ。

 あ、でもいい匂いするな……っていかんいかん。


「出来てる、出来てるからちょいと離れろ暑苦しい」

「きゃっ、先輩ったら乱暴なんだからっ」

「いや、何もしてないだろ……」

「そういえば先輩、見てください! この二カ月の鍛錬でこんなことも出来るようになったんです!」


 そう言いながらトレイを人差し指の先で器用にくるくると回す。ピザ職人かよ。


「どうですか先輩! 凄いでしょ! これが二カ月の成果です! これで世界目指します!」


 うん、仕事しろ。

 とは思いつつも、近くにあったトレイを手に取り、試しに回してみる。

 好奇心には……かっ勝てないっ!

 ……が、すぐにこてんと落ち、カラカラーンといった音がホールに響いた。


「あれれぇ~先輩できないんですか~??」


 うわ、凄いどや顔してくる。


「るっせ。こんなことしても仕事の役に立たないだろ。くだらないことしてないで……」


 俺がそう言いながらその場を去ろうとした時だった。


「うわあああああああん!」


 店内に響き渡る泣き声。

 振り返ると、遠くの席にいた母親と思われる女性が赤ちゃんを泣き止ませようと抱っこしようとしている。


 きっと、さっきの音にびっくりして、赤ちゃんが泣き始めてしまったのだろう。

 これは完全に俺の失態だ。

 早く謝りにいかないと……! 急いでお客さんの方へと向かう。


「先ほどは大きな音を出してしまい、申し訳ございませんでした!」

「いやいや、構いませんよ。ほーら、よしよし~」

「おんぎゃーーーーーーー!!!!!!」


 お客さんはそう言っているが何とかしなければ……。

 ……あっ、そうだ!


「ほら~いないいない……ぶわぁああああああ!」

「……」


 ……いけたか?


「ぶえええええええええんんんん!」


 はい、だめでしたぁぁぁああああああああああ!!!

 え、まじどうしよう。さっきよりひどくなってない? 状況悪化させたせいか、お客さんの目もちょっと痛い気がするし……。


「やれやれ、仕方ないですね……先輩は」


 俺があたふたしている間にいつの間にか神代が横に立っていた。


「……かっ、神代……」

「先輩はそこで黙って見ていてください」

「おっ、おう……」


 え? 何これ。バトル漫画でも始まるの?

 ぽかんと口を開ける俺には目もくれず、神代は赤ちゃんの方へ向かう。


「ぶえええええんん!」

「は~い! 真鳳ちゃんだよ~! このまん丸をよーく見ててね~! まんまるまんまるく~るくる~」


 すると、神代はさっきやったようにトレイを器用に指先で回す。


「も一つおまけにく~るくる~さらにも一つ~さらにもう一つ~」


 どんどんトレイを追加し、五枚六枚と重ねていく。なんかケーキみたいだな……と思いながらも視線を赤ちゃんへと向ける。

 認めたくないが赤ちゃんはいつの間にか泣き止み、くりゅくりゅ~と神代の芸を楽しんでいた。


「最後は大技! ご覧あれ!」


 そう言い、トレイを宙へと飛ばす。

 瞬間、その場にいた人全員の視線は奪われていたと思う。

 宙に舞った五枚のトレイはバラバラに別れ、両手で二枚ずつ、そしてラストの一枚は頭の上でくるくる回っていた。


「ありがとうございました~!!」


 神代は頭のトレイを手に取りながら、丁寧にお礼を言う。

 赤ちゃんが笑顔になっているのはもちろん、母親もすごーいと拍手までしてしまっている。


「どうですか? 先輩」


 振り向き、ふふんと誇らしげにほほ笑む神代。


 ……あの、さっきの発言取り消します。割と世界目指せると思います。



 


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