第8話 迷子の 迷子の 勇者さん~

声が聞こえる。


名前を呼ばれたものが振り向くと広い草原のなか1人、2人、3人と影がみえた。3人のうち1人が手を振りながらそのものの近くまで走ってくる。茶髪の女であった。狼顔の男であった。黒髪の男であった。


「クレイ!」


その娘ははにかみ、腕を伸ばした。それにつられてクレイもまた笑おうとした。


場面が一瞬で変わり、雨が降っていた。髪に染み込んだ雨が目に入りそうになる。座り込んだクレイが抱えていたのは……………腕であった。自分に笑いかけたあの娘の、優しいぬくもりを与えたあの娘の


「ぁ、ああぁぁ、ああ、あぁぁああぁああぁあああっ!」


血に濡れた身体から獣のような叫び声が聞こえてきた。


* * * * * 


「──っは!」


早朝、汗で濡れた身体を起こしクレイは目を覚ます。呼吸をするのも嫌になるほど息苦しかった。


「…………また、か」


脱力し、抱き締めていた剣をはなす。疲れがとれている気がしないのだ。


「………準備をしよう……」


誰かに伝えているわけでもなく、ぽつりとクレイは呟いた。

鎧を身につけ、原初の白銀を携えてクレイは部屋をでた。重い身体を引きずるように階段を下りていく。


『遅いわ、阿呆が』


魔王の声を聞けば重かった身体はまた重くなってきた。ストレス製造機なのかもしれない。


「……なにをやっているんだ、貴様は」


魔王は呑気にパンに手をつけていた。しっかりときつね色に焼かれたパンが魔王の口腔へと入っていく。


『この我に渡してきたのだ、そこの黒いのが。気がきく奴である』


「それ配布品なんであなただけにあげているものじゃないですよ」


クロエがそういってパンが入ったかごをもってでてきた。クレイに気づくと軽くペコリと頭を下げた。


「おはようございます。あれ、しっかり寝れました? 顔色悪いですよ」


クロエは心配しているから、ではなくただ単に気になっただけであろう質問をした。


「……問題ないよ、よく寝れた。それに朝、体調が悪いのは慣れているんだ」


力なく笑うクレイにクロエは疑問をもったが客の都合に深入りするのはギルドとしてよくないことだと言い聞かせてそれ以上気にすることはなかった。


「あ、パンどうぞ。おいしいですよ」


クロエはかごからパンを取り出し、クレイに渡す


「……ありがとう。ん、うまいね」


「ども、好きなのがあったらいってくださいね」


パンを口にしたクレイに手を振ると別のパーティの方へといってしまった。

一口、二口でパンを食べ終わったクレイは魔王が座っている席へと向かった。


『なんだ、勇者。我のはやらんぞ』


「そんなに私はがめつくない、それに貴様の食ったものなどいらん」


朝から元気に言い合いをする両者であったが、クレイが話の方向を変えた。


「今日はあの図書館というのにいこうと思う」


『……何故だ?』


「この地のことを知るためだ」


腕を組み、魔王を見据える。


「本当にこの地はケイロス国とつながっていないのかを確かめにいく、貴様も来い」


『断る』


間髪入れずに魔王は答えた。最後の一欠片となったパンを口に放り込む。


「ケイロス国に帰るつもりがないのか……」


『面倒なことをするつもりはない。もしその図書館とやらに情報が何もなかったのならどうする? ただ時間を無駄にしただけであろう』


「……行かなければ分からないことだ」


『ならば貴様一人で行け』


我はここに残る、と椅子から立ち上がり二階にある自分の部屋へと帰っていった。


「ちっ、なんのために同盟を組んだというのだ……!」


クレイは魔王と同盟を組んだことを後悔しながら図書館へと向かっていった。

ギルドからでて図書館へと向かうクレイの姿を二階の部屋で魔王はじっと見つめている。


『そんなに我を殺したいか………』


呟いたその声にはどこか憂いを帯びていた。


* * * * * 


クレイは今国立図書館にいた。

沈黙のなかクレイの足音だけが館内に響く。どこもかしこも棚にきれいに整理された本ばかり。周りには何人か人がいて、皆黙々と本にかじりつくかのように読んでいる。


「(すさまじい集中力だな)」


クレイが集中できるものと言えば修行くらいなものであるため、ここにいる人の集中力はクレイにとっては違うものだった。クレイは本棚を交互に見てこの地の歴史についての本を探し、そして──迷った。ダンジョンのごとく広いこの図書館で。


「ここは、どこだ……」


広すぎる図書館のなかで迷子になってしまったのだ。本に囲まれているためこれといった目印がない、それで方向感覚がおかしくなった。


「どちらからきたのかも分からなくなってきたぞ」


外であれば太陽や星をみれば分かるのだがいかんせん室内のため今自分が東西南北どちらを向いているのかも分からなかった。ぐるぐると思考を回転させていると声をかけられた。もちろん図書館のため小声である。


「あのー、大丈夫ですかー」


「……!」


振り向くと尖った耳で黄色い髪のエルフの少年がいた。クレイよりも背が低い。少年が着ている緑の大きなローブには所々花の模様があった。


「もしかして、迷ってる?」


「そのもしかしてなんだ……」


クレイはなんとも恥ずかしいところを見せてしまったととこうべを垂れた。同じような光景の場所を歩き続けているためたどり着けるところもたどり着けなかった。


「本当はどこに行きたかったのです?」


「この地の歴史などを知りたくてね、探していたんだが……」


「歴史コーナーはこことは逆の方向だよ?」


まさかの逆方向へときてしまっていた、とクレイは手を自分の額に当てる。きっと魔王がいればここがどこであろうと大声で笑うだろう。いなくて本当に良かった。


「そうか、教えてくれてありがとう。助かったよ」


「いえ、というか案内します。また迷ったら大変だよ」


エルフの少年はにこっと笑うときびすを返し、クレイに背中を向ける。そして顔だけ振り向き、手招きする。


「ほら、こっちです」


こうしてクレイは親切なエルフの少年に迷宮のような図書館を案内してもらった。案内されてばかりである。最初の場所から歩いて5分程……。


「ここだよ~」


エルフの少年が立ち止まり、クレイの方へと振り替える。確かにここには歴史の本や伝記がきれいに収められていた。赤や緑の表紙に金色の文字が並んでいる。


「かなりの数があるんだな」


クレイが上を見上げ、ぐるりと首を回す。何でも歴史の本はこの図書館のなかで一番多いジャンルで図書館に寄贈されている本の60%を占めているという。だが、その分求めているものを探すのに手間取る。脚立などを使って懸命に探す人の姿も見れた。


「それじゃあ、僕はここで。探してる本、見つかるといいね」


手を振りながら少年はクレイから去っていった。クレイも静かに礼をすると本棚の方へと向き直り、望む本を探し始めた。まずはこの本棚から。


* * * * * 


ページをめくっていると肩を誰かに優しく叩かれた。振り向くと困ったような顔をした司書と思われる女性がいた。恐る恐るといったふうに司書は口を開いた。


「あの、閉館時間ですので……そろそろ……」


クレイは瞬きを繰り返し、辺りを見ると誰一人として図書館に残っていなかった。誰もいなくなっている。


「す、すまない。すぐに片付ける……!」


「いえ、片付けは私がやるのでもうでてください!」


司書から手を引かれ、背中を押され、言わば追い出されたような形でクレイは図書館の外へでた。辺りは暗く街灯の光と店の明かりだけが頼りであった。月も雲で隠れている。

ギルドへと戻り、木造の扉を開けた瞬間


『遅いわ、阿呆がっ!!』


言うと思ったとクレイは頭のなかで溢した。朝と同じ言葉を今度は怒りも交じって言われた。しかも声がでかい。周りのパーティも驚いているようで箸やスプーンの手が止まっている。


「………熱中していたら遅くなっただけだ」


『はっ! どうせ居眠りでもしていたのであろう。それよりも我を待たせた罪は重いぞ!』


「……遅れたのはこちらの非だが、貴様も声の大きさを考えろ」


周りの客はまだ固まったままであるし、外から聞こえてきたのか野次馬も何人かいた。


『ちっ、光に集まる虫か此奴らは』


くだらないとローブを翻ひるがえし、元いた席らしき場所に座った。その席のテーブルには水とパンが籠で置かれていた。食べていたのだろう周りのと比べると少し減っている。クレイもその席へと行き、魔王の反対側の席に座った。


『……情報は? これだけ待たせたのだ、何もなかったとは言わせん』


魔王は腹でも減っているのかパンを掴み、欠片を放り込んだ。魔王でも腹は減るのだろうか。今日何もしていないというのに。


「一応あった。だが……」


クレイは顔を暗くなり、目の前に出されている水を一気飲みする。喉へと入っていく冷たさが消えたあとクレイは口を開いた。


「私が読んだ文献のなかには一言も一文字もケイロス国という言葉はなかった」


魔王はパンをもつ手を止めると勇者に視線を向けた。視線の先には額を指でおさえているクレイがいた。クレイ自身も理解して言ったわけではない。理解できていないまま魔王に情報として言ったのだ。


『何故だ? 何故ケイロス国についての文献がないと言うのだ』


「私に聞くな、私もまだ状況を理解できていない」


額をおさえたまま目線だけを魔王へうつす。声からも焦っているのがよくわかる。ここはケイロス国から遠く離れているからその文献がないのかという思考にはいりたかったが、リルトと出会ったあとであるためその線は薄いと考える。


「……ここはどこなんだ、このアリアステレサなどという国も一体……」


考えれば考えるほど頭痛がしてくる。身体が現実逃避を求めているようだった。クレイが頭を抱えていると魔王がテーブルを爪で叩いた。


「? どうした……」


『こんな話を知っているか……』


話とはこうだ。


ある国に一人の賢者がいた。嫌うものがいないほど、その賢者は皆から愛されていたという。ところがある日賢者が行方不明となったのだ。皆で探したが、見つからずどんどんその賢者の記憶は年月を重ねる度に薄れていった。賢者がいなくなって30年。突然自分は賢者だという者が現れたのだ。それにその姿は失踪したときから変わっていなかった。皆驚き、それぞれ質問していけば全て答えることができた。皆喜び、宴を開いたがある者が賢者に聞いたのだ。


『貴方はどこにいたの?』と


賢者はそれに答えた。


『こことは違う世界にいたんだよ』

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