第11話 呪い

「ただいまー! 任務おわったよ!」

 自動ドアが開くと同時にオフィスに痩せ型の少女が飛び込んできた。捻じれたポニーテールが勢いよくなびき、血の色をしたスカートの裾が翻る。少女はそのまま入り口に一番近い回転椅子に飛び乗り、ぐるぐる回りはじめた。異様なほど無邪気な姿を眺め、霧矢は眉根を寄せつつ呟く。

「……なんだこいつ」

「社員の白銀しろがね紅羽くれはちゃんにゃ。主な担当分野は暗殺、追跡、死体処理! にゃんっ」

「じゃねェわ!! そういうこと聞いてんじゃねェんだわ!!」

「あーもう紅羽、今日は新人候補が来るって言ったじゃん。ちょっとは気にして……はぁ、聞いてないや」

 続いてオフィスに入ってきた少年が困ったように頬を掻く。ふわふわの赤毛の下で金色の瞳が細められた。オーバーオールの腰元で鈍色のウォレットチェーンがじゃらりと音を立てる。

「あ、千草ちぐさくんもお帰りにゃ。あとお疲れ様にゃん」

「おつあり。で、そっちの子が新人くん?」

「俺様は新人くんじゃねェわ夜久霧矢だ。テメェも名乗れや」

「流れるような自己紹介!?」

 赤毛の少年は反射的に突っ込んでから、ふと正気に戻って一度咳払いをした。オーバーオールの胸元に手を当て、穏やかに微笑む。

「ん、んん。あー、僕は芝村しばむら千草といいます。一応平社員のまとめ役的なポジションかな? よろしくね、霧矢くん」

「はっ、よろしくする気はねェ」

「えぇ……そこはしてよ……」

 差し出しかけた手を虚空に彷徨わせながら口元をひくつかせる千草。構わずそっぽを向く霧矢を見つめ、諦めたように頬を掻く。

「あははぁ……こりゃ、簡単には仲良くなれそうにないや……」

「にゃははぁ、ゆっくり時間をかけて仲良くなっていけばいいと思うにゃんっ。焦りは禁物にゃん」

「それはそうだけどさ……」

「紅羽にゃんもどーんと座ってるにゃんし」

「座ってるどころか回ってるね……」

 未だに椅子を回し続ける紅羽を眺め、深々と溜め息を吐く千草。その横でカノンはのんびりと笑顔を浮かべている。そんな社員たちには目もくれず、霧矢は先程渡されたマニュアルに目を落とした。フラットファイルの大きな表紙を軽く弾き、中のコピー用紙に印刷された文字を目で追う。


「さて、具体的な業務は……主に担当エリアの巡回警邏と、依頼を受けての警護、それに犯罪者やその他依頼された奴をしばき倒すこと、か。主な依頼者は警察や企業、著名人、それに暴力団……は? 暴力団?」

「うん。社長の知り合いに暴力団の若頭ちゃんがいるんだよー。その子のとこから武器融通してもらってる代わりに、邪魔者消したり抗争に協力したりしてるんだ」

「まるっきり癒着じゃねェか! よく警察サツにバレずにやってきてンな……」

「警察のひとに色々もみ消してもらってるからセーフって社長が言ってたにゃん!」

「あとほら、内部も前科持ちだらけだからこの位たいしたことないよ」

「なんだそりゃ……」

 その辺から降ってきた解説を受け、溜息を吐く。よく考えれば、穢れ仕事にも手を出す会社なら普通の人間はまず入社しないだろう。……それはそれで面白いか、と薄笑いを浮かべて、マニュアルの続きに目を通していく。


 そんな彼をしばらく眺め、千草はポニーテールの少女に向き直った。千草をガンスルーして回り続ける彼女にしびれを切らし、背もたれを掴んで強制的に椅子を止める。紅羽はしばし硬直したのち、勢いよく振り返り……光のない瞳が愕然と千草を見上げた。

「……世界が止まってる……!」

「止めたんだよ。っていうか紅羽、新入社員無視して遊ぶのやめようか。どうせなら報告書書きなよ」

「えー……書くことなくない? そんなことよりさぁ、新入りくん!」

「夜久霧矢だ!」

 即座に返しつつ、霧矢はマニュアルから顔を上げた。じっと見つめてくる光のない目を鋭く睨み返す。研ぎ澄まされた刃物のようなそれを軽く受け流し、紅羽はデスクに手をついて軽々と飛び越えた。呆れたように千草が首を振り、カノンが慌てて二人に駆け寄る。紅羽は音もなく霧矢の目の前に着地すると、反射的に立ち上がる彼に詰め寄った。

「霧矢ってさ! ここ来るってことはそれなりに強いってことじゃん!?」

「……あァ?」

「それに君って同類の匂いする。捕食者の雰囲気って感じ! ねえねえ、今まで何人殺ったの?」

「何だテメェ、うるせぇな……」

 迷惑そうに霧矢が目元を歪めても、紅羽とかいう少女は止まる気配がない。光のない瞳が無邪気に彼を見つめ、楽しそうに瞬いた。後方で真冬と千草が困ったように視線をぶつけ合う気配。苛立ちに視線を更にきつくする霧矢に気付いていないのか、紅羽はさらに彼に詰め寄った。

「いつから? 動機はっ? どんな殺り方が好きなの? ねえねえ――どんな天賦ギフトあるのっ!?」

「……黙りやがれッ!」

 反射的に紅羽を突き飛ばし、霧矢は腰のジャックナイフを抜き放った。鈍い輝きが証明を反射して禍々しく輝く。ひびが入る幻聴さえ聞こえそうな空気の中で、紅羽は光がないままの目で霧矢を見上げた。カノンが割って入りかけて、千草に肩を掴まれて立ち止まる。きょとんと首をかしげる紅羽の眉間にナイフを突きつけ、霧矢は低く声を上げる。

「……丁度いいから今のうちに言っとくぞ。あんなクソ天賦ギフトのことなんざ聞くんじゃねェ」

「……え? それって、どういう」

「聞くなっつってンだろ! ……ただの呪いだよ、あんなモン」

「…………」

 紅羽が光のない瞳を瞬かせ、呆然としたまま膝を揃えて座った。千草が俯き、口元だけで薄く笑う気配。霧矢は傍の椅子を引き戻し、誰とも目を合わせるまいと俯いた。燻る炎のように揺らめく目が真っ黒な床を映す。

(……折角、悪くないと思ったはずなのによ……ッ、なんで、何で)


 ◇◇◇


「やっぱり拗らせてるみたいね……まぁ、生い立ちを考えれば仕方ないけど。それにしても、呪い、ね」

 霧矢の実家と連絡を取り、中学校が属す教育委員会に話を通せば、あとはアポイントを取れた日を待つのみ。デスク脇に置かれたモニターをちらりと眺め、唯はかすかに目を伏せた。

「彼は天賦ギフトをそう捉えているのね。……珍しい考え方だわ」

 普通、天賦ギフトは保有者の事情の解決に役立つものが出るものだ。霧矢のよういに事情と関係ない天賦ギフトが出て、しかもそれがきっかけで辛い目に遭う例はほとんど聞かない。唯はマリンブルーの目を伏せたまま、静かに考えを巡らせる。物心つく前から天賦ギフトを使えていた時点で彼は明らかに普通ではないが……今は原因究明より先に、すべきことがある。ツインテールにした金髪を揺らし、唯は凛と顔を上げた。眼前のデスクトップパソコンに向き直り、キーボードを叩く。

(……しずく雛乃ひなのは今夜帰ってくるし、真冬まふゆも七時ごろにはメンテナンスが終わるはず。そして、来週には平社員総出でのテロ組織掃討任務が入ってた。なら……)

 唯の唇がゆっくりと弧を描いた。マリンブルーの目を暗く細め、彼女は呟く。

「……決まりね。うちの社員がどれだけ狂ってるのか、見せてやろうじゃない」

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