第6話

「ねえ、ショーイチ。ちょっとくらいきちんと相手してあげたら?」


「はあ?相手しただろうが。ちゃんと全力出して碁の相手をしたじゃねえか。これ以上一体何をしろってんだよ?」


「別にしょっちゅう碁の相手をしろって言うんじゃないわ。ただ、あんたがやる気を出さない理由位は話してあげたら?って言ってんの。あんたの言う通り一々対局するのは無理があるし、それを強要するのは現実的じゃない。でも、やる気ないあんたと違って立花君はプロなんだから、自分が本気でやってることに凄く興味を持ってもおかしくないでしょう?」


 すると生市は、そんな紫の言葉にしばらく考え込むと、やがて面倒くさそうにため息を一つ付くと、


「俺の先祖は、徐福だ、つったら信じるか?」


 紫桜の顔を見ながら唐突にそう言った。

 囲碁とは全く関係のない話をされ、これまでのやり取りも忘れて紫桜はあっけに取られて首を傾げた。


「徐福……?秦の始皇帝の?」


「そうだ。その徐福だ。秦の始皇帝に仕え、不老不死の薬を求めて日本にやって来たという伝説の、あの徐福だ。それが俺の先祖なんだよ」


「……それが僕の質問に何の関係があるんだ?亘」


 思わず出てくる当然の疑問に、生市は軽く肩をすくめると、「まあ、聞けよ」と話を続けた。

 その話は如何にも荒唐無稽なものだったが、要約すると次のような話になった。


 ☆☆☆☆☆


 日本に徐福が渡る以前、秦の始皇帝に謁見する前のこと。

 当時、仙術を学んでいた徐福は、不老不死の薬を求めて諸国からあらゆる学士を集める始皇帝から俸禄を得ようと思い、彼に謁見するために旅をしていた。

 そんなあるとき、徐福はある二人の人物が碁を打っているところを通りがかった。

 その二人の人物は、二本の小さな桑の木の下で平らな岩を碁盤代わりにして、碁を打っていた。

 当時、囲碁にのめり込んでいた徐福は思わずその二人の碁の行方が気になり、遂ゝ二人の碁の様子に見入ってしまった。

 徐福が魅入るほどの妙手を打つ二人の実力は互角であり、一進一退の攻防を繰り広げていたが、ある局面に入った時、黒石を持っている方の人物が長考に入った。

 その時、横から見ていた徐福は良い手が思い浮かび、つい黒石を持つ方に助言してしまった。

 碁盤の一隅を指さして、「ここに黒石を置けば勝てますよ」と。

 その瞬間、白石を持っている方の人物は激怒し、その正体を現した。

 それこそが、鳳凰の姿を自らの化身とする北斗七星の神であり、人の生死を司る神であった。

 そして、北斗七星の神はその場で腰を抜かして驚く徐福を、激怒して怒鳴りつけた。

「傍から見ている分には客として放っていたが、碁石を握っているわけでもないのに勝負に口を出すとは、どういう了見だ貴様!神たる我の碁に水を差してくれたのだ、その過ちを命であがなってもらうぞ!」

 だが、そんな北斗七星の神に対して、その神と碁を打っていた方の人物も正体を現していった。

「まあ待て。高々一局を台無しにされただけの話だろう。旅人よ、お前は早く先を行きなさい。この場は俺が収めておくから」

 そう言って、竜の姿に変幻したその人物こそ、人の寿命を司る南斗六星の神であり、徐福は南斗六星の神の言葉に従ってその場を逃げ出した。

 そして、このままでは北斗七星の神に殺されると思った徐福は、北斗の神から逃げおおせる為に始皇帝をだまして、海の向こうに逃げることにした。

 だが、徐福は始皇帝をだまして日本まで逃げることには成功したものの、やはりと言うべきか、その程度のことで神の追求を振り切れるわけもなく、結局は徐福は日本で北斗の神に捕まってしまった。

 それほどまでに、北斗の神の怒りは凄まじかった。

 その一方で、南斗の神はそんな北斗の神の怒りを諫めようとしており、北斗の神と徐福との間を取り持って、ある取引を結ぶことにした。

 その取引とは、囲碁をすること。

 七夜に一度、徐福は交代で北斗の神と南斗の神と碁を打ち、もしも神に勝てば十年分の寿命を貰い、逆に負ければ神から十年分の寿命を取られることになった。

 そこで、徐福は南斗の神に負けてもらうことで寿命を十年延ばし、北斗の神に負けることで寿命を取られることで延命していたが、やがて南斗の神にも勝てなくなり、死亡した。

 しかし、徐福の死後もこの契約は子供に引き継がれることになった。そして、その子供にも同じ様にその契約は引き継がれることになった。

 こうして、徐福の子孫は上弦と下弦の半月の夜には南斗の神と碁を打ち、新月と半月の夜には北斗の神と碁を打つようになった。


「つまりは、俺が碁を打つのは、その徐福の契約によるものだ。いわば、そう言う儀式だな。だから俺の碁は、お前の言うような碁じゃないんだ。情熱とか好きとか、そう言うことで打っているわけじゃない」


 生市はそこまで話すと、「じゃあな」と紫桜に軽く手を振って踵を返した。

 その瞬間、紫桜自身にもわからない衝動に押されて、思わず生市の服の襟を掴んだ。

 咄嗟の出来事に、生市はぐえっと、情けない声を出して尻餅をつくと、怒鳴り声をあげながら立ち上がった。


「なんだよ、オイッ!マジでいい加減にしろよ!そろそろ本気で怒るぞ?!」


「……正直、神とかなんとかの話は信じられない。でも、君の碁が強いのだけは事実だ。それはつまり、君の家の儀式の為の碁は、相当に強い碁と言う事なんだろ?なら、君の家のその儀式に僕も参加させてくれ!」


 その言葉を聞いた生市はぽかんと口を開けて、間抜けな表情で固まったが、やがて肩を震わせながら笑い始めると、口元を手で押さえながらゆっくりと紫桜に向き直った。


「おれの家の話を聞いて、九割の奴は笑うか怒った。だが残りの一割はこの話に興味を示した。そいつら、どうなったと思う?」


「どう、なったんだ」


「それなりに幸せになったよ。学者になったり、医者になったり、あるいは恋人見つけたり。中には海外移住して暮らしている奴もいるよ。投資で稼いで、シンガポールで悠々自適な生活している奴もいる」


 そこまで言うと、生市は今までの心の底からの笑みではなく、どことなく意地の悪い、まるで人が罠にはまるのを見るような笑みを浮かべた。


「ただ、幸せになった奴の中に、碁打ちはいなかった。俺の知る限り、儀式に挑んで生き残った碁打ちもいなかった。だから、俺の家はよく呪われてると言われる。……あながち間違いではないのがつらいところだな」


 そう言うと生市は、挑発するように紫桜に訊いた。


「どうする?それでもお前は俺の家で碁を打つか?神を相手に、全てを掛けて碁を打てるのか?」


 その言葉に何故か紫桜は、一瞬気圧された。それでも尚、口の中のつばを飲み込み、生市に頷いて見せた。


「もちろんだ。僕はいつもその覚悟で碁を打っている」


「そうか。なら良かった。今夜にでも俺と一緒に来ると良い。ちょうど今夜は半月だしな」


 こうして、立花・紫桜は亘・生市の家に行くことになった。




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