[5-9]右目の傷
まさか、
ほんの数十分前。座布団に腰を下ろしお茶をすすっていた
——
普段キラキラ輝いていたきんいろの瞳は、この時ばかりは少し陰っていた。
九尾さんは
「鵺が仇って……。まさか、お前まで鵺にやられてたのか」
覚悟を決めたように眉を寄せ、アルバくんが尋ねた。
錫杖を持った右手をそのままに、
「俺様じゃねえよ、家族がやられたんだ。そもそも俺様がこの町に移住してきたのは鵺のことがあったからだ。あの猿、事もあろうに小夜の目の前で母親を殺しやがった。だからもう、京の山にはいられなくなっちまったんだよ」
「そう、だったんですか」
ありきたりな言葉しか出なかった。なんて中途半端な返事なんだろう。
彼の言葉から語られた事実はわたしが思っていた以上に重く、悲しい過去だった。
挨拶した時も車の中でも
わたしはまだ大切な誰かを亡くしたことはない。だから
「そんな顔すんじゃねえよ、
「これからどうするか、ですか?」
「ああ、そうだ」
強く頷いて、
そうだよね。昔を振り返ったってなにも変わらない。大事なのは前を向いて歩いて行くことだもの。わたしだって、夢の中でアルバくんに背中を押してもらわなかったら、今もまだピアノに触ろうとしなかったのかもしれない。
そう思ったら、風船みたいに心が軽くなった。
元気づけなきゃいけないのはわたしなのに、逆に励まされてしまったみたい。
「アルバ、お前に聞きたいことがある。鵺が
そう
五年前、わたしが鵺に襲われたこと。その時は九尾さんが
さっきアルバくんと刀を交えていた
そして縄張りの主である九尾さんでさえ鵺の居場所がつかめてなくて、ここ二週間ほど
そのすべてを
話を聞いた
「なるほどな。お前たちは鵺の特徴に関してどのくらい情報を掴んでいるんだ?」
「情報、ですか? えっと、たしか暗い青紫の体毛で、紅い目をした毛むくじゃらのあやかしでした。でも、鵺って幻術が得意だから体毛は自分で変化させることができちゃうんですよね?」
「姿を変えるってなると、手がかりは目の色だけだろ? これじゃ手がかりが少なすぎて
そう言っていたのはたしか
得体の知れないあやかしだから、見つけるのがすごく難しいって言っていた。色まで変わっちゃうんだもん。
付け加えたアルバくんの言葉を受け、
「なら、俺様が情報を一つ追加してやろう。鵺はここの、右目が潰れているはずだ」
長い指先で自分の右目を差して、
アルバくんが怪訝そうな顔で尋ねる。
「右目が潰れている? どういうことだ?」
「この俺様が直々に、この妖刀で潰してやったんだよ。
右手に握られた錫杖がしゃらんと涼やかな音をたてた。やっぱり、その杖が
「姿形や毛の色は変えられても、怪我までは誤魔化しようがない。仮に幻術でうまく隠せていたとしても、片目しか見えていないはずだ。挙動を観察していれば分かる」
「たしかに」
目を怪我しているというのは新たな手がかりかもしれないわ。これ以上ないっていう特徴なのかもしれない。わたしもこれからその挙動がわかるよう、ちゃんと相手を観察しておいた方がいいのかな。
隣でアルバくんが腕を組み、視線を落とした。なにを考えているのだろう。
「あと、情報をもう一つ追加してやろう」
もう一度長い人差し指を立てて、久遠さんはまたにやりと笑った。
「奴が現れる時はたいてい煙が発生し、逃げる時もたいてい煙になって消える。だから一旦逃げられると俺様でも捕まえるのは難しい。だが、あやかしや半妖の子供を狙うくらいだ。強さは大したもんじゃない。たぶん、あの鬼の少年でも倒すことは可能だろう。まあ、アルバ、
「……お前喧嘩売ってんのか」
長い白毛の尻尾がふくらんだ。アルバくんが藍の瞳を据わらせて睨んでも、久遠さんはにやにやと笑うだけ。きれいに
「倒すなら迅速に、が鉄則だ。時間を長引かせるな。結局のところ、九尾にも俺様にも鵺を殺せなかったのは、奴の逃げ足の速さだ。見つけ出したらすぐに叩け」
「わかった」
無視されたことに、アルバくんはあえて突っ込まずに頷いた。もしかしたらこれ以上文句を言ったって無駄だと思ったのかもしれない。それとも別のことを考えていたりするのかな。
最近のアルバくんはちょっと変だと思うの。
思いつめることが多いと思ったら、今日みたいに人間に化けて現れたりするし、よくわからない。
けれど、わたしも
アルバくんが
わたしもなにかできたらって思うけど、今のところピアノを弾くくらいのことしかできない。あとできることって言えば、羽団扇を肌身離さずもって、自分の身を守るくらいのことしか――。
「そういや、
「へ?」
不意を突かれて、変な返事をしてしまった。
なんでピアノ?
「ピアノですか?
わたしが弾くピアノにはあやかしを浄化したり傷を癒やしたりする能力がある。だからてっきり
わたしの顔を見るなり、
なにがそんなにおかしいのだろう。
「そうじゃねえよ。お前は自分の能力がどんなもんなのか知りたくないのか?」
「それは知りたい、ですけど。でもわたし、
わたしの能力はピアノの音色であやかしを癒やすことだけ。あとはなんの特別な力を持たない普通の高校生なのだけど。それに妖刀を作れないってことは、妖力がないってことなんじゃないのかな。
「そんなことはない。お前からはちゃーんと妖力は感じるぜ? どういうカラクリでお前のピアノが浄化の作用を持っているのか。この俺様が直々に見極めてやろう」
黒い両翼を広げて、
うそ、わたしって妖力があるの!?
そっとアルバくんをのぞき見る。彼はわたしの尋ねたいことを察したのか、苦笑して頷いたのだった。
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