花、夏の宵
夏休みが迫り、暑さも本番。「あっちぃ……」と呟きながら、追っているシリーズものの小説と涼を求めて環が夕方の本屋に飛び込む。
店内を流れるBGMが丁度途切れ、曲が変わる。そして流れ出したとある曲に、思わずビクッ、と反応してしまった環である。
そう、とある曲とは、2週間ほど前にWeTubeに投稿された、『typewriter』の初めての曲である。
曲名は、『花、夏の宵』。作詞、東方奏多&Aya、作曲Aya、MVを東都アニメーションが手掛けた曲だ。
そして、それを歌ったのが藤野環……つい一昨日チャンネル登録者数45万人を突破した『√』の歌い手、tamaである。そう、今まさに本屋で自分達の曲にソワソワしている18歳の少年である。
世界の東都アニメーション、『ライムライト』のプロジェクト第一号、『クリエイター達の初めての化学反応』としてアップロード前からネット上での注目度はかなりの高さだった。
「頑張って1000万再生とかいったりしないかな??してほしくない??」
などと、メンバーたちは当時は「これでも大分高くない?」という目標を掲げていた。「東アニにMVつけてもらって転けられない……!」という思いを全員が一致させていたのは言うまでもない。なんと言っても世界中にファンのいる東アニなのだ。
そして、この時の彼らはファン達の熱量を若干、低めに見積もっていたのだ。つまり、どういうことかと言うと。
投稿から2週間と少しで、再生回数は1000万はおろか3500万を超えていた。初の動画としては異次元の数字だ。
そして、その勢いはまだ止まる様子を見せていないのだ。『typewriter』、東アニ公式、それぞれメンバーのチャンネル登録者数も増え続けて止まらない快進撃だ。
様々なアーティスト、クリエイターたちがこぞって反応し、それがさらなる反応を呼び、まだまだ勢いは衰える気配を見せない。
そして、今。本屋に、文学的であり、何か惹きつけてくる歌詞と、ピアノを中心にしたバンドサウンドに、自分の声が流れる。近くに立っていた男性が足で微かにリズムを取っている。中学生と思しき一団が、わずかに顔を上げて流れる『花、夏の宵』を聞いている。通り過ぎていく若い女性が、流れ出した曲に顔をほころばせている。
たまらなく嬉しくて、今なら何でも出来そうな、そんな気持ちが全身を駆け巡る。まるで夢をみているような、それでいて叫び出したいほどの感情はどこまでも現実だ。
化学反応、という言葉を実感する。自分1人では勿論できるわけもないこと。全員の力を単純に足しただけでも、できないこと。まさしく化学反応の上で成り立った、自分たちの曲だ。
本屋を飛び出して、家へ駆けていく。夜月と、話がしたい。またこの、これのために頑張れる。そんなことを、2人で話したい。そしてその後は、聴いてくれた人たち、ファンと話をするのだ。そうだ、久しぶりに配信をしよう。あまりの目まぐるしさに、前回からだいぶ間が空いてしまった。
暑さと汗を忘れて、夜の入り口の家路を抜けて、ドアを開ける。
「おかえりっ」
夜月の弾む声が届く。「ただいまっ」と返して、一呼吸。冷蔵庫から取り出した麦茶を飲み干して、夜月に向き直る。
「そういえばさ、まだしてなかったと思うんだよ」
「ん?なにを?」
首を傾げて問いかける夜月に、両手を掲げて向ける。
「ほら、ハイタッチ」
夜月が笑う。夏の宵に、花のように笑う。
パチンッ、と手と手が合わさる音が鳴る。初夏の夏は、まだまだ長い。
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作者より
「後書きのネタ切れ」
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