第3話 フンジャオが迷宮にやってきた

 ダンジョンマスターに任命された魔族は魔王に迷宮を一つ与えられる。


 魔王ヴィクトナーの宿願たる、強き人族との熱き戦い……その望みを叶えるために与えられた迷宮を用いて人族を成長させるというのが基本理念であり、これに様々な付加価値を絡めた興行が人族、魔族を問わずに大きく世界経済を回している。


 そして迷宮の管理・運営を任じられたダンジョンマスターには迷宮に挑む人族……冒険者をいかにして誘い込むか、いかに鮮やかに冒険者を撃退するかが問われているのであった。


 さて、言わずもがな魔王軍最高幹部たる四天王の一人であるフンジャオもそんなダンジョンマスターの一人である……はずなのだが。


「けーっけっけ! さてサホ君、まずは腹ごしらえといこう! これください!」


「まいどー」


 サホを侍らせたフンジャオは言うが早いか迷宮の前にずらりと並んんで賑わう屋台群の一つで鶏肉の揚げ物を購入した。


 これは迷宮興業の一つで、迷宮の入り口付近に軽食、武具、道具、鍛冶などの簡易出張所として屋台を出しているのだ。


 場所代などはその迷宮のダンジョンマスターへと還元され、その収益がポイントとして加算され成績となるのでどの迷宮も規模の違いはあれど入り口付近には大抵なにかしらの屋台や武器や防具屋などの出張所が並んでいる。


「あの、フンジャオ様。お仕事は……?」


「腹が減っては戦はできぬ、ってのは人族のことわざだったかな? 何事もご飯を食べてから、という意味さ!」


「なんか違う気が……えっと、でも先方をお待たせしているのでは」


「屋台での買い物も廻りまわって先方の迷宮の利益になるから平気さ。で、サホ君は何もいらないの? なんでも奢らせてもらうけど」


「そりゃタダなら病気以外なんでも頂きますとも! 奢ってくれるなら先に言ってくださいよぉフンジャオ様大好き!」


「けーっけっけ! 君のそういうお金に正直なところ僕とっても好きだなぁ。魔族たるもの欲望に忠実でなくっちゃあね」


 じゃれあいながらフンジャオとサホは屋台で思い思いの品物を買い終わると、両手に店屋物の入った袋を抱えて軽い足取りで今日の仕事場である迷宮……『岩鬼の大口』へと入っていった。


「おい、フンジャオが迷宮に入っていったぜ。あの気持ち悪いマントは間違いねぇ」


「ああ。屋台巡りだけして帰るのもザラだが……今回は当たりだ。募集かけろ、潜れる奴だけで潜るぞ!」


 人々でごった返しそこかしこでざわめきが起こる中、二人の背中を見つけた目端の利く幾人かの冒険者はすぐさま行動に移った。


☆☆☆


 フンジャオが『岩鬼の大口』に入ったという情報を得た冒険者たちはすぐに臨時パーティーを募り、迷宮の入り口にある挑戦名簿に記帳の後、攻略を開始した。


 この名簿には迷宮に入る冒険者の名前と大まかな探索期間を記すことで冒険者間の対人トラブルの防止や迷宮の人口密度の把握などの意味がある。


 この名簿に記される名前が多ければ多いほどたくさんの冒険者が利益を上げることができるという判断要素にもなっており、名簿の内容で攻略する迷宮を決める冒険者も少なくない。


「本当にフンジャオがこの迷宮に入ったのか?」


「ええ、間違いありません。あの異質で滑稽な色使いのマントを着ける気の狂った存在などフンジャオしかいませんからね」


 毒つきながら迷宮を進む四人のパーティー……それぞれ剣士が二人、魔導士が一人、斥候が一人という、その場で募ったにしてはバランスの取れた一団が会話をはさみながらも油断ない足取りで歩を進めていた。


 既に岩と土くれの魔物、ゴーレムを数体屠り、坂道から転がってくる大岩を躱すなどの冒険を経た四人は衣服や鎧が薄汚れている。


「しかしよぉ、結構進んだっていうのに見つかりゃしませんぜ? おいらたちのランクじゃこの迷宮は適正ギリギリなんだから折を見て引き返さねぇと大損ぶっこくことになりますぜ」


 迷宮に潜る冒険者はそこに眠る財宝や魔物から得られるドロップアイテムが収入源である。


 しかし、それを得るためには命の危険はもちろんのこと、装備や食料、役に立つアイテムなどの準備が必要であり、初期投資にそこそこ費用がかかる上に迷宮で死ねば付近の教会で蘇りはするものの消費した食料や運が悪ければ取り落とした装備すら失ってしまうリスクがあった。


 なので冒険者は自分の実力をよく知り、適正な迷宮に潜ることが基礎であり定石なのであった。


 そういう意味では実力も連携も不明瞭な寄せ集めの人員で構成されたこのパーティーはそこから外れていた。


 しかし、そうまでしてでも迷宮に潜る価値を見出したからこそこの四人は集まったのだった。


「……いいえ、もう少し進んでみましょう。あと十五分ほど探索して成果がなければ引き返す。これでいかがですか?」


 細身の、丁寧口調の剣士が撤退をほのめかした斥候の言葉にそう答えた。


「賛成だ。せっかくフンジャオと戦うチャンスが転がってるんなら俺は狙いたい」


「わしもじゃ。孫も冒険者になりたいと言うておってのう、初期投資と土産話が欲しいんじゃよ」


 丁寧口調の剣士の言葉に黒い手甲をはめた剣士とねじくれた木製の杖を握った好々爺めいた魔導士も賛同を示した。


 何故経験値としても討伐で得られる名声も最低値であるフンジャオを彼らはわざわざ臨時のパーティーまで組んで追いかけたのかというと、それはひとえにドロップアイテムの良さにある。


 ある者は良質な武具、ある者は一抱えの金塊をフンジャオを倒して得ると、一攫千金のためにフンジャオを狙って迷宮へとさらに駆り立てられることとなった背景があった。


 実際、フンジャオの訪れたという噂が立った迷宮はその数日間はフンジャオとの邂逅を夢見た冒険者たちでごった返すのが既に慣例化しており、その迷宮が賑わえばダンジョンマスターの評価も結果的に上がるため今回のようにフンジャオに応援要請が舞い込むことは多々あった。


「へっ、骨まで冒険者だねぇおたくら。ま、フンジャオの情報を聞いて一緒についてきたおいらも同じ穴の狢ですがね。斥候役として一応提案したまででさぁ」


「よし、そうと決まれば進軍だ! 全ては富と名声のために!」


「「「おうッ!」」」


 黒手甲の剣士の号令に冒険者たちは声を合わせて応えると一様に笑い合い、探索を開始した。


「待った! ……こっち、そこの角を曲がった辺りから何かにおいがしますぜ」


 数分後、斥候がそう言って足を止めると全員が息を殺して周囲を警戒した。


「罠か?」


「い、いやちょっと判断に困ってるところで……んん、どう嗅いでもこりゃ……揚げ物のにおいですぜ」


「迷宮ん中で揚げ物だぁ?」


 言われて斥候に遅れてその場の全員が鼻を鳴らすと確かに香ばしいにおいがする。


 迷宮は管理する魔族によって様々な特色があるがこの迷宮『岩鬼の大口』は岩をくりぬいて作られた洞窟の迷路のようなつくりになっている。


 そのため内部の酸素の濃度などの危険性から火やそれに順ずる魔法などの手段は悪手とされており、冒険者ランクB以上が適正の『岩鬼の大口』ではその愚を犯す冒険者がいる可能性は限りなく低いはずだった。


 実際臨時とはいえこの四人パーティーも冒険者ランクはC~B以上で構成されているのが……しかし、事実として四人の鼻孔を美味しそうな香りがくすぐっている。


 そうなると四人の冒険者が怪訝な顔で、曲がり角からそっと顔を出してにおいの元を伺うのは当然の帰結ともいえた。


「ぱくぱく。冒険者来ないねぇサホ君」


「もぐもぐ。腰を降ろして、プチ宴会始めて一時間くらいになりますかねぇ? あ、フンジャオ様それ美味しそう」


「おや、お目が高い。これはこの迷宮の前の屋台でしか売ってないレアなヤツさ。焼いた紫イモなんだけどほくほく甘くてたまらないのさ! 他のとこでもたまに見かけるけどここのは糖度が段違いさ。畑がいいのかな? よしよし半分進呈しようじゃないか!」


「わーいやったぁ! ……甘くてほくほくで美味しい! 人のお金で食べるから倍付で美味しいです!」


「けーっけっけ。がめつくてもいっぱい食べる君が好きさ」


「私もいっぱい奢ってくれる上司が好きです!」


 そこには仲良く焼いたイモを頬張る二人の魔族の姿があった。


 というかフンジャオとサホだった。


「ところで今日はホクホクアツアツで死なないんですね?」


「今回の僕は店屋物を楽しむために耐熱仕様なのさ! 保温スキルも使えるから何時までも温かいものを美味しく頂けるという寸法なのだよ!」


「わぁーい、フンジャオ様素敵! 給料上げて!」


「ほんとがめついなこの秘書官……そこがまたいいんだけど」


 のんびりと漫才をしながら店屋物に舌鼓を打つ二人の魔族の姿に冒険者たちは呆気にとられた。


「そんなに催促しなくてももう少し他の仕事を覚えてくれたらお給金は上げる予定、で……」


「やったぁ! 約束ですよ……ってなんで語尾が途切れるん、です……か……」


 そんな折、フンジャオの視界が迷宮の角の陰からプチ宴会を覗いている者たちを視認し、少し遅れてサホもそれに気付いた。


 気付かれた以上、隠れる理由もなくなった四人の冒険者たちが先ほどまでの油断ない警戒心や冒険の最中特有の高揚など無かったかのように表情をなくしてぞろぞろと角から出てきた。


 広間に、気の抜けた冒険者たちと店屋物を広げた魔族たちが対峙した。


「「「「「「…………」」」」」」


 魔族と冒険者。


 迷宮で出会ったならば一触即発、すぐにでも命のやり取りが始まる場面だったがここ数秒間の間、誰もが無言で武器を構えも魔法の準備をする者すらいなかった。


「……け、けーっけっけ! けーっけっけ!! けぇーっけっけっけっけっけっけ!!!」


 最も早くアクションを起こしたのはフンジャオだった。


 やけくその三段笑いだった。


「けけけけ!! 僕に出会うなんて運の悪い冒険者どもだ……名乗らせて頂こう! 僕はフンジャオ! 魔王軍四天王にして『不滅』の名を戴くいと誇り高き魔族なり! ワッツユアネーム!!!!」


 フンジャオは珍妙なポージングをしながら冒険者の一人に手を差し出す。


 指をさすようなマナー違反はどんな場面でもフンジャオは忌避するのであった。


「ぅえっ、と、ぉ、俺の名はマルドン! 四天王のフンジャオ、ここで会ったが百年目だ!」


 ノリのいい黒手甲の冒険者のおかげで迷宮の広間に熱が戻るようだった。


「私の名はウラブ!」


「わしは孫馬鹿のヤニ!」


「おいらは拾い食いのヨカ!」


 というよりは全員が空気を変えたくて必死の様子で次々と自己紹介が行われた。


「さぁ最後は君だ! トリだから元気よくバッチリポーズをキメて冒険者どもの記憶に焼き付けてやるんだ!」


「いーやーでーすーけーどぉー!? なんで四天王の秘書官がトリなんですか! 締まらないですよぅ!」


「臨時ボーナスを用意しよう!」


「我が名はサホ・タモルゴス! いと高き四天王フンジャオ様にお仕えする秘書官にして守銭奴! お金のためなら羞恥も捨てる我が覚悟、人族風情に遅れは取りませんよぅ!!」


 言うが早いかフンジャオからの臨時ボーナスを約束されたサホは腰と額に悩ましく手を当て、全てを見下すような視線を身体全体を傾けたポージングで冒険者たちに言葉を投げかけた。


 割とサマになっている秘書官の姿にフンジャオは満足そうにひとつ頷いた。


「お金って便利だなぁ……ま、いいや」


 揚げ物でテラテラになった唇をヤバい配色のマントでごしごし拭うと、フンジャオはその場の全員をかき抱くような仕草で手を広げた。


「さぁ、自己紹介も終わったところで……お楽しみ会と洒落こもうか諸君!!」


 カジュアルなパーティーの開催を告げるようにして、フンジャオは不敵に笑いながら見得を切って開戦を告げた。


「けーっけっけ!! 加速!」


 先手必勝とばかりにフンジャオが地を蹴り最も近くにいたマルドンに襲い掛かる。


 それは獣が獲物に襲い掛かるような鋭い動き。


「何ぃ!?」


 最弱魔族と呼ばれるフンジャオの予想外のスピードと攻勢にはマルドンたちは面食らった。


 そう、今回のフンジャオは保温ができる上に足も速かったのだ!


「くらえ、保温ビンタ!」


「ぶふぅっ!?」


 不意を打たれた形となったマルドンの頬をパァン、という小気味よい音をさせてフンジャオの平手が打ち据える。


 天に選ばれし人や魔族はその身にスキルという名の恩恵を受ける。


 それは戦闘に置いて最序盤、スキルの正体が判明していない状況で受けることは即死、あるいは致命傷となることもしばしばある。


 マルドンはその最初の一撃を貰ってしまった。


 彼は無意識に張られた頬を手で押さえて状態変化を警戒する。


「……なんか、ほっぺがほんのりあたたかいんだが」


「……けけけ、やはり保温スキルを乗せた平手に殺傷能力は薄い……か。また一つ、賢くなっちまったぜ。ついでにビンタした手が折れた」


「フンジャオ様のお馬鹿ぁ! お手々痛そう!」

 

 サホはあまりにフンジャオのどうしようもない姿に頭を抱えたくなった。


 しかし、腕が折れたショックで死んでいないあたり今回のフンジャオはかなり頑張っている方ではあるのだ。


 だが、それでもやっぱりフンジャオは弱かった。


 その後フンジャオは三十秒ほど奮闘して呆気なく塵と化し、サホは早々に降参した。


 四天王たるフンジャオの秘書官であるサホだが、実のところ戦闘能力はからきしだったりするのでこうした鉄火場では役に立たないのだった。


 決まり手は孫馬鹿のヤニが放った魔法が壁に着弾した際に弾けた破片がフンジャオの額に当たった衝撃による脳の機能不全だった。


 ちなみに敗因は保温スキルを特に戦闘に活かすことができなかったことである。


 そうして死んだフンジャオの塵の中心には無骨ながらも確かな気品とため息の出るようなこしらえの黒い脚甲が遺されている。


 それはマルドンが装着している手甲に似た意匠をしていた。


 前述のとおりフンジャオは迷宮で死ぬとき、こうしたいわゆるレアドロップ品を落とすことで有名であり、見かけたらその場で討伐体が組まれるくらいには美味しい獲物なのであった。


「また石で死んでる……」


 サホは数分前まで一緒に揚げ物を食べていた楽しそうな上司を思い出してちょっぴり涙ぐむのだった。

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