同じ方向に向かっていては交わることはない(3)

暗い地下へと続く階段、点滅する蛍光灯が先の見えない未来へと三人を誘う。

沙那の仕入れてきた情報をもとに悪魔の巣へと階段を下りる。その先には冷たい鉄の扉が通路を塞いでいた。


先頭にいた沙那は後ろに続く二人に振り返る、アリスと目が合い彼女の輝く瞳が縦へ動く。

見た目ほどは重くない扉を開けると中から暖かな光と共に、冷えた体を包み込むような空気が三人を出迎えた。


自らの足すら霞む光量の部屋を進むと奥のカウンターから、声が聞こえる。


「いらっしゃい、あら。昼間のお姉さん、来てくれたのね」


暗い室内に浮かび上がるかのような真っ赤に盛られた唇を動かして、マスタらしき女性が声をかけてくる。三人の中で唯一面識のあった沙那が頭を下げて答える。


「昼間はどうも、それで噂の男性はもういらしてますか?」


沙那は早速フェニックスの場所を尋ねる。


「彼ならすでに準備を始めてるわ、もうすぐ始まるから座って待ってて」


女性が席を勧め賑わう店内の一角に通された。何も注文しないのも悪いので、三人はそれぞれにオーダーを通す。清十郎がアルコールを頼もうとしたが沙那に睨まれたので渋々コーヒーを注文した。

舞台上は電気が落とされその中で作業を行う人影がぼんやりと見える。

清十郎は早速話を聞きに行こうと席を立った。


「どうした?今更怖気付いたか?」


動き出そうとする清十郎の袖をアリスが握って食い止める。清十郎はその意味を問うべく話かけた。


「歌はあの人の生きがい、邪魔しないであげて」


アリスは真剣な眼差しで訴えかける。清十郎は拍子抜けされたように再び席に座り、運ばれてきたコーヒーに口を付けた。

アリスの目線はステージに注がれ、ショーの始まりを今か今かと心待ちにしている。


しばらくすると準備が終わったのか辺りは静けさに包まれる。会話すらも途切れ、辺りは音を吸い込まれたかのように一点に集まった。

朝日が昇るかの如くステージ上に光が差し込み、そこには男性が静かに立っていた。整った顔立ちに光を浴びて輝く金髪、遠くを見つめる目は深く雄大な海のように透き通っていた。


「綺麗な人ですね」


沙那は誰にともなく言葉を漏らす。


「そうね、ありがとう」


まるで自分のことかのようにアリスは微笑んで沙那にお礼を言った。

程なくしてショーが始まる、照明が男性に注がれ輝かしいばかりに店内の注目を集める。


「奴で間違いなのか?」


清十郎は隣に座るアリスに声をかける。アリスは清十郎はおろか他の誰の声も耳に届かない様子でただ一点、ステージのみを見つけていた。

その様子で清十郎も悟り、それ以上は追求せずに悪魔の声に耳を傾けた。

伴奏が進み、観客の期待と共にフェニックスがその口を開き声をメロディーに乗せて観客に届ける。


「綺麗、」


沙那はその声を聴いたとたんに魅了され、ステージから目が離せなくなる。全身の血が吸い上げられるかのように鼓動は高まり、フェニックスの歌声が体に馴染んでいった。

まるで恋に落ちたかのように、女性も男性も年齢関係なく悪魔の虜となっていく。

曲が終わると同時に店内は割れんばかりの拍手が起き、みなが立ち上がってショーの終わりを悲しんだ。


「やっと終わったか、さぁ、行くぞ」


清十郎は椅子から立ち上がり、凝り固まった体をほぐしながら言った。2人を促すように視線を移すと、アリスも沙那も呆けていて返事もなかった。


「おい?何をぐずぐずしている」


清十郎はイライラしながら二人を急かすが、2人は反応しない。


「あなたは何ともないんですか?」


そんな清十郎に突然声がかけられる、声のした方に目を向けると先程までステージにいた男が近くまで来ていた。


「フェニックス、」


清十郎は悪魔の名前を告げる。


「おや、私の正体を知っていましたか」


悪魔は面白そうに不敵に笑った。


「これはお前の仕業か?」


清十郎は周りを見渡して質問する。店内にいる者は清十郎以外みな魂が抜けたように呆けている。


「えぇ、私の歌声に魅了された人々です。皆さんに夢のような時間を届ける代わりに、少しの報酬を頂く。ギブアンドテイクです」


「陳腐な歌を無理矢理聴かせて金を取ろうなんて虫がいい話だな」


清十郎はフェニックスの言い分に食ってかかる。


「私の歌は人の愛に訴えかけます。聴いた者はまるで恋人のように、親子のように、親友のように私に魅了される。満たされない心に潤いを与えているんですよ、感謝こそされても恨まれる筋合いはありませんね」


フェニックスは清十郎を睨みながら言う。


「しかし、私の歌を聴いて平然としているとは貴方、何者です?」


「何者ってただの人間だよ」


清十郎はさも当たり前のように答える。


「どんな悪党でも、どんな聖人君主でも、みな愛に縛られて生きている。人は孤独には耐えられない、なのに貴方には愛のカケラも見つからない」


「酷い言われようだな」


清十郎はフェニックスの言葉に悲しい目を返す。


「そいつに愛を説いても無駄じゃ、血も涙もない冷酷人間じゃからな」


2人の会話を割って入るように暗闇から声が響く。

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