第16話 天賦のカラクリ

 二人が場を持たせてくれている隙にシューズの右足首の前部辺りを確認していた霧矢が眉を寄せる。

(なんでそこが切れてるんだよ……)

 戦闘用ブーツの足首の繊維が浅く切れている。出撃前、これを投げて寄越してきた唯の言葉が脳裏をよぎった。確か、すめらぎ会とやらが開発した防刃繊維がどうのと言っていたはずだ。……いや、それ以前に。

(さっきの攻撃、確か手刀だったよな……。だとしたらコレが切れるのはぜってぇおかしいだろ、クソが)

 心の中だけで吐き捨て、ワイシャツごとピンマイクを引っ張って二人に呼びかける。

「おいてめーら。聴こえるか」

「はっ、はい」

「あーうん、聴こえるけどさぁ! 僕そんな横柄な後輩やだよ!?」

「今それ関係ねーだろ!! ンなことよりソイツ、どう考えてもただ銃弾ぶちこむだけの天賦ギフトじゃねェぞ」

「……っ!」

 後方で様子を見ていた雫が息を呑む。腰にくくりつけた装備からスタンガンを選び取り、彼女は先程の光景を確かめるように数度頷いた。

「……そう、ですね。私もさっき、あの人に生命力を奪い返される感覚がありました」

「俺は手刀でシューズ切られた。どういうカラクリなんだよ、あいつ」

「あのさ二人ともっ! そういうことは! もっと早く言ってよぉ!!」

 八つ当たりのようにターゲットを縛り上げる千草。だが、蔦のように絡み付いた鎖も手刀で切り裂かれてしまった。金属の破片が音を立ててアスファルトに散らばる。ヤケクソでそれらを弾き返し、千草は虚空に出現した分銅鎖付きの十手を掴んだ。ターゲットと距離を詰め、手刀を十手で阻みながら声を張り上げる。

「でも今のでカラクリが何となくわかった、気がする……!」

 手刀と十手が鍔競り合う。相手はただの手刀のはずなのに、ザリザリと刃が金属を擦る音さえ聞こえてくるようだ。千草の縦長の瞳孔がかすかに広がり、ターゲットの表情の動きを凝視する。

「多分だけど! こいつ、僕らのを反映して攻撃なりなんなりしてる、んじゃないかな! だから手刀だと思えば刀みたいになるし、吸われると思えばそうなるんじゃないっ!?」

「……ッ」

「図星かな……っと!」

 手刀を押し返すように十手を振り抜く。ターゲットが体勢を崩すと、往復ビンタの要領でもう一撃。今度は頬骨に分銅鎖を命中させた。頬を押さえて立ち止まるターゲットから目を離さないまま、千草は鋭く指示を飛ばす。

「霧矢くん、前に出て! 攻撃しながら僕と雫に攻撃向きそうになったらカバーして!」

「指図すんじゃねェ!!」

「雫は中距離で支援! 僕に合わせてあいつの体勢崩そうか。いける?」

「はい!!」


 前に出る霧矢とスイッチし、千草は敵の様子を注視しつつ次々と鎖を召喚しては操る。時に手足に鎖を絡め、胴を薙ぎ払い、スタッド付きの鎖で突く。変幻自在の鎖の猛襲に、さらに雫の射撃が続いた。横から膝に打撃を加えるように、あるいは頭を無理やり傾かせるように。ターゲットから奪った生命力をエネルギー弾として形成し、敵の体勢を崩そうと絶え間なく撃ち込んで来る。彼らに攻撃を加えようにも、それらは霧矢によりすべて抑えられていく。決まり手を打てないまま時間だけが過ぎてゆき、ターゲットの目に徐々に疲労の色が浮かび始めた。刹那、ターゲットの両手に鎖が勢いよく巻きつき、その動きを封じた。

「霧矢くん! 今ッ!」

「おう!」

 腰のホルダーからD1987RSPディーワンナインエイティセブンアールエスピー――リボルバー拳銃型の近接戦向け散弾銃――を抜き放つ。銃口をターゲットの顔面に向けると、エイムもそこそこにノータイムで引鉄を引いた。


「ッ、だっ!?」

 敵が両手で顔を押さえる。その身体が後ろによろめいた瞬間、霧矢は銃を雑にホルスターに突っ込むと、ターゲットの胸倉を掴んだ。そのまま地面に叩きつけるように引き倒し、ナイフを逆手に引き抜いて首元につきつける。背後から千草が近づいてくる足音がした。

「ねぇ霧矢くん、せめてもうちょっと真面目に狙い定めよう?」

「知るかンなもん!」

「えぇ……」

 バッサリと返され、困ったように頬を掻く千草。先程の散弾銃に装填されていたのは基本的には激痛程度のダメージしか発生しない特殊な散弾だ。最悪誤射しても周辺に大きな被害はもたらさないが、これが実弾だったらこの新入社員はどうするつもりだったのだろうか。

(この社員、天賦ギフトでの攻撃手段は無いに等しいし……少しくらいは遠距離攻撃もできた方があとあと役に立つだろうし、銃の特訓してもらうしかないかなぁ。帰ったら誰か射撃得意な人にでも頼んどこうっと……)

 苦笑しながら考えていると、激痛にもがいているターゲットが目に留まった。いつの間にか隣に駆け寄っていた雫が千草に怪訝そうな視線を向ける。

「えっと、千草さん」

「んー?」

「その顔、何か企んでる顔ですよね……?」

「あはは、正解。でも安心して。そこまで酷いことはしないよ。ちょっと腹筋崩壊させるだけだから」

 ほくそ笑み、千草は軽く指をくいくいっと動かす。その合図に応えるように散乱している鎖たちが蛇のように這って集まってきた。千草はそれを纏めて人の手のように形成すると、ターゲットに触れないままのように先端を動かしてみる。

「……っ!? ひっ、ひゃっはははっ!?」

「うおっなんだコイツ急に!?」

 押さえ込んでいたターゲットが唐突に身をよじって笑いだし、霧矢はとっさに跳び退った。警戒するように……あるいは怪訝そうに距離を取る彼を眺め、千草はスマホのカメラを起動しながら笑う。

「や、コイツの天賦ギフトって他人からの認識が反映されるやつでしょ? なら僕が『くすぐってる』って認識したらそういうことになるじゃん。あとは動画撮りながら腹筋痙攣して気絶するまで放置、と」

「テメェその頭の回転をもっと違うことに使えや! つかその動画何に使うンだよ」

「え? 僕の趣味だけど」

「何言ってんだコイツ……」

「……えっと、千草さんはそういう方なので……」

 引きつった顔の霧矢の肩に手を置き、諦めたように首を横に振る雫。……と、絶え間なく続いていた男の笑い声が不意に途切れた。未だに腹筋が震えるのか身体をぴくぴくさせるターゲットを観察し、千草は静かにスマホの一時停止ボタンをタップする。

「あれ、なんで止まったんだろ? 僕、『楽になっていいよ』とはまだ言ってないんだけどなぁ……。不思議不思議」

「不思議不思議じゃねーわ! あいつ逃げようとしやがっ、てンじゃねー、かァ!」

 芋虫のようにアスファルトを這いずりながら逃走を図るターゲット。その様が目に入った瞬間、霧矢は咄嗟に地を蹴ってターゲットの首根っこを引っ掴んだ。その勢いでターゲットの身体を地面から引き剝がす。

「オラァ大人しくしやがれ!」

「うっわ典型的なストリート悪い奴ムーブ!」

「やかましいわ!! ふざけてる暇あンなら手錠出せやごら」

「待って待って顔が怖い目が怖い!」

 咄嗟に両手を挙げつつ、大人しく手錠を召喚する千草。それを横目に雫が長い青髪をなびかせ、ターゲットを挟んで霧矢の反対側で足を止めた。彼女が片手のスタンガンを構えるのを視認すると、霧矢はターゲットの首根っこを押し出すように投げ捨てた。体勢を崩した男の懐に雫が潜り込み、バチバチと電流を流すスタンガンを首筋に押し当てる。

「……ッ!!」

 目を見開き、数える間もなく白目を剥いて倒れ伏すターゲット。すぐに駆け寄った千草が男の両腕を掴み、後ろ手に手錠をつけてしまった。

「はい確保っと。思ったよりしぶとかったねー。でも何で急にくすぐり解けたんだろ?」

「うーん……たぶん危なくなってきて、咄嗟に天賦ギフトそのものを解除した、とか……? 常時発動型の天賦ギフトなんて聞いたことがないですし、その線が一番ありえる……と思います」

「あーね……」

 有史以来、数多の天賦ギフトの存在が確認されてきたが、そのなかに常時発動型の天賦ギフトは存在しなかった。21世紀になってそれが突然現れることもあるかもしれないが、そんな可能性にまでいちいち気を配っていてはきりがない。千草は考えるのを後回しにすると、立ち上がって雫と霧矢に向き直った。

「まあいいや。これでターゲット確保は完了ってことで、警察到着するまで一旦ここで待機ね。そんなわけで、ちょっと早いけど任務完了! お疲れ様でした!」

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