#21or76:青息or吐息

 初っ端喰らったダメージは「4」。残るライフは「6」。早々に押し込まれた感だが、落ち着け。


 「ライフ」はカネで買える。


 「1ライフにつき十万」とか細則に書いてあったが、各投擲前にいくつでも何度でも購入は可能ともあったよな……ここは補充しておいた方がいいのでは。持ち金は百六十万。負けたらすべて失ってしまうことを考えると、ここは「買い」なのでは……ただ、ライフを買ったカネは供託ではなく、胴元に吸収される、はず。細則にはどうとは書いてなかったが、「供託」とも書かれてなかった以上、そう受け取るべきだろう。とか考えていたら。


「おぅい、ライフ買ったカネをよぅ、ただ回収しちまうってのも無えんじゃねえかぁ? カネ持ってる側にせこせこ粘られるだけの退屈展開もよぉ、くそつまらねえと思うんだよなぁ」


 スキンヘッドを暖色の照明にテカらせながら、何ていうか53番がそんなしゃがれた声を繰り出して来やがった。何だと?


「確かに確かに。せっかくリードを奪ってもカネの多寡じゃないかというその御指摘、ごもっともでございますね。では『半額』、相手方にバックするということでいかがでしょう? テラ銭五十パーセント。そこそこ良心的なのでは?」


 それに天城も乗ってきた。「細則の随時改訂」。そんなことも言われてた気もするが、行ったり来たりしたら結局は主催が吸収してしまうんでは? 分からないが、奥のスクリーンに手書きで書かれた細則が付け加えられる。つまりは「2ライフ」を購入したら相手に「1ライフ」買えるだけのカネを渡してしまうということになるのか。しかしそれでも当座を凌ぐために購入は必須と思われるが。


 次に相手の「9」がこちらの「3」以下に当たったのならば呆気なく死ぬ。その確率は六分の一、多分。六連リボルバーのロシアンルーレット。そんなリスクをわざわざ冒すことはない。とりあえず次投における完全安全圏に至る「4」を買い戻すべきだ。四十万は割と痛いが、そうも言ってられねえだろ。相手に「2」渡してしまうことにもなるが、背に腹は代えられない。


 とか思っていたら案の定また。


「……」


 沈黙の構え……? シンゴは黒服の手によって自分の手元に戻された赤いサイコロをぼんやりと見つめながら、ただ次戦を待っているだけだが。たまりかねて耳元で怒鳴ろうと構えた俺だが、


「リンドーくん、言いたい事は分かっている。でもここはお金を使う局面じゃあないよ。今にきっと、どうともならなくなるような鉄火場がやって来る。その時のために一円でも無駄遣いをするわけにはいかない」


 唇を動かさない、周囲一間くらいにしか届かないような低い声でそう制される。こいつの何者かへのハマり方は一体何なんだ。ひどく似合わないニヒルキャラが乗り移っているかのようだが。


「六分の一を切り抜けられないようなら……それはそこまで、と僕は考えるよ。それにこの戦いは振ったサイコロの出目を競うっていうような単純なものじゃないはずだ」


 こいつは何事かを狙っているのか? それに「六分の一」……局面は把握しているってことか。でもそこまで理解していて何で安全を追わないんだよ。


「手の内を見せるのは……確実に勝ちが拾えるその瞬間になっても遅くはない……」


 何かの受け売りのような名言じみたセリフを呟きだしたが大丈夫なのだろうか。第二投。これにて終わってしまう未来がチラついて来ていて俺は落ち着かない。が、もうここはシンゴの策的なことに賭けるしかねえ。


 余裕の表情を見せるスキンヘッドと再び「ボウル」を挟んで対峙する。頼むから「9」だけは出さないでくれ。「ダイス」の掛け声と共に傲岸表情のまま青のサイコロを振り入れたスキンだったが、


「……!?」


 シンゴは赤サイコロをボウル上空で親指人差し指で保持したまま動かず……? これは一体? スキンも不遜の困惑顔を一瞬見せるが、そうこうする内に出たその目は……何とまたしてもの「9」。こいつの持った「運」って奴は本物だな……「六分の一の死の未来」のうち、「三分の一」が確定してしまった。残るはこちらの出目の「二分の一」。「4」以上を出すしかねえ。切羽詰まったかのような状況に陥ったと白目になりかけた俺だが、シンゴの行動はそこからが素早かった。


「!!」


 ボウル底で静止している、青のサイコロ目掛け、それにぶつけるようにして赤にスナップを利かせながらの投擲……!! 相手の目を待って確認してから投げる……強い目が出てしまった場合、そこに物理で干渉する……!! つまりは「9」をキャンセル出来るってことか。こいつ考えてやがる。細則ルールへの抵触は現時点では無さそうだ。何より天城が満足そうな顔で微笑んでいる。こういう駆け引きも……勝負のうちだと、そう言っているかのようだ。


 いける……そう思った、が、正にの、


 その刹那、だった……


「く、クククカハぁッ!! 随分小細工カマしてあざとく立ち回ったかのようだけどよぉ……そういうの、女神さんはお気に召さなかったらしいなぁ~?」


 わざとらしいほどのひん曲がった笑顔をボウル越しに突き出してきたスキンヘッドののたまいは、


「……!!」


 正に、その通りであったわけで。ぶつけ弾いた青は確かに再び出目をキャンセルさせられたものの、再度、天面を向いて指し示したのも「9」だった、わけで……対する赤は「4」。首の皮一枚で残れたが、状況の芳しくなさはハンパねえ。何より何をやっても勝てる気がしない……が、


「9が出てしまったのなら……これしか方法が無かったからそれはしょうがない。そして最低限の『六分の一』潜り抜けは成したんだから、いい流れが来たと思って次に賭けよう、うん」


 しかしそんな状況でも、すぐ横に見える丸顔には焦りも絶望も何も、ネガティブな感情は宿っては無さそうだった。いやこいつ……大した輩なのでは。が、このどこからどう見ても悪い流れの真っただ中で……一体どうすんだよ……っ?

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